おしゃべりなクルマたち vol.69 フランス流接触事故処理

  些細な事故に遭遇した。初夏を想わせる気持ちのいい朝、前のバスが速度を落とした。私もスーッと愛車のブレーキをかけ、ほとんど停車状態になったそのとき、後方にドカンと衝撃を受けた。ミラーでリアのドライバーと合図し合いながら、クルマを路肩に寄せて確認すると、パンダのお尻はぐちゃぐちゃ、相手のプジョー107は前がぺこぺこ。逆光で前が見えなかったそうだ。

  フランスでは基本的にケガ人のいない自動車同士の事故に警察は介入しない。ドライバーが現場で“友好示談書”(クルマに常備することが義務づけられており、カーボン紙で同じものが2枚できる)に事故状況を書き込んで双方がサインし、その後、それぞれの保険会社に連絡する。双方の見解が食い違うときでも、スペースはふたつあるから、自分の把握した状況を記せばよい。家に帰ってから気づいた被害や体調の変化については書類の裏に書き込むスペースが設けられていて、あとは保険会社が被害状況を見て処理を進める。

  “路肩に停めたクルマのボンネットで書き物をする人”を見たらフランスでは事故と思って間違いない。今回は相手の示談書を使ってパンダのボンネットの上で作業した。事故状況に食い違いがなかったから実にすんなり。自走できないときは現場から保険会社にレッカーの出動を要請するが、今回はその必要もなく、ドカンからわずか20分ほどで終了、相手と握手して別れた。

  早速、ウチに戻って保険会社に連絡する。大まかに状況を説明して処理番号をもらい、これを示談書に記して郵送するように指示を受けた。「配達証明書つきの郵便ですか」、勇んで尋ねると「いえ、普通郵便で」。修理については保険会社指定のガレージからウチにもっとも近いひとつを選びだし、最初に調査員に回す写真を撮ってもらい、その後、預ける日を決めるように、とのことだった。電話が長くなることを予想して、椅子に腰掛けて挑んだが、5分で終了、これまた呆気なかった。

  翌日、東京の姉から電話があったからこの話をすると、処理の仕方に驚いた様子で「警察に届けずに保険が降りるんだ」と不思議そう。「詐欺とかないの?」と言う彼女にもちろん、あるけど、詐欺を見破るのは保険会社の役目。第一、警察が現場を見たのならまだしも、状況を見ずに何を証明するのだと言うと「確かに」と彼女がこう続けた。「警察にはもっと大切なことをやっていただきたいよね」 私も同感。

  この程度の接触は事故でも何でもない。相手の不注意とも私は思わない。だから謝るとか謝らないとかそういう次元のことでもない。ただ厄介なのは後処理。此の点で示談書を現場で交わすやり方は時間を節約する意味でもいいシステムだと思う。事故処理の簡素化は自動車環境づくりの大切な一点ではないか。ドカンから1週間でパンダのリアは新品になった。水道管の交換は7ヵ月かかったというのに。

文・松本 葉
イラスト・武政 諒
提供・ピアッジオ グループ ジャパン

Yo Matsumoto

コラムニスト。鎌倉生まれ鎌倉育ち。『NAVI』(二玄社)の編集者を経て、80年代の終わりに、単身イタリアへ渡る。イタリア在住中に、クルマのデザイナーであるご主人と出会い、現在は南仏で、一男一女の子育てと執筆活動に勤しんでいる。著書:『愛しのティーナ』『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)など。

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