全世界を揺がしたコロナパンデミックを受けて世界経済フォーラムが提唱したグレート・リセットは、資本主義や社会システムが抱える課題を解決するため、金融・経済・社会構造などをリセットし、再構築することをいう。私たちもクルマやバイクに関わる物事について考え方を再構築してみよう。
バイクはアートであり文学である
文・伊丹孝裕 写真・山岡和正
便利な装備や制御が登場すると、「そんなに楽したけりゃ、クルマに乗っとけ」、「自分でコントロールしてこそバイクだろ」と物申す人が必ずいる。「オレたちが若かった頃は~」こんな話を仲間内でするのならいいけれど、わざわざネットのコメント欄に書き込まなきゃ気が済まない人も多い。自身の気持ちを表明するだけならまだしも、嘲笑や蔑みが言外に含まれているどころかあまりに直接的で、なにゆえ人は、あんなにも粗暴になれるのか。
便利で優れたものを求めてきたのは、他でもなく我々ユーザーでしたよね。安心で安全で安楽な仕組みを押し進めるのは当たり前のことで、交通戦争なんていう物騒な言い回しは、何十年も前のこと。交通事故の死亡者数は、技術者たちの執念によって目覚ましいほどに減少を続けている。ABSが機能したから衝突を避けられ、トラコンのおかげで転ばずに済み、クラッチレバーレスが集中力を保たせてくれるのだから、それらに不満をもらすのは、言いがかりも甚だしい。誰もがハイテクを夢見て、誰かがそれに応えてくれた未来が今、目の前に広がっている。バイクはどんどん乗りやすくなっているのだから、全体を俯瞰して見れば、この世界は着実にいい方向へ向かっている。
ということを大前提とした上で、バイクがあまりにイージーというか、カジュアルに寄り過ぎていくのもどうか。そう思っている自分もいる。いくらよく止まって、よく曲がれて、安定性が増しても、放り出されたらひとたまりもない乗り物であることは100年前も今も変わらず、いくら注意深く乗っていても無防備に突っ込まれたら、どうしようもない。最新の制御が一線を越えづらくしたといっても、バイクはわりと簡単に悲劇を招く。そのリスクゆえ、規制が強まり、排除されても不思議ではないのに、バイクは本質的に姿形を変えることなく、在り続けている。なくても困らない。しかし、それに触れることで豊かになれる、という意味において、アートや文学に等しいとも言える。だからこそ少数に必要とされ、生き残ってきたのだと思う。
考えるべきは、その生き残り方にある。「バイクはアートであり、文学である」という見方をしている者としては、洗練されたものであってほしいのだが、多くはそうではない。付加価値やおもてなし機能が詰め込まれ、ジャンルもあまりに多様化し、かつてのシャープさを失っている。それは乗り手においても同様で、スマートじゃない人が目立つ。バイクと、それを操るライダーは、かつて颯爽としていて、そこには、美意識が存在していた。大型自動二輪の免許が教習所で取れるようになってからは、おぼつかないライダーが増えたとか、電子デバイスのせいで誰でも簡単に乗れるようになったことがいけないとか、オートマのスポーツモデルなんて意味不明とか、そうやって「あの頃のオレたち」と「今どきのキミたち」を分断するつもりはないし、してはいけない。但し、失われた“技術”があるのも確かで、それをどうやったら上手く受け渡せるのだろう、ということをよく考える。
映画『トップガン』(’86年)のオープニングで「the lost art of aerial combat~」(失われつつある空中戦技術)という字幕が流れ、エリートパイロット養成部隊創設のきっかけが語られる。戦闘機同士のドッグファイトなど、とっくにオールドスタイルになっていたが、そこに技術向上の意義を見出したことが背景となった。また’25年シーズンで現役引退を表明したレーシングドライバーの松田次生選手は、かつてインタビューした際に、昔ながらの3ペダル&Hパターンシフトの車両を使っての練習を欠かさないと言った。現代の2ペダル&パドルシフトのレーシングマシンには必要のない操作だが、「電子制御が進んでもスキルの違いは必ずどこかにある。タイムにあらわれなかったとしてもエンジンやミッション、タイヤに影響するかもしれない。だから、3ペダルもおろそかにできないんです」と自らを律するように語ってくれた。
少し前の朝ドラの中で、「日々鍛錬し、いつ来るともわからぬ機会に備えよ」と若者を諭したのは、武士の魂を持ち続ける時代劇役者だった。それぞれ言葉は違えど、我々世代の多くが失いつつあるのは、まさしくそういう「姿勢」なのだと思う。バイクはイージーかつカジュアルに死んでしまう。かみ合わせの多少のズレと技術の足りなさが重なった瞬間にそれはやってきて、ごくありふれてもいる。周りのことをとやかく言っている場合ではない。向き合うべきは、自身の中にある。

伊丹孝裕/Takahiro Itami
「グレート・リセット」の続きは本誌で
意識革命がもたらす可能性 ~岡崎五朗vs小出直史 小出直史
クルマの売買をグレート・リセットする 加藤久美子
バイクはアートであり文学である 伊丹孝裕
