クルマは災害とどう向き合えばいいのか

大きな自然災害に見舞われることの増えてきた近年、災害時にクルマに乗っていることのリスクが知られるようになってきた。

またそれとは逆に、EVの登場により、クルマを災害時の貴重な給電装置として役立てようという動きも広まっている。

クルマと災害について学んでおこう

文・山下敦史

 異常気象も毎年のように続くと正常って何だっけといいたくなる。竜巻や記録破りの豪雨も珍しくなくなってきた。もはや災害は来るかもしれないものではなく、当たり前に来るものなのだ。そう思えば、カーライフにおける備えもこれまでと変わって来るのではないだろうか。ここでは、そんなクルマと災害の付き合い方を考えてみたい。

 災害そのものは防ぎようがないので、問題はいかに被害を抑えるかだ。クルマ自体と自分(や同乗者)の命、それらを守るにはどうするか。

 クルマを守る、というより被害を抑える手段の一つが、車両保険だ。クルマの任意保険はほとんどの人が入っているだろうけど、昨年度の「自動車保険の概況(損害保険料率算出機構調べ)」によると、全車両における車両保険の加入率は46.5%。自家用車だと普通車両で6割ちょっと、軽自動車で5割ちょい。これを高いと見るかは人それぞれだけど、おおざっぱに半分くらいのクルマは災害で壊れても補償なしなのだ。まあ確かに自分のことを考えても、もともとが安い中古車とか、そろそろ買い換え時期だとかすると、壊れたらあきらめようと思って車両保険までは入らないもしれない。ただ、近年クルマを襲う災害の多さを考慮すれば、可能な限り入っておいて損はないだろう。

 車両保険も含めた自動車保険料は、年齢や車種や保険等級など、条件次第で複雑に変わるので一概には言えないのだが、だいたい僕らOVER50世代の50代、60代がもっとも安く、それ以下、それ以上だと高くなっていく。代理店を通じてやりとりする業態が多い国内業者と、ネットや電話で直接契約するダイレクト型(通販型)が主流の外資系業者との違いも気になるところだが、基本的に補償内容に大きな違いはない。代理店を介さない分、ダイレクト型のほうが保険料が安い傾向はあるが、専門家でない契約者にとっては、担当者と顔を合わせて相談できる代理店型の安心感も捨てがたいところ。そこはお好みで。

 車両保険には一般型とエコノミー型の二種類があるのだが、災害に関して言えばどちらも同じ。異なるのは災害以外の、当て逃げされたなどの場合だが、どれも本稿の主旨から外れるので割愛する。だいたいの人は一般型を選ぶということだが、災害に備えるためだけと割り切るならエコノミー型でも問題はない。どちらでも水没や台風などによる災害を(全額とは限らないが)補償してくれる。ただし、地震・津波・噴火、有事のような特別な場合は補償対象外だ。これらを含めるには特約を付ける必要があるが、保険料が2割増しくらいになるそうだ。地震が多い地域で心配なら、特約のセットも考えておこう。

 お金の面は保険がカバーしてくれるとして、運転中や乗車中に災害に遭った時はどうするか。水没してエンストした時、無理に再始動するとエンジンが壊れる、といったことは近年の水害多発で多く知られるようになったと思う。他にも災害時の“べからず”があって、有名どころでは地震でクルマを乗り捨てなければならない際、エンジンを切ってキーは付けたまま、ドアロックはしない、というもの。本誌読者なら常識とは思うが、念のため書いておこう。愛車を無防備で置いていくのは抵抗があるだろうが、救助活動の妨げになった時移動できるようにしておくのが巡り巡って自分のためでもある。救助で助かるのは自分や家族の命かもしれないのだ。

 ゲリラ雷雨の雷も遭遇しがちな災害だ。クルマは鉄の塊だから当然落雷することもあるが、雷は車体を通って地面に逃げるため、基本的に車内は安全。ただ、車体の金属部分から感電する恐れがあるため、雷が近いときはドア枠などの金属に触れないよう注意したい。

 もし車内に閉じ込められてしまったら? もちろん携帯電話やクラクションで助けを呼ぶのが第一だが、状況によっては自力で脱出せざるを得ない場合もあるだろう。予行演習するわけにもいかないので、そんな時役立つのがYouTubeだ。どうやら“脱出系”と呼ばれるユーチューバーがいるようで、「クルマ 脱出」などと検索すると、多数の動画がヒットする。水没してドアが開かなくなった時、どのタイミングなら開けやすいのか、最悪窓を破壊して脱出する場合の注意点など、映像で確かめられるのがありがたい。子供を乗せている時といった、さまざまななシチュエーションの動画があるので、自分の環境に応じたイメージトレーニングができるだろう。

緊急脱出用ハンマーには、「金づちタイプ」、先端に小さな突起がある「ピックタイプ」、内蔵された金属が飛び出す「ポンチタイプ」の3種類がある。どれを選ぶにしても、脱出を助けてくれるシートベルトカッター機能は必須。写真は編集部の若林がクルマに積む、金づちとピックタイプを兼ね備えたもの。ヘッドの下にシートベルトカッターが付く。/メルテック「レスキューハンマー」

こちらはポンチタイプ。窓ガラスに押し当てるだけで先端から金属棒が飛び出し、女性や高齢者の力でも窓ガラスを割りやすい。カバーを外せばシートベルトカッターにもなる。車内でも邪魔になりにくい、コンパクトな手のひらサイズ。/コジット「車脱出!緊急コンパクトツール」価格:1,408円(税込)

 例えば窓を破壊するとき、専用のハンマーなどがなければヘッドレストを引っこ抜いて支柱の金属パイプを使えばいい、という代用策は知ってはいたのだけど、実はこの原稿を書くまで単にパイプで窓をぶっ叩くのだと思っていた。だが動画を見ると、大の大人が力任せに叩いても窓はびくともしない。同様に、スマホの角で叩いたり、小銭をレジ袋に入れて振り回すなどの方法が検証されていたが、どれもうまくいかなかった。非力な女性や高齢者ならなおさらだろう。正しくは、ヘッドレストのパイプの片方を窓の隅あたりで隙間にねじ込み、テコの原理を使ってやればほとんど力を使わずに破壊できる(ただし、割れない合わせガラスを採用している車種もある)。コツを見ていれば簡単だが、知らないと僕が思い込んでいたように叩き付けるだけで時間と体力を無駄にしてしまうかもしれない。

 それにしても検証動画で思い知るのは、専用工具の威力だ。コツもへったくれもなく窓を割れるという、悪用厳禁の使いやすさ。それなのに国民生活センターの調べ(2020年)によると、自動車ユーザー5,000人のうち脱出工具を積載していた人は876人。約17%にすぎない。試しにアマゾンで「脱出用ハンマー」と検索したら、シートベルトカッターも付いてJISに適合した製品がわずか千円前後で買える。いいから今すぐポチっとけとしかいいようがない。標準装備にしてほしいくらいだ。

脱出用ハンマーで破砕できるのは、基本的にサイドガラス(強化ガラス)。フロントガラスのような特殊フィルムを挟んだ合わせガラスは、割れても粉々にならず、外に出られない。一部車種では、サイドガラスやリアガラスにもこの合わせガラスが使用されていることがあるため、一度窓を確認しておこう。

 災害時には基本クルマで避難してはならないというのは大原則だけど、じゃあ災害時にクルマは役立たずかといえばそうじゃない。動かさなくたってクルマは貴重な電力源になる。最近のクルマならUSB端子や、EVなら家庭用と同じ100Vのコンセントを備えた車種も多いが、旧車などでもシガーソケットからUSBやコンセントに変換するアダプターはぜひ用意しておきたい。災害時の連絡手段や情報源であるスマホが充電できるというだけでも安心感が高まるだろう。普段トランクをあまり使わないなら、家だけでなくクルマにも水や非常食、簡易トイレやブランケットなどの防災用品を備蓄しておくのもいい。いざというときクルマに避難すれば大丈夫と思えば落ち着いて行動できる。自宅が利用できないような場合でも、クルマが無事ならエアコン完備の緊急避難所があるようなものだ。

 そういった非常時、いきなりクルマの中で寝泊まりするより、できるなら平時に車中泊を体験しておくのも役に立つだろう。昨今のキャンプブームもあって、春から秋にかけての行楽シーズンには、車中泊体験イベントも多い。別に普段のガレージやカーポートで寝泊まり体験してもいいのだが、どうせならイベントを楽しみつつ、ノウハウを学んだり、情報を交換したりできればより得るものがあるはずだ。

自動車メーカーも、災害時にクルマが“移動する電源”として活用できることを知ってもらおうと、普及活動に努める。9月開催の「TOKYOもしもFES渋谷2023」では、避難生活をイメージしたテントを設置し、冷蔵庫や扇風機などの家電が使えることを来場者に実体験してもらった。(写真はトヨタのブース)

 2022ー2023の日本カー・オブ・ザ・イヤーは、日産サクラと三菱eKクロスEVというEV軽自動車の2車が選ばれ、時代の転換期を感じた人も多いだろう。実際にこの両車種でEVデビューを果たした人も少なくないはずだ。すでに普及したハイブリッドをはじめ、水素エンジンや燃料電池車など未来の規格はいろいろあって、これからのクルマがどうなるのか混沌としながらも目が離せないところだけど、いわゆるバッテリーEVが大きな存在感を示していることも間違いない。

軽自動車EVの日産サクラ(左)と三菱eKクロスEV(右)は発売1年で生産累計台数5万台を達成。手に入れやすい価格、高い走行性能とデザイン性で、日本人にとって遠い存在だったEVを、一気に身近な選択肢へと押し上げた。

 そんな中、EVやハイブリッド車、燃料電池車を巨大な蓄電池として考えるV2H(Vehicle to Home)というシステムが注目を集めている。これは、電気を動力源にするクルマをコンバーターを通じて家庭用の配電盤に接続し、非常時の電源にするというものだ。普段通り家の中で電気器具やコンセントが使えるというのが大きい。クルマ側の容量には限度があるので使いまくるわけにはいかないが、停電時でも冷蔵庫やパソコンなどが動かせるのは助かるだろう。現状では一戸建てが対象でそれなりの値段の対応機器を設置し、クルマのほうも対応している必要があるが、先述のサクラやeKクロスEVはもちろん対応、普及が広まるにつれ、住宅側のコストも下がると思われる。EV購入を考えているなら、導入を検討してはいかがだろうか。

クルマに蓄えた電気を住宅に供給する仕組みをイラスト化したもの。クルマのバッテリー内に溜めている電力は直流電流だが、住宅内で家電を動かすのは交流電流。そのままでは使えないため、機器を介して、家で使える交流電流へと変換する。(イラスト出典:トヨタ プリウスPHV)

EVやPHEVの存在は、クルマの可能性を移動手段以外へと広げた。「クルマから家へ」を意味するV2H機器を介せば、停電時などに、クルマに蓄えた電力を家庭のバックアップ電源として利用することができる。

 バイクについても触れておきたい。例えばホンダのデザイン部門出身者が立ち上げたベンチャー企業FELO Technologyが東京モーターサイクルショーで発表した電動バイク「M-1」だ。1980年代、トランクに積める原付として人気だったホンダの「モトコンポ」をモチーフにしたM-1は、モトコンポ同様ハンドル部分を折りたためる上、USB端子やコンセントを装備してポータブル電源としても利用できる。奇しくも本家ホンダもモトコンポの後継的な電動バイク「モトコンパクト」を発表、 折り畳み幅は約9.4㎝と薄く、クルマに積めるというコンセプトは同様のようだ。レジャーのお供にはもちろんだが、機動力があり、ポータブル電源にもなる電動ミニバイクは災害時の有用性が計り知れない。モトコンポに憧れた世代としても、クルマ+電動ミニバイクのコンビネーションにわくわくしてしまう。

「FELO M-1」(プロトタイプ)モーター定格電力0.4Kwで免許区分は原付1種になる。車両重量55kgで最高速度は35km/h。5時間充電で航続距離40km、モバイルバッテリーとしても使用できる。

同じコンセプトでつくられた「モトコンパクト」米国で995ドルで11月に発売予定。

 日本で生きていく以上、災害に無関心ではいられない。次に被害に遭うのは自分かもしれないのだ。教習所で“かもしれない運転”をするように、と教わったのと同じだ。災害なんて滅多に遭うもんじゃないだろう、と油断していると、いざというときに何の備えもなく、何をしていいのかも分からなくなる。クルマで出かけた先で、豪雨に遭うかもしれない、土砂崩れで足止めされるかもしれない。なにも「防災!」と堅苦しく考える必要はない。そんなときどうする? と頭の中でシミュレーションしたり、ホームセンターの防災グッズコーナーを物色したり、YouTubeのカートラブル系の動画を楽しんだりと、災害を非日常ではなく、日常の延長として考えるようにしたい。災害はいやだけど、共存していくほかないのだ。普段から考え備えることで、非常時にも落ち着いて対処できる。そうすれば、災害時に何より必要な、助け合う心の余裕を持てるはずだ。

Atsushi Yamashita

1967年生まれ。「ストリーミングで観たいクルマ・バイク映画」、「仮面ライダーショック再び。」など、クルマやバイクの登場する映画記事を執筆する映画評論家&ライター。「『サマータイムブルース』を歌い出す道」、「僕の中の稲村ジェーン」といった他分野とクルマやバイクの関係性を描いた文章も得意とする。2020年5月号より「山下敦史の今こそ注目したい動画大全」を連載中。

「クルマは災害とどう向き合えばいいのか」の続きは本誌で

クルマの水没体験を聞く 聞き手・若林葉子
クルマと災害について学んでおこう 山下敦史


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