どんなものにも物語がある。目の前に置かれた商品にも毎日のように流れては消えてゆくニュースのひとつにも本当はたくさんの物語が隠れている。
でも私たちは時代のスピードに流されてそれが生まれた理由や世の中に出るまでの紆余曲折やそれを生み出した人たちの思いを知ることなくただ消費し、時には批判し、いいところだけを享受して、そして忘れていく。
ときどき、少し立ち止まってその背景にある物語にふれてみてほしい。
風船に込められた想いを実現したレーシングドライバー
文・まるも亜希子
岐阜県の小学生が願いを込めて飛ばした風船が、300㎞ほども離れた栃木県で発見されたというニュースは、多くのメディアを賑わした。しかも、そこに書かれていた夢とは「スポーツカーにのってレースで勝ちたい」。これはクルマファンの高齢化をなんとかしたい自動車業界にとって、ひと筋の光が差したようなニュースでもあった。「こんな子どもがいて嬉しい」「もっとこういう子どもが増えてくれたら」と思った自動車関係者は少なくないだろう。
しかしこのニュースには続きがあった。なんと、この夢にすぐさま反応し、応援してあげたいと行動した人物がいた。現役スーパーGT500ドライバーの平手晃平選手である。
「もう、見た瞬間に仲間たちにLINEして、なにかしたいね、やろうよ! と盛り上がったんです。ちょうど、岐阜に住んでいるメンバーがいたので小学校に連絡をとってもらって、とんとん拍子に話が進みました」と振り返る。平手選手の言う“仲間”“メンバー”とは、2021年に発足したオンラインクラブ「平手晃平と車で遊ぼう!」をともに運営する仲間たちと、クラブメンバーのことだ。このクラブは、平手選手本人がレース好き、クルマ好きという気持ちを分け隔てなく多くの人と共有し、さまざまな活動を通じてつながり、楽しさを伝え夢を叶えていくことを目的としている。コロナ禍に阻まれながらも、これまでにオンラインミーティングやツーリング、カート大会をはじめ、子どもや免許を持たない人も楽しめるようにと、水遊び企画やレース観戦ツアーなども実施して絆を深めてきた。メンバーは全国各地におり、年代や性別もさまざま。今回もそれが功を奏し、クラブ内でこの夢を応援してあげたいと発信したところ、協力者が次々と名乗りをあげ、R32から35のGT-Rや2008年に平手選手が乗っていたフォーミュラマシンなど、総勢11台が集結。子どもたちには一切内緒のサプライズ企画として、風船を飛ばした岐阜県長良東小学校を訪れることになった。
この模様をニュースやSNSで見た人も多いかもしれないが、生徒たちが集まる体育館に平手選手が登場した瞬間から、まるでアイドルを迎えたような大歓声。風船を飛ばした男の子だけでなく、みんなが目を輝かせているのが印象的だった。
「最初はちょっと不安もあったんです。レーシングドライバーってあまり身近ではないし、ほとんど知らない世界じゃないですか。いったいどんな反応をするのかなと。でも、僕も驚くくらい歓迎してくれて、いろんな質問をして興味を持ってくれて、すごく嬉しかったですね」
生徒たちの前で1時間ほど、平手選手がどのように夢を持ち、その夢に向かっていったのかを話した。幼い頃から父に連れられてカートの練習に励み、雑誌で34GT-Rを見て「カッコいい! いつかこれに乗りたい!」と思ったのが夢の始まりだったのだと子どもたちに語りながら、それはいつしか、自分のこれまでの道のりを反芻する時間にもなっていた。
「思い返せば父は、いつも人のために何かしていましたね。喜ばせるのが好きなんです。今回だって、この企画の話をしたら子どもたちに何か記念品をあげたいと言って、夜遅くまで手作業でキーホルダーを700個以上も作ってくれたんですよ。今までは照れ臭くて感謝も言えなかったけど、僕も父のそういうところを受け継いでいるのかなと思います」
クルマの楽しさを伝えたい。平手選手のその想いをたどっていくと、父の背中にいきつくのかもしれない。そして今それは、無数の種となって全国に運ばれはじめている。憧れのスポーツカーに乗って、弾けるような笑顔になった子どもたちの心には、きっと小さな芽が顔を出したことだろう。
平手晃平/Kohei Hirate
文・まるも亜希子