心の時代 自分で決める価値

写真・神谷朋公

世界中がコロナに翻弄された年として、歴史に残るであろう2020年を経て、これまでの価値観を見直すタイミングが来ている。

それはクルマやバイクにおいても同じはずだ。

世間体や他人の評価を気にしたクルマ選びや、見栄やプライドを優先してバイクを乗ることに疑問を抱く人が増えていくことに繋がるのではないだろうか。

2021年は自分の中にある本当の価値に気づく新たな時代の幕開けとなってほしい。

「SUBARU技報」の志

文・まるも亜希子 写真・神谷朋公

 我が家に年に一度、SUBARUから分厚い冊子が届けられるようになって、かれこれ15年ほど経つだろうか。最初にその『スバル技報』(現在は『SUBARU技報』)を開いた時に、思わず目を見張ったのを思い出す。ぎっしりと埋め尽くす論文、図形、表やグラフ。通常、私たちメディアがいくら実車に試乗しようとも、本社へ出向いて開発チームにインタビューをしようとも、ここまで深い取材はできないだろう。そんな、自力では知り得る術のなかった開発プロセス、部品ひとつひとつに関わる研究、実験、特許を取得する発明の数々。それらが赤裸々に、とてつもないボリュームで綴られていることに圧倒されたのである。

 SUBARU技報はいつ、どのようなきっかけで生まれ、何を目的としているのか。発行兼編集を行なっている「SUBARU技報編集委員会」で委員長を務められる、技術開発部長の佐瀬秀幸さんにお話を伺った。

 まず最初に出てきたのは、SUBARUの前身である東洋一の航空機メーカー、中島飛行機で敏腕エンジニアとして開発に携わった後、あのスバル360を世に送り出したことで知られる、百瀬晋六の名前だった。「百瀬さんは、厳しくも熱い指導で数々の技術革新を推進してきたエンジニアで、弊社では〝先覚者〟と呼ばれています。昭和47年(1972年)に発行された第1号に、百瀬さんが『スバル技報の発刊にあたって』という言葉を寄せているんですが、そこに、SUBARU技報の存在意義、目的、現在まで継続している原動力が凝縮されていると思います」と佐瀬さん。

 クルマの開発というのは、日々時間や締切に追われ、どのエンジニアも多忙を極めている。しかし、日頃取り組んでいる業務の成果を報告書だけで終わらせるのではなく、さらに掘り下げ、本質を摘出し、普遍的内容を加えて整理し、研究論文としてまとめようじゃないか、と百瀬は冒頭で呼びかけているのだ。そうすることで、あらためて自分たちが言いたいこと、目指すものなどが再認識できると同時に、研究テーマはしっかり把握できていたか、進め方に不備はなかったか、基本の考え方に誤りはなかったか。そうしたマイナス面までも、浮き彫りにすることができる。業務の達成感を味わうとともに、問題点を解決していくことが、一歩ずつ技術の水準を高める結果につながる。そのために、このSUBARU技報の役割はとても大きく意義深いものだと、百瀬は語っている。そして、なぜそこまでして技術を高めていく必要があるのか。それは70年代以降の自動車業界を予見していたかのような、百瀬の言葉がズシリと重い。「今後、自動車の公害安全対策のためには、従来の自動車研究部門になかった新しい技術をもってこれに対処して、製造部門、技術本部一体となってこのきびしい現実を踏み越えて行かねばなりません。どうか、このスバル技報をお互いの技術錬磨の場として有効に活用されるよう心から希望します。」(スバル技法第1号より抜粋) 技術本部だけでなくすべての部門で自分たちが持つ最新技術と、抱える問題点、つまり「スバルの今」を共有し、一丸となって目標に向かっていく。そんな熱い想いがひしひしと伝わってくる。

 そしてもう一つ、第1号の編集後記には、編集委員長を務めた松本廉平がこんな目標を綴っていた。「スバル技報の配布範囲は、差当り、社内だけに限定することにいたしましたが、やがて一人前になった場合は他の会社や研究所の技報と交換することも考えられます。早くそうなれるよう、読者として、また投稿者としての皆様の絶大なる支持を、今後、期待しております。」(スバル技報第1号より抜粋) この想いを実現しようと、現在ではディーラーやサプライヤー、大学やメディアなどにも届けられるようになり、4,800部のうち約半分は外部に渡るという。我が家にも10月に、最新のSUBARU技報・第47号が届いた。今年は新型レヴォーグの登場に合わせ、最新技術を掲載するために発行時期をずらしたそうだが、読み応えのある1冊に仕上がっている。

 編集委員会は、各部署から選任された編集委員40名ほどで編成されており、約6ヶ月前から活動がスタートする。どの技術を取り上げるのか、まずその内容を絞るのにひと苦労。執筆者となったエンジニアは、やるからには完璧な論文に仕上げたいと熱が入るあまり、予定文字数をオーバーしたり、研究段階の技術まで盛り込んでしまうことがあるという。「編集委員は、論文だけでなく小さな図や表まで1点1点にチェック項目を設けて、これはまだ未完成で外に出せない、これは共同開発の相手方に了承を得たか、など精査するのが大変なところです。最初はもう、書き直しや却下の嵐ですね。最終的に、原稿にはプロジェクトチームのメンバーはもちろん、各専門技術部長のハンコまでもらいますから、長い道のりです。ただ、エンジニアにとってSUBARU技報に掲載されることは、一生モノの勲章のようなもの。自分も、載った号は捨てられないですね。SUBARU技報が今も脈々と続いていることと、創刊時は夢だった姿が現実になっていることが、我々の技術の伝承と想いの深さ・強さだと感じていただけたら嬉しいです」

 技術本部が入る社屋の1階には、百瀬晋六のレリーフがあり、いつも睨まれているようで緊張すると、佐瀬さんは笑う。「技報」という名は付いているが、誌面に溢れているのは「心」にほかならない。いい技術は、自分たちやお客様だけでなく、日本、世界、自動車業界のために生かすべきだ。そしてみんなを笑顔にするために、もっともっといい技術を生み出していく。クルマのスペックからは見えにくいそんな想いを伝えるために、スバルは『SUBARU技報』を世に送り出し続けているのだろう。そして人々は今、クルマにそうした「志」を求めている。物質的な満足よりも、心を動かされるものに価値を見出す。そんな時代に突入したのではないだろうか。

スバル レヴォーグ STI Sport EX

車両本体価格:4,092,000円
全長×全幅×全高(mm):4,755×1,795×1,500
エンジン:水平対向4気筒 1.8L DOHC 直噴ターボ “DIT”
総排気量:1,795cc 乗車定員:5名
車両重量:1,580kg
最高出力:130 kW(177 PS)/5,200-5,600 rpm
最大トルク:300 N・m(30.6 kgf・m)/1,600-3,600 rpm
※2020-2021年の日本カー・オブ・ザ・イヤーに選出された。

年一回発行され2020年でVol.47号となったSUBARU技報。通常6月頃に発行されているこの技報だが、2020年はレヴォーグが新型になるタイミングで発売時期に合わせ10月に発行された。ページ数は全P242に及び非常に濃い内容。また2020年度版には約20ページに渡り「EJ20型ターボエンジン30年の歴史」というコンテンツが掲載された。スバル社員はWEB上にアーカイブされたSUBARU技報を読めるという。

特集「心の時代 自分で決める価値」の続きは本誌で

音と光を制する時代 石井昌道

トライデント660の存在意義 伊丹孝裕

「SUBARU技報」の志 まるも亜希子

受容する勇気 山田弘樹


定期購読はFujisanで