野性であれ、紳士であれ

「タフでなければ生きていけない。
優しくなければ生きている資格がない」
フィリップ・マーロウの台詞の意味が分かりかけてきた。
相反するWild =野性とGentle =紳士。
タフなだけではない。優雅なだけでもない。
人生の折り返し地点を越えた今だからこそ、
自らを安らぎ、鼓舞するクルマが求められている。

紳士と野性を融合させるランドローバーというあり方

「まさかコイツはランドローバーじゃないだろう」 後に「イヴォーク」と名乗るスタディモデルを見た瞬間、僕はそう思った。世界で唯一、本格的な四輪駆動車だけを生産してきたメーカーの兄弟としては似ても似つかないカタチだったからだ。

薄いグラスエリア、スラントしたノーズ。ランドローバーの伝統を完全に無視している。オフロードを本気で走ろうってクルマであれば、意識せずとも実用的な機能美が現れるはずなのだがそれがない。

例えば「視界」。43年前の初代レンジローバーに乗ればすぐ分かるが、ドライバーの上半身はフロントウインドに大きく露出する。座面は高く着座姿勢は直立。椅子に座るように腰掛ける〝コマンドポジション〟が基本になる。

当然、グラスエリアは広くなる。高い視点から四方を見下ろせば近くの地形も確認できる。前方には見切りのいいボンネット。ドライバーズシートはドア側に寄せられ、チョイと顔を傾ければ斜め前の地形もよく見える。その伝統は新型のレンジローバーにも生きている。

しかし、「イヴォーク」にその面影を見つけるのは難しい。ウインド形状や視界は乗用車ライク。ランドローバーはBMWやアルファのようにエンブレム的な共通のグリルこそ持たなかったが、本格的な四駆車として機能美溢れるシルエットこそアイデンティティーの証明だったはずだ。「これはランドローバーではない」 そう声高に叫びたくなる自分の隣に、もうひとり「イヴォーク」から目が離せなくなっている自分がいた。こんなに凛々しいSUVに出会えたのはいつ以来のことだろう。

長年にわたり、本格的な四駆車の雑誌を扱ってきたアタマは、「四駆はこうあるべき」、という論理でコリコリ。気がつけばアグリーなSUVを醜いとも言えず、ただ機械的性能の中で良否を論じていた。その心のバリケードを、目の前の「イヴォーク」がいともたやすく取り去ってしまったのだ。

じゃあ「イヴォーク」はスタイルだけなのか。その疑問に、〝イヴォークファン〟になってしまった僕がどう理論武装したかお伝えしよう。

まずはドライビングポジション。身長172㎝の僕はシートを一番上に持ち上げてコマンドポジションにトライしてみる。すると、頭上に指4本のクリアランスがある。これだけ余裕があれば、急に突き上げられても大丈夫そうだ。そしてクルマの中心より後ろに位置するヘッドポジションからフロントウィンドウまでの距離も四駆車として十分だった。ランドローバーが「スポーツ・コマンドポジション」と名付けたのが理解できる。そしてインテリア。ここには初代レンジローバー以来の哲学が生きていた。それは「水平感」の演出だ。悪路でクルマが大きく傾いた時、自然と人の頭はハングオン中のライダーのように地面に垂直になる。この時、車内に水平のラインがピシッと定まっていると傾斜角度が把握しやすい。「イヴォーク」も例外ではなかった。視認性に優れた二眼メーターや、握りやすく断面が楕円になったステアリングもランドローバーの証といえるだろう。

地上高は高く、前後の対地アングルは十分。意外にもサスストロークは確保されており、ラフロードも苦にしない。他の兄弟同様、雪道や砂地、泥場など路面に合わせた走りをダイアル操作で選択可能。ABSの応用で急坂を安全に下るボタンも用意され、四駆車としてのこだわりに満ちている。

対して本家レンジローバー、11 年ぶりに新しくなった4代目はどうなったのか。ハイテク装備は増えているものの内外装はキープコンセプト。広く高いグラスエリアは変わらず。豪華クルーザーのようだった3代目のインパネも踏襲されている。

じゃあどこが変わったのか。実はボディ構造が変わっている。SUV初となるオールアルミ製モノコックで先代に比べて40%近い軽量化。同じ自然吸気V8の車両重量で200㎏近く減量した。これはレクサスLX570(ランドクルーザー200)より300㎏近く軽く、LX460の車格と並ぶ軽さなのだ。

軽量化するなら他にも方法があっただろう。実際、ヘビーデューティなオフロード性能を使いこなすユーザーが少なくなった昨今、ハイ&ローの2速のトランファーを廃するなど、オフを切り捨てる軽量化は現代SUVのトレンドだ。

でもレンジローバーは違う。四輪独立懸架ながら極悪地形で左右のサスをリンクさせることでリジッドサスさながらの凹凸路追従性を与える〝クロスリンクサスペンション〟も継続採用。燃費や操安性の向上に有効な軽量化は進めてもオフロードのDNAは頑なに守っている。

面白いものだ。変わるものと変わらないもの。変わるべきものと変わってはいけないもの。その感覚が日本のクルマとまるで違う。形は変えず本質も変えず、着る服を軽くする。ビジュアル上のインパクトのあるモデルチェンジでは決してない。

何故レンジローバーはこうも頑ななのか。なぜ「BMW」、「フォード」、「タタ」と親会社が変わっていっても本質を変えずにいられるのか。今も変わらず英国ソリハルの工場で作られるこのクルマは明らかに〝ジョンブル魂〟を守り、名誉ある孤立を貫いている。

そんな疑問から、ジャガー・ランドローバー・ジャパンの社長ラッセル M・アンダーソン氏にインタビューを申し込んだ。対談相手は、在英経験の長い本誌プロデューサーの近藤正純ロバートだ。レンジローバーのあり方にイギリスの精神的な価値観があるのではないかと考えたからだ。まずは近藤が投げかける。「イギリスは保守と革新がダイナミックにぶつかり合う世界だと思う。二律背反するものが常に同居している。上流階級文化もあれば下流階級文化もある。紳士は単にジェントルマンを演じるだけではなく、凡人には難しいことも率先して行う。例えば、普段は温厚で博愛の精神を示しながら、有事には戦争の最前線に志願する。そういう精神の在り方が同居する。派手さはないが、質の高い仕立てのいいスーツを着こなすように、品良く謙虚に振る舞う。でも内面には野性的な闘争心を秘めている。7つの海を我が物にした情熱的な征服欲すら秘めている。紳士と野性の同居。それがレンジローバーの姿そのものであり、とても英国的なのではないか」と。

ラッセル氏は言う。「確かにその通りだと思う。でも二律背反するものが同時に存在しているのではない。それが融合しているのだ。つまり成熟した大人のあり方といった方が合っている。イギリスはジェントルマンスピリッツを持ちながら、野性的なものも上手く同化させている。このふたつの融合を求める人がレンジローバーに興味を持つ。そういう精神性のあるクルマだと思う」

それは、日本に当てはめれば高度成長期の右肩上がりの情熱にほだされた時期でも、バブル期の成金趣味の世界でもない。まさに現代、 多くの成功と挫折を経て本物を求めるようになっている時代だからこそ、レンジローバー的なものが支持されるようになってきた。そう理解すると分りやすい。相反しながら融合するというキーワード。それはレンジローバーの中に確実に存在する。元を辿れば、ジープタイプの四駆車と乗用車を最初に融合させたクルマだ。優れた地上高に対地クリアランス。四隅を把握しやすいボディー形状。オフでもドライブしやすいコマンドポジション、渡河でも排水しやすいカマボコ状のフロア。そんな実用四駆を乗用車のように快適にしたい。開発者達は四輪コイルリジッドサスにフルタイム4× 4という、当時の常識ではおよそ考えられぬ先進の構造を採用し、世界初のSUVを誕生させた。

イギリスはスーツ発祥の国と言われるが、その基本はテーラーによるオーダーメイドにあるという。父から子へテーラーが受け継がれ、多種多様なスーツより同じスーツを何着も持つことが好まれる。洒落っ気は外に見せるものではなく、自分の心の中で楽しむもの。そのアンダーステイトメント(控えめであること)な精神は生活のあらゆる場面で活きている。

時を経ても服は変わらず、着る人の本質も変わらない。これがレンジローバー的なものだすれば、自ずとモデルチェンジで変わるべきもの、変わらざるべきものが見えて来る。

だからレンジローバーもユーザーを決して裏切らない。「イヴォーク」も本質を守り、ジェントルであることを忘れない。おそらく日本もそういう精神世界を持っていたはず。ブレずに深く愉しむ。そんな自動車文化がそろそろ育ってきてもいいように思う。

[本誌では続く]

文・河村 大 写真・長谷川徹


DISCOVERY 4


伝統のキックアップルーフを備え、ディスコの愛称で親しまれる中核モデル。’81 年の初代モデルはレンジローバーの居住性と性能をより安価に楽しめるよう設計、シャシーや駆動系、脚周り等を初代レンジと共有している。日本では一時300 万円を切るモデルも登場、ディーゼルモデルの存在もあって爆発的な人気を博した。最新4 代目はジャガー製5ℓ V8 を搭載して’09 年からのリリース。SE が676 万円、HSE が796 万円。

DISCOVERY 4(SE)
車両本体価格:¥6,760,000 総排気量:4,999cc
最高出力:276kW(375ps)/6,500rpm
最大トルク:510Nm(52.0kgm)/3,500rpm


RANGE ROVER EVOQUE


2008 年のデトロイト・モーターショーで発表されたコンセプトモデルほぼそのままに、2011年デビューした。レンジローバー伝統のデザインを大胆に進化させたエクステリアがとにかく「カッコイイ」と、新しいファン層を獲得した。レンジローバー至上もっともコンパクトかつ軽量なボディによって、優れた燃費性能をマークしている。日本では、5 ドアの「ピュア」「プレステージ」と、クーペスタイルの「クーペ ピュア」「クーペ ダイナミック」の4 グレードが導入されている。

RANGE ROVER EVOQUE(Coupe Dynamic)
車両本体価格:¥5,980,000 総排気量:1,998cc 
最高出力:177kW(240ps)/5,500rpm 
最大トルク:340Nm(34.7kgm)/1,750rpm


ALL-NEW RANGE ROVER


’48 年に登場したジープタイプの4×4「ランドローバー(ディフェンダー直系の先祖)」が成功した後、乗用車との融合を図って開発された。量産車として初のフルタイム4×4、四輪コイルリジッドを採用、極悪路を苦にしない卓越したオフロード性能と快適なオンロード性能を両立。登場当時はビニールシートの実用モデルだったがユーザーの声に応じて高級化を推し進め、BMW と協同開発した3台目を経て今年4台目にバトンタッチした。

ALL-NEW RANGE ROVER(5.0 V8 VOGUE)
車両本体価格:¥12,300,000 総排気量:4,999cc 
最高出力:276kW(375ps)/6,500rpm 
最大トルク:510Nm(52.0kgm)/3,500rpm


RANGE ROVER SPORT


2005 年に登場したスポーツツアラー。このモデルの登場によって「レンジローバー」が車名からシリーズ名へと変化した。ショーファードリブンも似合う本家レンジに対しこちらはインテリアもサスチューニングもドライバーズカーとしての個性を明確に主張する。エンジンはジャガー製5ℓ V8。写真の「リミテッド」は120 台の限定。専用アルミホイールやプレミアムレザーシート、パドルシフトなどが追加される(793 万円)

RANGE ROVER SPORT(5.0V8)
車両本体価格:¥7,600,000 総排気量:4,999cc
最高出力:276kW(375ps)/6,500rpm
最大トルク:510Nm(52.0kgm)/3,500rpm


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