特集 イメージについて

 イメージほど抽象的でありながら重要なものはない。多くの場合、ひとは本質を見極めるよりもイメージによって、ものごとを判断しているように思う。その人のイメージやブランドイメージなど、イメージが良いものが好まれ、売れる傾向にある。また、ひとが何かに挑戦するときもイメージが必要になってくる。具体的なイメージが掴めれば実行に移せるが、イメージが湧かないことを実践することは難しい。今回はクルマやバイクを取り巻くさまざまなイメージについて考えてみたい。

映画がクルマやバイクのイメージを創りだす

 「待ってよドク。デロリアンをタイムマシーンに改造したの? 信じられないよ!」「どうせ作るならカッコいいほうがいいだろうが!」

 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のもう1つの主役といってもいいクルマ、デロリアン。鈍い銀白色に輝くあのクルマは、まさに未来を形にしたように見えた。この映画でデロリアンというクルマの存在を知り、また魅了された人は多いだろう。

 映画の中で出会うと、思わずそのクルマに一目惚れしてしまうなんてことはないだろうか。それまで気にも留めなかったクルマが、妙にカッコよく見えてしまうのだ。これも古い映画で恐縮だけど、『グラン・ブルー』でジャン・レノ扮するエンゾが乗るフィアット500。潮風でサビは浮き、フロントグラスも外れたままだ。だがその小さなボロ車に巨体を押し込んで疾走するエンゾの姿がユーモラスで、豪放だが良くも悪くも子供っぽさを残す彼の人となりが、クルマひとつで分かってしまう。決してカッコ良く扱われているわけではないのに、あの愛すべきクルマに乗ってみたいと思わずにはいられない。

 これがイメージの力だ。カタログやインプレッションは比較検討するには有益だが〝好きになる〟ためのものとは違う。恋に落ちるには、何か〝魔法〟が必要なのだ。

 この夏の超大作『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』。このシリーズは第2作でのバイクアクションが伝説ものだが、第5作の今回は、左右非対称のライトが特徴的なBMWのスーパースポーツ・S1000RRが大活躍を見せる。テロ組織の一員ながら、何度もトム・クルーズ扮する主人公イーサンを救う謎の美女イルサ。黒のツナギに身を包み、漆黒のS1000RRにまたがる彼女の姿が凜と美しく、露出度0なのに官能的ですらある。それがいきなり派手なアクセルターンで仲間のはずのテロ一味をなぎ倒し、機密ファイルを持ってモロッコ市街を逃走する。バイクを華麗に操るヒロインなんて久しぶりだ。彼女を追い、テロ組織のバイク軍団、そしてイーサンが凄まじいチェイスを開始する。うねる山道に入るとS1000RRの機動力とハイパワーの見せ所だ。先行するイルサと猛追するイーサン、クルマの間を縫って激走するバイク同士のバトル! カーチェイス場面は数あれど、これほどのスピード感は空前絶後。しかもこの場面を、撮影当時52歳のトムがスタントなしで演じているからこそ価値がある。さらには一歩も引かないイルサの走りが、ヒーローと対等なヒロインを印象づけるのだ。バイクファンならBMWに対する印象が覆されるだろうし、そうでなくても単純に「バイクすげえ!」と憧れを抱くであろう好場面だ。

 そう、映画の中のクルマやバイクは、心の中に強い憧れを植え付けるのだ。その意味で外せないのは、永遠の〝男の憧れ〟007。トヨタ2000GT、ロータス・エスプリなどボンドカーは多々あるが、やはりボンドカーといえばアストンマーティンが第1に来るだろう。特にダニエル・クレイグ主演の現シリーズでは、新車種を劇中で初お披露目するなど、同社との蜜月関係が続いている。12月公開の『007 スペクター』の予告編でも、市販予定すらない特注車・DB10が真っ先に紹介されるほどだ。ボンドの活躍を見て、〝いつかはアストンマーティン〟との夢を抱いた人は少なくないだろうが、それは絶対正しい。

「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」でバイクを駆る謎の女スパイ、イルサを演じたのはスウェーデン生まれの女優レベッカ・ファーガソン。女性がバイクアクションを演じるメジャー映画は、2003年公開の「トゥームレイダー2」のアンジェリーナ・ジョリー以来となる。ちなみに女性ライダーがタイトな黒のレザースーツを着るというイメージを築いたのは1968年のイギリスとフランスの合作映画「あの胸にもういちど」だ。この映画の主人公レベッカに影響を受けて「ルパン三世」の峰 不二子は誕生した。

『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』全国公開中
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 映画に影響されてそのクルマを好きになるなんて、単純で子供っぽいと思われるかも知れない。でも性能だけでクルマを選ぶならコンピュータにでも任せればいい。「どうせ乗るならカッコいいほうがいいだろうが!」だ。クルマを選ぶ、好きになるということは、自分の中にあるクルマのイメージと向き合うことでもある。クルマに何を求め、何をカッコいいと思い、一緒にどんな時間を過ごしていきたいか。世の中のすべてのクルマに試乗するなんて不可能だけど、映画を観ることでそのクルマがある暮らし、そのクルマと紡ぐ物語を垣間見ることができる。実際には触れたこともないクルマが、一つの映画を通じて特別なものに変わる。それはとても素敵なことじゃないかと思う。

文・山下敦史

「007といえばアストンマーティン、アストンマーティンといえば007」と言われるくらい、クルマと映画が互いのイメージを創りあげてきた。ボンドカーが他メーカーだった時期もあるが、2002年の「ダイ・アナザー・デイ」以降は全てアストンマーティンだ。12月に公開される『007 スペクター』の映画発表会でもニューボンドカーとして写真の「DB10』がお披露目された。「DB10」は映画のために10台製作されたが現時点で市販予定はない。

イメージの持つチカラ

 イメージできないことは実現できない。イメージできることは実現できる〟と、ずっと考えてきた。子供の頃から鉄棒や跳び箱など、新しいことに挑戦するときは、方法よりも具体的なイメージを持つことを心がけていた。例えば逆上がりに挑戦する場合、「地面を思い切り蹴って、腹筋を使ってお腹を鉄棒に近付ける」というような理屈や方法を考え始めると思うように動けなくなったが、逆上がりの上手なひとを観察していると、成功するイメージが湧いて、自然と逆上がりができるようになっていった。同じように跳び箱も高い段数を飛び越えるひとを見ていれば、できるか否かは別として自分にも跳べるはずとポジティブな気分になれたのだ。

 それと似たようなことが本格的なスポーツでも起きているように思う。逆上がりとはレベルの違う話だが、フィギュアスケートのように技術を競う競技などは誰かが新しい技をマスターすると、そのひとに続いて同じ技を習得するひとが必ず出てくる。バイクの派手なアクションを争うフリースタイルモトクロスでも、十数年前までは理論的に不可能だと言われていたバックフリップ(後方宙返り)が、現在は当然のように行われている。ひとりのパイオニアが切り開いた新たなステージは、多くのひとのイメージを増幅させて、それぞれの可能性を広げていく。

 話は変わるが、バイクに乗っていて予期せぬ状態でタイヤが滑ったとしよう。それが同じカーブで同じスピード、同じ路面状況だったとしても、コーナリングのイメージが描けているときは自然と身体が反応してリスクを回避できる。しかしコーナリングのイメージがはっきりしていないときにタイヤが滑ると反応が遅れて転倒する可能性が急激に高まってしまう。普段のクルマの運転でも対向車とのすれ違いや車庫入れなど、クルマやバイクにおいてイメージを持つことが重要なのはお分かりだろう。

 またスポーツや運転に限らず、やりたいことや、なりたい自分にもイメージがないと到達できない。何をしたいのか、どうなりたいのかということを思考しているときは、自然とイメージが湧いてきているはずだ。しかし理屈を考えて方法に落とし込んでいく段階でイメージを歪めてしまうことが多い。特に年齢を重ねると理性的になりすぎてイメージを信じきれなくなっていく傾向がある。本来、理屈や方法というのは第三者に説明するためと、後の自分を納得させるために必要な事柄でしかない。全てのことがそうだとは言わないが、基本的にひとはイメージで物事を判断し、イメージで方法を組み立て、そしてイメージを達成させる力があるのではないだろうか。

文・神尾 成/写真・渕本智信
SUZUKI GSX-S1000ABS
車両価格:1,115,640円(税込) 総排気量:998cc
最高出力:107kW(145ps) / 10,000rpm
最大トルク:106Nm(10.7kg) / 9,500rpm

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