二輪に進出したBMW M

文・山下 剛

BMW M1000RR

車両本体価格:¥3,783,000~(税込)
エンジン:水冷並列4気筒4ストDOHC4バルブ
総排気量:999cc 車両重量(乾燥重量):170kg
最高出力:212ps(156kW)/14,500rpm
最大トルク:113Nm/11,000rpm
※Mコンペティション・パッケージ

 2018年、BMWモトラッド(BMW二輪)はS1000RRをフルモデルチェンジするとともに、Mの名を冠したチューニングパーツとそれらを装備したMパッケージなる特別仕様車を発表した。そして2021年、M1000RRが発売される。

 BMW Mといえば四輪ではあまりに有名な直系チューナーで、Mの名を持つクルマはレーシングスペックにチューニングされた高性能スポーツカーだ。しかしバイクにMの名が冠されるのはこれが初めてのことである。

 なぜこのタイミングでBMWはM1000RRを出してきたのか。M1000RRの開発と販売の経緯について、BMWモトラッドからの詳細な公式アナウンスは今のところないが、彼らの開発姿勢から邪推してみよう。

 BMW M社の前身であるBMWモータースポーツ社が設立されたのは1972年で、Mシリーズ初号機となるM1が発売されたのは1978年のことだ。

 この時期、BMWモトラッドはすでにロードレースの第一線から退いている。世界GPや世界最速記録などでBMWのバイクが活躍していたのは主に戦前のことだ。なぜならBMW最大の特徴である水平対向2気筒エンジンは、コーナリングで深く車体を傾けるとシリンダーヘッドが路面に接触するため、レーサーとしては宿命的に不利なのである。

 50年代もワークス体制でのレース活動は続けていたが、水平対向以外のエンジンを新開発しない以上、限界は見えていた。そしてBMWはレース活動縮小を選択し、一般道でのパフォーマンスを重視したバイク開発に専念していたのである。
 80年代になるとパリ・ダカールラリーにワークス体制で挑み、3連覇を果たす活躍ぶりを見せた。R80G/Sを改良したマシンの白い車体には、濃青・青・赤のMカラーが施されており、BMWワークスレーサーであることを主張している。しかしあくまでレーサーはレーサーであり、市販されるR80GSやR100GSに反映されることはなかった。

 BMWはこの時期、バイクの安全性を高めることに主眼を置いており、国境をまたいでヨーロッパを巡るツーリングで運転者と同乗者をいかに快適に、そして疲れさせず、運転への集中力を維持させて安全に、無事故で目的地へ到着させられるかを最優先して開発を進めている。パリダカでの3連覇を含む4度の勝利は、どちらかといえばそうした長距離航続性能の研究開発の副産物といえる。おそらくBMWはパリダカを技術開発の研究所にしていたというよりは、GSの販売促進のためのプロモーションを第一義としていたのではと推察される。

 BMWのそうした姿勢は、1973年のR90S発表時の開発陣のスピーチに見ることができる。

「我々はレースでのパフォーマンスに興味はない。快適に長距離をツーリングできるようコストをかけて開発した。ライダーと同乗者が500キロの旅の後でも夜のダンスを楽しめるように望んでいる」

 BMWモトラッドの開発方針がこのようになった背景には、前述したようにボクサーエンジンがレースにおいて不利であることに加え、同時期から台頭してきた日本メーカーの存在がある。ホンダ、カワサキ、スズキ、ヤマハが脅かした海外メーカーはBMWに限らず、ほぼすべてがこの4社によって経営難に陥り、多くが倒産してその名を消した。四輪で成功していたBMWは運がいいほうで、それでも二輪生産からの撤退を幾度か検討している。そのたび、「バイクはBMWの原点である」ことを旗印として生産を継続してきたが、バイクを造り続けるための方策のひとつがレースからの撤退であり、長距離走行における安全性の追求と実現だったのである。

 しかしそれから50年近い時が流れれば、頑固を貫いてもいられない。2010年、BMWはS1000RRを引っさげ、日本メーカーのお家芸である1,000㏄直列4気筒エンジンを搭載するスーパースポーツ(SS)というカテゴリーに参入する。〝その気になれば〟いつでもこういうバイクを造る知識も技術もあるのだと言わんばかりで、事実、S1000RRは4メーカーを脅かし、結果としてSSの開発と進化を促した。それから数年が経ち、4メーカーのSSはBMWに追いつき、追い越した。

 ドゥカティも忘れてはならない。長らく象徴的存在だったLツインから脱却し、V型ではあるものの4気筒化し、優れた電子制御技術も盛り込んだ。いまや伝統的な上位グレード「R」、そしてスーパーレッジェーラはドゥカティの珠玉であり、ヨーロッパという地場でもっとも目につくマニュファクチャーのトップエンドモデルなのである。彼らの影に隠れがちだが、V4エンジンでは定評あるアプリリアも強力な存在だ。

 すでにS1000RRの優位性はない。そこでBMWが彼らを再び引き離すために出した切り札がBMW Mである。

 はたまた、排ガス規制強化による弱体化と電動化必至の時流の中で、エンジン屋BMWの矜持として最強最速の内燃機を造れる最後という意気込みもあるのかもしれない。

 BMWの原点であるバイクのための記念碑的エンジンを、最大限に生かすための最高性能を持つパッケージ。それがM1000RRなのだろう。


BMW Mとは何か

文・桂 伸一

 BMW Mシリーズとは何か? 「BMWのスポーツ仕様」!? と返すのは、輸入車好きのいまの世代。

 もちろん正解だが、筆者のように還暦過ぎのレース系ジャーナリストにとって「M」と言えば憧れの文字であり、BMWのレースと直結した組織という認識だ。

 BMW初のスーパースポーツはM1の名称が与えられ、F1ドライバーたちが同一仕様のM1で戦うプロカーシリーズで一躍その存在を世界に広めた。その後1985年に誕生した初代BMW M3(通称E30)は、3シリーズをベースに当時のレースカー(グループA)の規定で、外観はスポイラーやオーバーフェンダーからタイヤ、エンジンのサイズまでレースカーと同じ仕様を市販車として販売しなければ認可されず、最良のパーツで武装し、規定を通す為の重要なモデルとなった。

 M3はレースで数多くのチャンピオンに輝く活躍からMの名をさらに多くの人に広めた。とは言えベースとなったBMW 3シリーズに比べて2倍、3倍もする高額モデルの為、庶民からは羨望の眼差しで見つめられた。

 いまも続くモデルはM3に次いでM5があり、その時代によってエンジン型式、駆動方式も変えながら、BMWとしてクラス最強のパフォーマンスを示すモデルたちにはMの称号が与えられて、世に放たれている。SUVのX5、X6にもMのレース魂は宿り、背は高くても華麗な走りを展開する。レースを狙った訳では無いが、そのスペシャル感は現代にもそのまま受け継がれている。


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