虚構とリアル

虚構と聞くと悪い印象を抱くが、そもそも映画や小説のほとんどは虚構であり真実ではない。

誰もが分かっていることではあるが、人はその虚構にリアルさを求めてしまう。

そして実際に虚構の中に真理が描かれていることも多く、虚構でしか表現できないリアルさもある。

AE86

大衆の求める本物感

文・小沢コージ

もはや食傷気味もいいところではあるが、やはりWBCはビックリするほどのスーパーコンテンツだった。未だ大谷翔平がネット記事にならない日はなく、これはまだまだ続くだろう。人気の秘密は大谷翔平という異星人的レベルの日本人スーパースターの大活躍とそれらがすべてリアルだったからだろう。

試合もリアルだったし、ストーリー運びもリアル。なおかつ漫画顔負けの幸せすぎるハッピーエンド。唯一、プロレスっぽいのは準決勝の舞台が直前で変わったウソ臭いスケジュール変更だがこれもまたリアルな嫌がらせ。

これを身近な小学生が感動しただけでなく、実家の80代の父までが「大谷選手がバントしたのは驚いたね」と言い出したのに驚いた。つくづくWBC恐るべし! やはり大衆は虚構ではないリアルなドラマを求めている。

すべてのマスコミに通じる話だが、私がいる自動車評論も虚構との戦いに他ならない。戦後、日本で自動車評論が始まった時、それはリアルだった。特に分かり易いのは、「日本車と輸入車の圧倒的差」であり、伴い生じた「追い付け追い越せストーリー」だ。それは言わば明治維新さながら。司馬遼太郎の『坂の上の雲』のようなお話だ。

かつて日本車は最初、アメリカ車に全く敵わなかった。初めてアメリカに輸出したトヨペット・クラウンはハイウェイのランプウェイを登れず、初代クラウンや日産セドリック、グロリアは露骨にアメリカ車似だった。やがてターゲットは次第にドイツ車へと変わり、高級車はメルセデスベンツを意識した。

他も80年代のマツダの初代FFファミリアはVWゴルフを手本としたし、ロータリーエンジンはそもそもドイツバンケル社の技術だった。マツダRX-7はプアマンズポルシェと呼ばれ、それら戦うストーリーはリアルな日本の高度成長物語と重なり、自動車ファンのみならずとも熱くさせた。

同時に自動車評論には虚構も存在した。そもそも高度成長期の日本は、モデルチェンジごとにクルマを買い換える人が多く、新しくなるたびにクルマは良くなると信じられ、良くならなければならなかった。毎回ボディサイズは拡大、エンジンパワーは上がり、2000年代は燃費も向上していった。だが、そうそう都合良く毎回すべての性能が上がるわけがない。スタイルは旧型の方が良かった事も多かったはずだが、クルマ雑誌は基本的には「進化」を前提として褒め続けていた。

この「前提」がクセ者である。大手メディアもそうで大新聞、テレビのキー局は、主流になるに従い、ストーリーを描き始めた。それも「体制側」と「左翼側」の両方だ。左翼的メディアは基本体制を叩くことに終始し、逆もそう。全体の思惑から外れた記事はなかなか書かない。中国韓国は反日的でなくてはならず、逆に親日テイストの中国記事が潰されるようなものだ。

カタログ雑誌も基本ヨイショ記事ばかりでいま真実を語ると思われるメディアは、もしや週刊文春とYouTubeぐらいかもしれない。

事実、低迷していた自動車雑誌にカツを入れたのはここ何年かの新車系YouTuberだ。雑誌部数は伸びないが、彼らの登録数や再生回数は増え、雑誌で言わない様なことを話し、販売店が情報を露出するようになり、市井のクルマ好きや趣味人がクルマを語り始めた。そこは確かに縛りが薄く、今までにない情報となんらかの真実があった。

だが、そんなYouTubeも今また限界を露呈しつつある。それはある種の大量生産的限界だ。自分もYouTubeをやっているから分かるが、YouTubeが凄いのは、基本1人でテレビ並みの動画が作れることだ。映像クオリティ的にはイマイチでも切り口の鋭い動画が存在し、それは一部でテレビ番組をも超えた。

だがYouTubeは毎日アップを基本とする。それも常に再生回数の強迫観念が伴い、減ると作成者は10円ハゲが出来るほどストレスが溜まる。すると作者は無理してでもヒットを狙うようになり、煽り気味のサムネールを作るようになる。しかし中身が追い付かない。

またYouTubeには中毒性があり、ある種プチ宗教のようになる。YouTuberは教祖化して、徐々に外部からは理解されにくい存在になったりもする。YouTubeはパーソナルなだけに虚構化し易いコンテンツなのかもしれない。

リアルで面白いストーリーであり、情報を与え続けるのは至難のわざだ。大手は大手でストーリーを描きたがり、個人は個人で自分の世界に引きずり込みたがる。

食でも体験でも旅でもリアルな面白さは、本来自分自身で探すべきものなのかもしれない。

Koji Ozawa

1966年生まれ。『NAVI』編集部を経て独立。現在は『ベストカー』『webCG』『ENGINE』などに連載を持つ。TBSラジオ『週刊自動車批評 小沢コージのCARグルメ』(木曜 17:50-18:00)が放送中。YouTubeチャンネル『Kozzi TV』も配信中。

「虚構とリアル」の続きは本誌で

苦悩した007~ダニエル・クレイグ 山下敦史
欧州のリアル 山下 剛
レースという夢物語 橋本洋平
大衆の求める本物感 小沢コージ


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