時に人は理屈では説明できないことを求めてしまう。
それは自分らしくいるためであり自己表現でもあるのだろう。スペインの小説ドン・キホーテの主人公は騎士道物語に心酔するあまり風車を巨人に羊の群を敵の大群だと思い込み挑み続けた。しかしその真摯な姿は物語を読む人を感動させ続けている。
かつて“雑誌”がきらきらと輝いていた時代があった。僕が雑誌に胸を躍らせた“原体験”はいつだったろう、と考えてみると、小学校に上がり『小学1年生』という雑誌を買ってもらったときのワクワクした気持ちを思い出した。そういえば僕ら“昭和の子ども”は、『科学』と『学習』という、毎月届けられる付録付き学習雑誌も楽しみにしていた。「科学と学習」は1979年、最高670万部の発行部数を誇ったという。1979年といえば僕は12歳、小学6年生のときだ。まさに僕ら世代は生まれついての“雑誌ブーマー”なのだなと感じる。
やがてマンガ雑誌を読み耽り、ファッション雑誌でお洒落を覚え、僕らは大人になっていった。僕の場合、10代半ばからはそこにバイクやクルマ雑誌が加わり、ついには雑誌をつくる編集者という仕事に就いた。僕の人生は間違いなく、雑誌に導かれてきたのだ。
「雑誌の時代」に翳りが見えたのは、いつだろう。ひとつ確かなのは、インターネットの登場がターニングポイントになったということだ。90年代後半から普及し始めたインターネットは、情報の在り方や価値を急速に変えた。そして2000年代以降、雑誌をはじめ新聞や書籍などの紙メディアは衰退していく。僕が編集に携わっていた自動車雑誌『NAVI』は2010年に休刊となり、その後、自ら立ち上げた出版社も2018年に倒れた。僕の人生における“雑誌の時代”は、そのとき確実に終わったのだ。しかし……。
2024年春、僕はクラウドファンディングのプロジェクトを立ち上げた。かつて自分自身が熱心な読者であり、その後15年にわたり編集部に籍を置くことになった『NAVI』の足跡を振り返る雑誌をつくろう、というプロジェクトだ。創刊を目指す雑誌のタイトルは『クラクション』と名付けた。『NAVI』には「自動車の世界を俯瞰し、その周囲に広がる社会を視界にとらえるナビゲーターでありたい」という思いが込められていたが、『クラクション』には「世の中にアテンションを促し、警笛を鳴らす」という意味を込めたいと考えた。
なぜ僕は、「終わった」はずの雑誌をまた、つくろうとしているのか? 今回こうして『ahead OVER50』に文章を書くことは、その理由にあらためて向き合う機会となった。
かつて雑誌は大きな部数を誇り、強い影響力を持っていた。多くの編集者はそのことに誇りと自信を持ち、雑誌を作っていたはずだ。だが紙メディアの衰退により、その自信は砕かれた。信念を捨て、広告主におもねることを余儀なくされた。
ビジネスなのだからそれは当然のこと、と言う人もいるだろう。しかし今になって気づくのだ。僕にとって雑誌づくりは、単に仕事やビジネスではなく、人生そのものだった。作り手がそうした情熱を込めていたからこそ、あれほど読者を惹きつける雑誌が生まれたのだと。だが貧しくなり、生き残ることに汲々とせざるを得なくなった雑誌の世界は疲弊し、作り手の理想や情熱は削がれ、魅力は失われていった。
僕はビジネスとは違う出発点から、もういちど雑誌をつくってみようと思った。クラウドファンディングでそこに共感してくれた人からの資金を募るというのは、ひとつの可能性だった。もちろん雑誌をつくるということは、何らかの経済活動を伴うのは間違いなく、金とは無縁ではいられない。だがその目的は必ずしも利益や儲けのためではなく、作り手が信念をもって行う制作活動にある、ということがあたらしい可能性を生むのではないかと思った。
雑誌の立ち位置は変わった。大きな部数は望めず、数的な影響力は少ない。情報を伝える役割は、スピードや拡散力に優れたインターネットに任せるべきだ。しかし伝える内容の「強さと深さ」は、雑誌の強みになるだろう。
自動車のハードウェア評論にとどまらず、クルマを社会的な側面から捉え、批評しようとした『NAVI』は革新的であり、刺激的な雑誌だった。その足跡を振り返り、そこから何かを学び、感じとろうとする『クラクション』が表現するのは、決してノスタルジーだけではない。たとえ小さな存在であっても、鋭い音を響かせ、いまの世の中や自動車社会に気づきを促す、そんな雑誌になりたいと思う。雑誌に、自動車メディアに、僕らはまだワクワクすることができるのか。そんな挑戦であるとも言える。
雑誌にとってひとつの時代が終わり、あらたな役割を担うときがやってくる。そんな転換点にいることを信じて、リスタートのクラクションを鳴らしたい。
河西啓介/Keisuke Kawanishi
オフィシャルサイト「サスライケースケ」https://sasuraik-suke.com
「Why?なぜそんなことをする」の続きは本誌で
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