Promised Land プロミスト・ランド〜SDGsの創る約束の地 Vol.08

VOL.08 バービーからのメッセージ

文・まるも亜希子

 小学生の頃の夢は「野球選手になること」だった。長嶋茂雄さんの奥様・亜希子さんの名をいただくほど、野球好きだった祖父と父の影響だ。ところがクラスでその話題が出たとき、男子に「お前バカじゃねーの。女は野球選手になれないんだぜ」と言われ、ガーンと目の前が真っ暗になった。確かに当時は近所のリトルリーグで女の子は受け入れてなかったし、甲子園にもプロ野球にも女性選手は出てきたことがなかった。ジェンダーの壁を強く意識したのは、それが最初だったと思う。昭和の時代はまだ、男らしくあれ、女らしくあれ、という慣習や期待や偏見が色濃く、私もそれに流されるままにあきらめてしまったが、今ではなぜもう少しあがいてみなかったのだろうかと悔やまれる。

 少なくとも、バービーならあきらめなかったはず。1959年に誕生して以来、世界150ヵ国以上で販売されているドールの実写版映画『バービー』が日本で公開されると聞き、懐かしくなって久しぶりにバービーのプロフィールを見て初めて、1960年代からそうしたダイバーシティやジェンダー平等に関して、びっくりするほど大胆でカッコイイ挑戦をしてきていたのだということを知った。なんと、女性がまだ銀行口座を持つことさえ不自由だった1962年に、いち早くマイホームを購入! 人類が月面着陸する4年も前の1965年に、宇宙飛行士にもなっている。1985年には“見えない壁”を壊すためにCEOに就任し、まだ当選していないが大統領選挙に6回も立候補している。ヒラリー・クリントン氏でさえぶち当たったガラスの天井を、この先バービーが突き抜けていくのかどうか。ちょっと気になり始めている自分がいる。

 そんなバービーの合言葉は、「あなたは何にだってなれる」。これまでに250以上の職業のドールになり、その中にはレーシングドライバーだってある。タクシー運転手や整備士だってある。子どもが決して、ジェンダーのせいで夢をあきらめることのないように、無限の可能性があることを伝え続けてきた。そしてあらゆる体型、肌の色、髪型、車椅子、義足、脱毛症や白斑などさまざまな姿をしており、「あなたらしさを大切にしよう」というのも、バービーからのメッセージだ。男女どちらにも属さない人や、容姿と心が別の人がいてもいい。どれかに合わせようと自分を偽らないこと、それを尊重し合うことが、ジェンダー平等への第一歩になるのだと、バービーを見ていると実感する。

 残念ながら自動車業界も、ジェンダー平等にはまだ遠い。でもそれは、クルマの開発に携わる人たちをはじめ、レーシングドライバーやモータージャーナリストなど大多数が男性だということそのものが問題ではないと感じる。むしろ、昨今は開発段階から女性の意見や好みを取り入れようと、ヒアリングなどさまざまな取り組みをしていることがうかがえる。生物学的に、オスとメスが異なるのは事実であり、体格や体力や思考回路、役割といった違いを「区別」して考えることはクルマづくりにも欠かせない。互いの特徴を認めあい、足らない部分を埋めあうことで、よりよい1台を完成させていこう。そうした熱意を感じるクルマが多くなったことは、とても喜ばしい。

 それを邪魔するのは、「女だから運転が下手だ」「男のクセに免許も持ってないのか」といった偏見に満ちた言葉だ。女は小さいクルマが好きだとか、運転はパパがするものだとか、高齢者の運転は危ないとか、若者はクルマに興味がないとか、山ほどのそうした偏見。これは「区別」ではなく「差別」で、そのために窮屈な想いを強いられている人は少なからずいるはずだ。これらの「差別」がなくなったときに、自動車業界の本当のジェンダー平等が見えてくるのではないだろうか。

Akiko Marumo

自動車誌『Tipo』を経て独立。10年に渡って本誌で女性視点のコラムを連載したほか、『浮谷東次郎を知った夏』『堀ひろ子という友人』を執筆。『岡崎宏司のクルマ美学』『マン島TTに挑戦した松下佳成』など、インタビュー記事にも定評がある。

ダミー人形とジェンダーバイアス

文・村上智子

ボルボは、約50年にわたる事故調査の研究結果や、女性ダミー人形での実験を含む社内実験データを「E.V.A.プロジェクト」として2019年から無償で公開。男女平等になるよう収集したデータは、車内の誰もが安全なクルマ造りに役立ててもらおうと、自由にダウンロード&活用できるようにした。

衝突実験に広く使われるダミー人形の実物実験に比べ、かかる期間や費用を抑えられるのが、トヨタの「THUMS」。クルマの衝突事故における傷害度合いをコンピューター上で解析できるバーチャル人体モデルで、性別・年齢・体格の異なる様々なモデルを用意。2021年から無償公開している。

 「女だから運転が下手」「運転はパパがするもの」という、いつの間にか刷り込まれてきたジョーシキ。その根っこにあるのは、最近よく聞かれるようになった“ジェンダーバイアス”だ。意味を紐解くと、“無意識のうちに男女の役割について持つ固定観念や、それに基づく差別や偏見”のことを指す。

 その一つが、自動車メーカーの衝突実験だ。クルマの設計は長年に渡り、男性ダミー人形のみで行われる衝突実験データに基づき行われるのが当たり前だった。世の中に供給されるのは、平均的な体格の男性にとっての“安全なクルマ”というわけだ。しかし生物学的に、男女では骨格や身体的強度が違うはずで、事実、自動車事故では女性は負傷しやすく、特にむち打ち症や胸部を負傷する高リスクを抱えている。世界経済フォーラムによれば、男性に比べ女性は重傷を負う確率が47%も高いのだという。こうした原因の一つとして指摘されてきたのが、先の男性ダミー人形のみで行われてきた衝突実験だ。

 いち早く動いたのはボルボで、すでに1995年から衝突実験に女性モデルのダミー人形を取り入れ、世界初の妊婦ダミーも導入。これらの実験データは、女性のむち打ち症を減らす独自のフロントシート開発などに生かされている。とはいえ、ジェンダー問題に敏感なアメリカですら、衝突安全テストで女性のダミー人形が使われるようになったのは、10年ほど前から。日本では5年前に国土交通省が衝突安全性能評価における助手席のダミーを、男性から小柄な女性に変更すると決定したが、運転席での実験は今のところ男性ダミーのみ。女性や高齢者ドライバーが多い現実社会にはなかなか追いついていないようだ。

 ちなみに、実験に使われるダミーだが、本体のみで3,000万円前後(!)もするそうで、実物実験で多様性に応えていく難しさも感じる。とはいえ目指す理想は、さまざまな体型や年齢も含めた、誰にとっても“安全なクルマ”に近づくこと。ジェンダーバイアスを減らすことは、その第一歩となるに違いない。

Tomoko Murakami

新聞社に勤務後、フリーランスを経て、2007年にレゾナンス入社。2009年からaheadに参画する。結婚を機に一度退職し、イタリア・ローマに3年間在住。帰国後復帰し、現在は大阪からリモートで編集業務に携わっている。二児の母。

定期購読はFujisanで