カーボンニュートラルのトレンドは続くのか 対談:轟木 光×岡崎五朗

まとめ・瀬イオナ/構成・若林葉子/写真・多田裕彦

世界共通の政策目標の1つである“カーボンニュートラル”を背景に、これからの世の中は完全にEVにシフトしていくだろう
という論調が大勢を占めてきたが、今その論調に変化が起きている。

事実はどうなのか。そしてこれからカーボンニュートラルへの取り組みはどうなっていくのか。この分野の専門家である轟木 光氏に岡崎五朗氏が話を聞いた。

ゼロか100かの予測とは当たらないもの

岡崎五朗(以下、岡崎)今回は「カーボンニュートラル」をテーマに、KPMGコンサルティングの轟木 光さんをお迎えして、お話を聞いていこうと思います。

 轟木さんは自動車関連産業における商品戦略や技術戦略を専門にされていて、僕はこの分野では轟木さんのことをもっとも信頼しているんです。2017年頃から始まった、「世の中は全てEVになる」という論調に疑問を抱いていた僕は、関連する様々な情報を調べまくりました。そんな中、轟木さんの発信する情報はきわめて冷静かつロジカルでした。この人にぜひ話を聞いてみたいと僕からコンタクトをとり、いろいろな情報交換をしましたね。轟木さんはどのくらい前からEVに関する話題をフォローされていたのですか?

轟木 光(以下、轟木)7、8年ほど前からです。2014年~16年に私は前職でドイツに赴任していたので、欧州で何が起こっているかを肌で感じていました。技術者や政府に関わる方々と話をする中で、この問題の根底に流れているものが何なのか、そして今起きているトレンドがこのまま継続するのか、 正しいのか自問自答を繰り返しました。

岡崎肌で感じるというのはすごく大切ですよね。自動車メーカーのエンジニアと話をしていて思ったのは、EVオンリーが可能だなんて考えている人はほとんどいないということ。にもかかわらず政治家やメディアからは現場の声を無視した一方的な情報が発信され、あたかも正解はEVのみだという世論が形成されつつあった。僕が2021年に「EV推進の罠」を書いたのは、そういう動きに対する危機感からでした。で、あの本にはそれなりにデータを入れ込んだつもりでしたが、轟木さんのレポートを見ると、販売データや各国の規制動向、各種アンケートといった客観データがふんだんに入っている。このあたりはなかなかジャーナリストには真似できない点です。

轟木「これからはEV」という大きなトレンドが起きている一方で、それに疑問を唱える自動車ユーザーの意見も根強くあったのですが、この当時はそのことに多くの人は注目しないままトレンドだけが動いていました。ところが、現在は一般ユーザーの疑問の声が、私たちの消費者調査(アンケート)も含めて、少しずつ表に出てきました。

岡崎このところのEV販売の伸び悩みはその表れですね。ただ、今はたまたま踊り場に差し掛かっただけで、中長期的にはEVオンリーの世の中がくるのだ、という意見もよく耳にします。僕なんかは「中長期的って具体的にはいつだよ?」とか思っちゃうんですが(笑)、これについてはどう思われますか。

轟木まずEVがなぜ注目されたかというと、CO2を出さないことが非常に大きなポイントでした。しかしながらそれは走行時に限った話です。では製造過程では? 廃棄する時は? と世の中がいろいろ気づき始めてきたのだと思っています。

 実際、イタリア前首相で欧州中央銀行(ECB)総裁を務めたマリオ・ドラギ氏も、製造時によるCO2値の負荷が非常に高いことを見過ごしてはならないと警鐘を鳴らしています。

岡崎世の中に新しいものが出てきた時は、皆で応援しようという気運になる。僕もEVが出始めた頃はなるべくその良さを発信して、EVが一般に広く受け入れられるようにと応援していました。でも、正解はEVだけで、エンジンはおろかハイブリッド車すら認めないという極端な声が出てくるとそうも言ってられなくなる。世の中がすべてEVになったらどんなことが起こるのか、EVが抱える問題点とは何か、そういうことを世の中に対してしっかりと伝えなければ間違った方向に行ってしまいますね。

轟木世の中が変わる話をするとき、多くの人はゼロか百か、黒か白かで考えがちです。予測が難しいからどうしてもそれ以外の部分がなおざりになってしまうのです。

 私はこの「予測」がポイントだと思っています。 正直、私たちコンサルティング会社や調査会社が立てる予測がすべて現実になってはいません。そして毎月のように予測を更新している。つまり、それほど予測というのは難しいものなのです。

バッテリーEVの新車販売シェアは増えていない

岡崎なるほど。だからこそ予測よりも重要なのは、ファクトということですね。

轟木そのとおりです。まずはしっかりとした事実を自ら取りに行くことです。テレビやインターネットなどの媒体を通した瞬間に、それは一次情報ではなくすでに二次情報になります。そして「外的な事実」と「内的な事実」も踏まえて、いったん自身で考えることが重要です。

岡崎一般の方は媒体を通して知り得た数字やイメージを事実として捉える傾向がありますが、一次情報にあたってみると、我々が持っている情報とは実は全く違うということが結構ありますね。

 2021年に欧州のある自動車メーカーが2030年までに完全EV化するというニュースが報じられ、昨年それが撤回されたことにSNSなどで驚きの声が上がりました。でも、そもそも完全EV化について、2021年時点のメーカーのプレスリリースには「マーケットが許すなら」という注釈がついていた。なのにどのメディアもそれについてはまったく触れなかった。これは著しく情報の正確性に欠けるわけで、この話だけでも一次情報の重要性が分かりますね。

轟木おっしゃるとおりです。例えば、下にある新車販売におけるパワートレインのシェアを表す各国の発表データを見てみましょうか。

 2023年と2024年(1~10月)を比較してみると、まず中国では内燃機関(ハイブリッドを含む)は微減…わずか1%ほどしか減っていません。そしてBEV(バッテリーEV)は微増…1%程度しか増えていません。アメリカも同様です。ところが、欧州はBEVが減っていて、ハイブリッド(マイルドハイブリッドを含む)が増えている。全体で見ると2023年からバッテリーEVも増えていないし、内燃機関も減っていないというのが事実です。

 ここを皆さんがどう捉えるかです。この傾向はなぜ起きたのだろうなど、原因を考えていくといったことが必要です。 まずは然るべき一次情報を取得して、その後分析をして考えることが重要です。

各市場で主力パワートレインはHEV含めたICE

ファクトをもとに自分で考え、予測を立てる

岡崎そう考えると、しっかりしたコンサルタントにしっかりした質問をして問題を理解すれば、ここまで多くのメーカーがEVの大量投資による赤字にはならなかったと思うのですが、ファクトより理念やトレンドを重視するレポートを信じてしまった結果、大惨事とも言っていい状況を招いてしまいましたね。

轟木その辺りは、難しいところです。私たちはお客様の課題解決に向けてご支援をする立場ですが、専門家として新しい事象やトレンドをお伝えすることがあります。それが企業の経営戦略等に予測も含めて反映されてしまうと、お客様の個社の状況やもともとの戦略との乖離が生まれてしまうケースがあったことと思います。

岡崎これまでいろんな調査機関が出すレポートを見てきましたが、「EV市場はうなぎ登り」というような予測が多かった。そしてそれを疑問もなく受け入れた舵取りをし、投資をしてしまう。そんな中、轟木さんが冷静でいられた理由はどこにあったんですか?

轟木私は現在自動車業界関連の調査をする「オートモーティブインテリジェントチーム」で、「予測ではなく、世の中で起きている事実を伝える」ことを基本ポリシーとして、弊社のホームページなどを中心に定期的にコラムを公開しています。予測、つまり将来を考えるのは、コラムを読んでくださった方々にお願いをすることを想定しています。

 まずは、今起きていることをお伝えし、もしそこで分からないことがあれば、私たちと一緒にディスカッションを重ねていくという形を取っています。

日本の強みを活かせば未来は明るい

岡崎なるほど。事実は語るけど予測はしないというのが轟木さんの基本スタンスなんですね。でも、今日はあえて予測をお聞きします(笑)。

 カーボンニュートラルを含めた自動車産業の今後の動きはどうなっていくと思われますか?

轟木あえて予測を述べるのなら、世界がカーボンニュートラルを目指し続けるシナリオと、無くなるシナリオを考えています。1970年代、オイルショックによって石油がなくなるだろうと言われましたが、現在そうした話はあまり聞かなくなりました。大きな社会的な課題は解決されることもありますが、オイルショックに関してはどちらかというと忘れられている印象です。

 来年の今頃のことは誰にも予測できないんです。カーボンニュートラルも、前述の2つのシナリオ以外にも先進国では求められていますが、発展が期待される途上国では注目されないだろうというシナリオなど、 色々模索しながら客観的に見ていきたいですね。

岡崎僕もあえて予測を言いますが、「100%全てEV」という未来はまず来ない。

 カーボンニュートラル燃料、ハイブリッド、プラグインハイブリッド、水素燃料電池、EVといった様々なパワートレーンが選択肢として用意され、地域や使われ方、ユーザーニーズによって適材適所で活躍するでしょう。そんなEV一辺倒ではない未来に、おそらく日本が競争力を一段と引き上げるチャンスがあるのではないかと思ってます。

轟木そこはまったく同感です。私も自動車産業を長年見ていますが、日本の自動車産業は、いかに各国の市場で受け入れられる商品をつくるか、いかにそれぞれのお客様の思考に応えていくか、ということに注力して成長してきました。これは立派な強みです。私は今後も日本の自動車産業に非常に注目していますし、今後も発展していくと確信しています。

専門分野を軸足に視野を広げることが大切

岡崎本誌では若手モータージャーナリストを育てようと、毎月、企画を立てていますが、コンサルタントになりたいという若者がいたとしたら、どんなアドバイスをされますか?

轟木コンサルティング業界の歴史をたどると、かつては長年事業会社などで経験を積み、成熟したベテランのコンサルタントが自身のノウハウや知見を基にアドバイスを行うスタイルが主流でしたが、状況を客観的な数値やデータを基に分析していく「ファクトベース・コンサルティング」へと変わっていきました。さらに、新しい動きとして生成AIのような様々なツールの普及により、ファクトベースのコンサルティングがお客様自身で出来るようになりつつあります。ですから、それを超えた専門性がコンサルタントに必要とされるようになっており、再び以前の潮流に戻りつつあるのではないかと私は考えています。

 もしコンサルティング業界に入るのであれば、専門性のある領域をしっかりと深掘りした方が、他の領域もより見えてくるようになるでしょう。

岡崎僕は長年、クルマを専門にやってきましたが、 現代はクルマ単体だけだと、もはや「クルマ」すら正しく理解できない世の中になってきています。

 自動車以外の分野も含め、複合的に考えないと正しいことはなかなか見えてこない。といっても僕の立ち位置はあくまでクルマ。で、クルマを起点に視野を広げていった結果として、政治や経済、エネルギーにもかなり詳しくなりました。この拡がりの大きさがクルマの面白さだなと、最近改めて実感しています。

轟木そのとおりです。岡崎さんは自動車以外の取材にも積極的に出掛けられていて、先日は原子力発電所の視察もされていましたよね。実は様々な専門分野がある中で、私は今「エネルギー」分野に注目しています。電力をはじめとするエネルギーは簡単に使えて当たり前ですが、それが当たり前ではなくなる世の中が見えてきています。しかもそのことによって、私たちの日常生活だけじゃなくてビジネスも根本的に変わってくる可能性があります。エネルギーは様々な問題の根本であるということを踏まえていろいろ学んでいくと面白い視点が生まれてくるのではないでしょうか。


轟木 光/Hikari Todoroki

KPMGコンサルティング株式会社 自動車セクター プリンシパル。日系自動車会社、日系総合コンサルティングファーム、監査法人系コンサルティングファームを経て現職。自動車関連産業を中心に、商品戦略、技術戦略、新市場参入戦略などの戦略に関するプロジェクトに従事。自動車産業の経営層及び経営企画に向けた戦略構築および業務改革を推進している。Automotive Intelligenceチームリーダー。公益社団法人自動車技術会 エネルギー部門委員会幹事委員。自動車におけるエネルギー課題に関するセミナーへの登壇やメディアへの寄稿記事の執筆などの実績多数。

岡崎五朗/Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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