僕たちは、これからクルマとどう向き合っていけばいいのか

中国のEVメーカーであるBYDは、2023年上半期の世界新車販売台数において、メルセデスベンツやBMWを抑えてトップ10入りした。

また2022年度のインドの二輪販売台数は1580万台となり、トライアンフやハーレーダビッドソンがインド市場に本格参戦する。そして日本国内では、125ccのバイクに馬力規制をかけて原付一種にしようという声があがり始めた。今、クルマやバイクを取り巻く世界の状況が大きく変わろうとしている。


中国車と中古車を買うリスク

文・池田直渡

中国 深セン/BYDグループが本拠を構える深セン市は、中国のシリコンバレーと呼ばれ、携帯電話で有名なファーウェイの他にも、ソニー、任天堂と肩を並べるゲームメーカーのテンセントや、ドローンの世界シェア70%を占めるDJIなど、世界規模のメーカーを輩出している。

 中国車の話をするのはとても難しい。クルマそのものの出来が良いとか悪いとかの話をしても、問題の本質に辿り着けないからだ。

 ちょっと思い出して欲しい。ほんの3~4年前まで、華為技術(ファーウェイ)のスマホはアップルのiPhoneのライバルとみなされ、特にカメラ性能の高さと相対的な価格の安さで評判だった。ちょっと検索すれば当時の記事がいくらでも出てくるので、確認してみると良い。

 2020年の3月に筆者がスマホを買い換えようとして、周辺のデジタルガジェットマニアに諸々を相談した時、彼らの一部には、「iPhoneの11ProよりファーウェイP30 Proでしょ」と推す人もいたくらいである。

 実のところ、当時から米中対立は始まっていたので、ファーウェイのリスクはすでに一部で語られ始めていた。具体的に言えば、アンドロイドOSのアップデートストップや、GMS、つまりグーグルが提供するYouTubeやgmailなどのサービスが使えなくなる可能性が論じられていたのだ。それにもかかわらず、考えすぎと言われることも多く、リスクは過小に見積もられていた。

 それからわずか4ヶ月後の2020年7月にファーウェイは新型P40 Proを発売したのを最後に日本市場での新製品販売が終了する。本国などではその後も新製品がリリースされているが、西側諸国の多くでは販売が止まり、2021年にファーウェイは18年ぶりの減収に転じた。

 今から振り返れば、すでに2019年5月には米国商務省産業安全保障局(BIS)は、ファーウェイを貿易上の取引制限リスト(エンティティリスト)に追加し、2020年9月からその発効を予告していたので、その後の凋落はすでに確定していたルートだった。知らぬは日本の消費者ばかりなりという話である。

 ちなみにこのエンティティリストとは、平たく言えば、西側諸国に対して当該企業を村八分にする米国の要請であり、うっかり無視すれば、例えば当該企業に原材料や部品、工作機械などを輸出して協力した企業も同罪に問われ、エンティティリスト入りの憂き目に遭いかねない。

 米国のやり方も大概だが、そこまでする意味がまったくわからないわけではない。基本的には、中国が米国からの長年の警告を無視して、20年以上にわたって、知財の剽窃や、WTO違反の不平等な輸入規制などを行ってきたことに対する報復である。この辺は、詳細に書けば原稿1本分は楽にある。少なくとも米国は上下院ともに圧倒的多数で対中強硬姿勢であり、議会がこの報復を主導している以上、政権が変わったからと言って、状況が簡単に変わるわけではない。

 筆者は米国の制限が始まることをその時点で知っていたものの、多くの人々の意見を聞いていると、自分が大袈裟に考えすぎているのではないかと自らを疑う気持ちになったほどである。少なくともそこからわずか1年少々で、ファーウェイの存続の是非が語られるほどのドラスティックな変化がやってくる空気感はその時全く感じられなかったのである。

 リスクはもうひとつある。中国共産党トップの習近平氏は、不思議なことに中国国内のユニコーンテック企業(評価額10億ドル以上の未上場スタートアップ企業)を目の敵にしている。すでに阿里巴巴集団(アリババグループ)や百度(バイドゥ)、騰訊控股(テンセント)などが独占禁止法で莫大な罰金を課されたり、上場を止められるなどの問題が発生している。今話題のEVメーカーであるBYDも、前年から計画を発表していたパワー半導体製造の子会社の上場を2022年11月に不可解にも突如止められた。

 このあたりは少々事情が複雑なので乱暴な解説で勘弁していただきたいが、基本的に企業がグローバルに展開するほど、共産党はそれらの企業への統治が難しくなる。グローバル企業にとっては自由経済+民主主義の方が生きやすいのは当然だ。それを共産党は許容できない。

 もうひとつ、中国経済の本格的発展が始まった頃の政権、つまり2002年までの江沢民政権が、現在の中国の多くのユニコーン企業を育てた関係から、それらの企業は習近平派と対立関係にある江沢民派の資金源になっていると言われている。習近平派は、まずそれらを潰さないと国内の勢力維持ができないので、中国経済がどうなろうと、まずは政局が優先とばかりに、これらユニコーン企業を弾圧しているという説があり、筆者は、それをまとはずれな見方ではないと思っている。

 以上のような、複雑な背景から、日本の消費者に中国車を勧められるかどうかの判断は極めて難しい。どんなにクルマがよくできていても、米商務省のエンティティリストに入れられたり、習近平政権の逆鱗に触れたが最後、奈落の底まで落ちる可能性が常につきまとう。クルマは耐久消費財であり、部品やサービスの提供が止まったら維持するのは極めて難しい。売り払おうにもそういう状況下では中古相場は暴落するだろう。

BYD DOLPHIN

車両本体価格:3,630,000円~(税込)
車両重量:1,520kg 定員:5名
【モーター】最高出力:70kW(95PS)/3,714-14,000rpm
最大トルク:180Nm(18.4kgm)/0-3,714rpm 総電力量:44.9kWh
交流電力量消費率:129Wh/km(WLTCモード)
一充電走行距離:400㎞ 駆動方式:FWD

BYD ATTO3

車両本体価格:4,400,000円~(税込)
車両重量:1,750kg 定員:5名
【モーター】最高出力:150kW(204PS)/5,000-8,000rpm
最大トルク:310Nm(31.6kgm)/0-4,433rpm 総電力量:58.56kWh
交流電力量消費率:139Wh/㎞(WLTCモード)
一充電走行距離:470㎞ 駆動方式:FWD

 そしてこれらのリスクを顕在化させるのは、米商務省や習近平氏という外部要因であり、彼らが何をどう判断するかは最早われわれは窺い知ることができない。

 責めはBYDそのものにあるわけではなく、むしろ中国の国内事情や国際的対立にある。ある意味で一企業としては気の毒ではあるが、消費者としてはリスクテイクを迫られる問題であるのも事実だ。それらを総合的に考えた時、果たしてBYDのクルマ、あるいは価格が、潜在的リスクを上回るほど魅力的かどうかは消費者自身が決めることだと思う。

 というところで本来の原稿は終わりなのだが、編集部からビッグモーターについても書いて欲しいとの希望なので、それを追記しようと思う。

 端的に言って、新車と中古車は別のものである。新車はその価値と機能がメーカーによって保証されている。先に挙げた中国の様なカントリーリスクがあるケースを除けば、そこにはある程度の信用がおける。

 クルマは走れば部品が摩耗し、熱や経時でも劣化する。だから、中古車というのは1台1台全てコンディションが違う。「プロならば目利きできるだろう」と思うかも知れないが、全バラのオーバーホールをやってそのコストをオンしていいなら可能だろうが、それでは新車より高くなる。買う側にもメリットがない。つまり中古車というのは、多かれ少なかれリスクと引き換えに買う商品であって、安いのには理由がある。だからこそそういう損得も含めて笑って買える人にとっては面白い趣味でもあるのだ。というのが中古車一般論。

 ではビッグモーターの個別の件はどうなのかという話になれば、あれを擁護できる人はどこにもいまい。問題の中核部分は完全な保険金詐欺であり、その他の利己的理由による社会的道義的責任についても議論の余地すらない。記事にしても全く面白くもないくらいに非倫理的な話である。

 で、それから何を学ぶかを書かないと原稿にならないわけだが、中古車、それも特に買う側で利用するなら、ホワイトリスト形式で接する他にない。残念ながら、故意にしろ過失にしろ、中古車販売には情報の非対称がつきまとう。あるいは非対称ですらなく、売り手も、買い手同様予知できない瑕疵があるケースもある。

 不幸にしてそういうケースに当たった時、相手の善意を信じられるかどうかだけが話し合い成立の条件になる。一生懸命業界健全化に努力している企業も少なくないだけに残念な話だが、消費者自身が痛い目にあいたくなければ、疑うしかないだろう。中古車はそもそも善意があってすら怪しいことが起こる世界。そこに悪意の人間が紛れ込んだら悲劇が生まれるのは当然である。

 安全は新車にしかない。つまらない真実はそういうことである。新車が買えない懐具合なら選択肢はないわけだが、そこを自らのリスクテイクで補う。世の中は残酷にできている。

BYD SEAL

2023年末頃発売予定

写真のBYDが採用するブレードバッテリーは、熱安定性に優れるといわれている。BYDでは、新車登録日から8年間15万㎞を保証している。

Naoto Ikeda

自動車経済評論家。1965年生まれ。ネコ・パブリッシング退社後、2006年よりビジネスニュースサイトの編集長に就任。2008年に「グラニテ」を設立。クルマの開発思想や社会情勢との結びつきに着目した執筆活動を行う他、YouTube「全部クルマのハナシ」を運営。著書に『スピリット・オブ・ザ・ロードスター』(プレジデント社刊)、『EV(電気自動車)推進の罠「脱炭素」政策の嘘』(ワニブックス刊)がある。

僕たちは、これからクルマとどう向き合っていけばいいのか
続きは本誌で

中国車と中古車を買うリスク 池田直渡
インド製バイクが世界を凌駕する日 河野正士
原付規制問題のリアル 山下 剛
僕たちは、これからクルマと、どう生きれば良いのか 小沢コージ


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