青の時間~スクランブラー ドゥカティからはじまる自分流

文・中兼雅之 写真・淵本智信

Scrambler Nightshift

車両本体価格:¥1,538,000(税込)
総排気量:803cc
エンジン:L型2気筒、デスモドロミック・バルブ駆動システム、気筒あたり2バルブ、空冷
車両重量:182kg(燃料なし)
最高出力:53.6kW(73ps)/8,250rpm
最大トルク:65.2Nm(6.7kgm)/7,000rpm

 学生時代に中型二輪で得た多くの感動は、30年以上に渡る仕事中心の生活と子育てに忙殺され、完全に風化して脳内の記憶から消失されていた。再びバイクに乗り始めた今から振り返ると冬眠していたような感覚がある。自分でもよく分からないが脳の一部が低温保存されて眠っていたとでもいうべきだろうか。会社組織を辞めて子育ても一段落した57歳のときに抑えきれない衝動によって大型二輪免許を取得したきっかけは、映画『トップガン マーヴェリック』だった。一昨年、この映画を観たことで消失していたはずの記憶の断片が少しずつ再生されて蘇ってきたのだ。そこで再び脳はリセットされ、私は長い冬眠から覚醒したのである。

 現在、私は人生のリセットの最中であり、修士論文を書きながら自宅工房で創作活動を行う現役の芸大大学院生となった。そしてひとりの“アーティスト”として活動を開始している。アーティストといえば聞こえはいいが、もちろん完全に生計を立てるには至っていない。だから今はプロのアーティストを目指して、少しずつ仕事を頂戴しながら慎ましく暮らしている。そんな私が衝動的に購入したバイクがスクランブラー ドゥカティだった。大型免許を取得する前に自宅の車庫へ納車してもらったスクランブラー ドゥカティは、大型車とは思えないほどスリムでコンパクトだ。そして400㏄並に軽い車重と、足つき性のいいシート高が、購入の決め手のひとつになったことは確かだが、それだけなら他の選択肢もあっただろう。しかし不思議なことに他の選択肢は当初から全く考えなかった。つまり左脳レベルの理性や合理性で、このバイクを選択していない。“魂”からくる何かしらの叫びに突き動かされたとでもいうべき感覚があったのだ。仮にアーティストとしての感性が無意識にバイク選びに影響していたとするなら、どのような言語で説明できるだろうか。そもそもアーティストに要求される最低限の要件とは何か。

 それは創造性を追求していることが鍵となる。そして大前提として理性だけでなく人間の根源的な欲求からくる感性的なチカラや美意識が備わっていることが重要なのだ。誰かの真似ではないアーティスト独自のアイデンティティやビジョンが作品に表現されていることや、過去の伝統や形式的なものを理解した上で、既成概念を壊して新しいアイディアや技法を探求し、新たな価値を生み出すチャレンジ精神や反骨心が含まれているということだ。そして作品というものを通じて何らかのメッセージを訴える社会的意義も必要な要素だ。これらは言い換えれば、日本古来より存在する「守・破・離」の概念そのものといえる。

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 現在のような不確実性の高い時代は、政治であろうがビジネスであろうが、かつてのような理性、合理性、効率性中心のロジカルシンキングだけでは乗り切れない「答えのない世界」に自分たちはいる。感性や直感、そしてそのベースとなる美意識を極限まで磨くことが、どんな領域やジャンルにも求められる時代に突入しているように思う。だからこそ私は改めて感性を磨くべく、人生をリセットして今に至っている。私のアーティスト的感性を通して、スクランブラー ドゥカティを言語化するなら60年代のクラシックなデザインを踏襲したミニマリスト的スタイルが伝統を継承し現代に繋げていること(守)。伝統を尊重しつつ最新技術と古典的スタイルを融合させ現代ニーズに対応していること(破)。自分の個性に合わせたカスタマイズの自由度が大きく、単なる乗り物ではない自己表現ツールとしての存在であること(離)だろう。これはアーティストにとって必要要素である「守・破・離」を体現しているのだ。スクランブラー(scrambler)という語源の意味は、「よじ登る者、這いつくばって進む者」だという。まさに私のように感性主体で人生をリセットし、再び蘇った人間の為にスクランブラードゥカティは存在している。

Scrambler Icon

車両本体価格:¥1,333,000(税込)
総排気量:803cc
エンジン:L型2気筒、デスモドロミック・バルブ駆動システム、気筒あたり2バルブ、空冷
車両重量:176kg(燃料なし)
最高出力:53.6kW(73ps)/8,250rpm
最大トルク:65.2Nm(6.7kgm)/7,000rpm

Scrambler Full Throttle

車両本体価格:¥1,538,000(税込)
総排気量:803cc
エンジン:L型2気筒、デスモドロミック・バルブ駆動システム、気筒あたり2バルブ、空冷
車両重量:176kg(燃料なし)
最高出力:53.6kW(73ps)/8,250rpm
最大トルク:65.2Nm(6.7kgm)/7,000rpm

中兼雅之/Masayuki Nakagane

1965 年生まれ、北海道出身、シングルファザー。元(株)リクルート、カーセンサー、カーセンサーEDGE 編集長、日本カー・オブ・ザ・イヤー実行委員。2021 年に退職後、現在、京都芸術大学大学院在学中。スクランブラードゥカティの他ポルシェ911カレラ(997前期型)を所有。

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