若林今回は「大衆車」がテーマなのですが、なぜ大衆車かというと今年発表されたトヨタの新型「カローラ」、「ヤリス(ヴィッツ)」、ホンダの「フィット」のいずれもが、試乗してみたらとても良かったからなんです。
岡崎そうだね。どれもすごく良くなったよね。
若林ただ「大衆」って何? というのは難しい問題で、便利だから便宜的にそう言っているだけで、突き詰めると、実は大衆というのは実体がないんじゃないかという話もあり…。
岡崎大衆ってネガティブな響きもあるしね。むしろベーシックカーとして考えた方がいいかもね。足すものもなければ引くものものもない、それがベーシックカーだとすれば、「みんなにとってちょうどいいって何だろう?」というのがポイント。今までは足りなかったんだよね。
若林そうですね。VWの「ゴルフ」には遠く及ばないという感じがしていました。
岡崎次のゴルフがどうなるか分からないけど、今のゴルフに関していうと、ちゃんと「先進国のベーシックってこうあるべき。なぜなら先進国に住む人はこういう生活レベルをしていて、こういう価値観を持ってて、そういう人たちの生活をさらにちょっと向上させるにはこうしよう」ということをちゃんと分かって作ってるよね。
若林なるほど。ベーシックカーは自動車メーカーが自国の大多数の国民をどう捉えているかを映す鏡なんですね。
岡崎そういう意味で、日本の自動車メーカーは大衆を甘く見すぎていた。
若林こんなもんだろう、と。
岡崎そう。こんなもんでいいだろう、安くて壊れなくてカタログ燃費さえ良ければいいだろうとタカを括っていたら、ノーを突きつけられた。ヴィッツだってカローラだって、最近はレンタカーでしか見ない。何が悲しいって、自国のマーケットの人たちをこんなにバカにしてたのかってね。
若林例えばヨーロッパでレンタカーで借りた日本車がすごく良くて、日本でも乗ってみたら「えっ、同じクルマなの?」というようなことありますもんね。
岡崎その国のデマンドによってクルマを作り変えるっていうのは当然なんだけど、それにしてもやり過ぎというか、日本は明らかに先進国の側に振り分けされてなかった。
若林軽自動車が良くなって、クルマのトレンドがSUVに移行して、私はひょっとしたらヴィッツやフィットなどのコンパクトカーは消えちゃうんじゃないかとさえ思っていたんです。でも新型はいずれも素晴らしい仕上がり。何が変わったんでしょう。
岡崎トヨタで言うと、豊田章男社長の「いいクルマを作りましょう」という号令が浸透し、ようやくカタチとなって現れてきたということだと思う。TNGAというのは、簡単に言うと少ないコストでいいクルマを作るための仕組みなんだけど、じゃぶじゃぶにコストを掛けるんじゃなくて、ちゃんと安くていいものを作るという戦略を持ってそれができてきて、なおかつ大きな利益が出てきている。一方のホンダで言うと、トヨタのそうした動きを受けて、自分たちもいいクルマを作らなきゃ負けるだろう、ということかな。
若林両社ともスペックを追うことをやめましたよね。
岡崎スペックでは人は笑顔にならないとやっと気づいた。もっとも作り手は分かっていたのだろうけど、カタログに「クラストップ」と書きたいという売り手の思惑が強かったんだね。
若林それは買い手の問題でもありますが、スペック競争は行き着くところまで行った感がありますよね。それに昔は先進技術なんかも、高級車から順に、でしたけど、最近はその流れも変わって、大衆車からどんどん投入されるようになってきた。今回のヤリスは、トヨタ車初という機能もいくつか入っています。
岡崎自らクルマのコモディティ化を引き起こすようなひどい時代を経て、ベーシックカーもちゃんとやりましょうという動きになった。
若林それを最初にやったのはマツダじゃないでしょうか。
岡崎そうかもしれないね。まだマツダとトヨタが提携する以前、マツダが最初にアクセラ(現マツダ3)にハイブリッドを入れた時に、トヨタのエンジニアがそれに乗って、「なんでこんなに良いんだ?」と思ったとか、章男社長がマツダに行ってマツダ車に乗り、現場のエンジニアと話をして、「マツダのクルマって良いね」って思ったことが提携のきっかけになったんだよね。
若林マツダのクルマづくりはトヨタにも影響を与えたんですね。トヨタ、ホンダと来ましたけど、日産は良くなりますか?
岡崎うーーん。生まれ変わろうとしている人たちがいるのは確かだけど、西川さんの後の社長・副社長はまだそんなにリーダーシップの強い人たちじゃなく、調整型。ぐだぐだになっている商品戦略を整えることはすると思うけど、本当に良くなるかは正直なところまだ見えてきてない。
若林スバルはどうでしょう。実は私はスバルが一番、大変なのではと思っているんですが。
岡崎スバルは一番きついんじゃないかな。インプレッサは本当にすごく良いクルマだと思うんだけど、でもこれからの厳しい燃費規制をクリアしていくには、やっぱりいつ直4に変えるのだろう、というね。
若林水平対向はスバルのアイデンティティですから、それをやめたときのスバルらしさとは?ということですね。
岡崎ただそこはあまり心配してないんだ。最近メルセデス・ベンツやジャガー、アウディなどのEVに乗る機会が多いんだけど、エンジンじゃなくても、ちゃんとそのメーカーの色があるんだよね。だから直4になったとしてもスバル味は残せると思う。
若林でも50年以上に渡ってつくり続けてきたものを手放さないとダメなのかな。
岡崎他メーカーの同クラスのクルマより30万円、40万円余計にお金を払ってくれるような状況を作りだすことができれば、という前提付きだけど成立する可能性はあるだろうね。
若林大衆車という視点では難しいのかもしれませんけど、独自のプレミアム路線が作れたら良いんでしょうね。
若林いずれにしても、日本のベーシックカーもユニクロみたいになってきたってことでしょうか。
岡崎そうね。こないだロンドンのユニクロ行ったら、ものすごい繁盛してたよ。驚いたのはさ、わりとお金持ちそうな人たちが、インナーだけじゃなくてみんなアウターとかも買ってるわけだよ。
若林ニューヨークやパリでも流行ってるらしいですね。ユニクロの服って、自分でこう着こなそうという確固たるものがないと、ただのファストファッションになっちゃって、意外に難しい。
岡崎ユニクロの人に聞いたら、カラーも含めてディスプレイどおりに組み合わせれば、ちゃんとトレンドの着こなしになるんだって。でも人と同じになっちゃったらやだよね(笑)。
若林同じ服の人とばったり会っちゃうのが一番怖い(笑)。
岡崎こないだ有明にあるユニクロの本社に行ったんだけど、かっこいいんだよ。食堂にはピザ窯もある。でっかい食堂のホールの真ん中にはいくらするんだろうっていう無垢の一枚板のテーブルがどん、どんと2つあって、いかにも良さげな椅子を並べてて、若い人も含めておしゃれな人たちが食事をしてて、シリコンバレーみたいな感じ。
若林へぇー。それは働いている人の気持ちを育ててるんですね。
岡崎そうそう、その通り。あそこなら、ユニクロで働いていることを誇りに思えるんだろうなって。大したもんだと思ったよ。
若林近年マツダ車がとても評価されてますけど、特にデザインなんてすごくカッコ良くなりましたよね。でね、マツダの試乗会って、お弁当ひとつ取っても、ちゃんと吟味されていて、とても美味しいものを出してくださいますよね。高級ということではなくて、ご自分たちでも試してみて「美味しい」と思えるもの。あくまで試乗会で、食事をしに行くわけじゃないけど、でも何か「モノ」が良くなるって、そういうトータルなことなんじゃないかって思うんですよ。いかに人の気持ちを盛り上げるかという。
岡崎そうなんだよ。それで言うとね、日本の自動車メーカーは、その会社のベーシックっていうのを工場に合わせていると思うんだ。例えば社長とか本社の人間が工場に行くと、工場の人と同じ作業着を着たりするでしょ?
若林確かにそうですね。でも日本のものづくりの現場って、そこに誇りを持っていると思います。見た目じゃない真面目さや勤勉さによって、日本のものづくりを支えてくれている。
岡崎ものづくりの現場としては正しいと思うんだけど、でも工場のユニフォームをもうちょっとカッコ良くしようとか、そういうのはありだよね。だってアルファロメオの工場のユニフォームとかめちゃくちゃかっこいい。今、工場の働き手に若い人が来てくれないとかいう中で、それだけでも少し変わるかもしれないよね。マツダあたりがやってくれないかな。
若林いいかも! バイクメーカーのKTMもそうでした。社名のタトゥーを入れてる人がいっぱいいた。みんな誇りがあるんですよね。クルマ(バイク)づくりにも〝ノリ〟が必要なんだなぁって、ザルツブルクにあるKTMの工場を見て、初めて思いました。
岡崎日本人は制服なんかでかっこつけても一銭にもならないだろって思ってる節があるけど、そういう価値観が回り回って、今ひとつ垢抜けないクルマを世に出してしまう面はあると思うんだ。
若林においとか空気ですよね、そういうのって。かっこいいって大事ですもん。ユニクロに工場の制服を作ってもらうとか。
岡崎いいね。センス良くて耐久性もあってコストも安くてね。そしたら、そこからゴルフに匹敵するベーシックカーが出てくるかも。
若林もう一歩ですね。ヤリス、素晴らしいと思ったけど、インテリアとかシートとかはね。
岡崎あれはさ不思議に思うんだけど、シートの柄なんて妙にダサいじゃない? でもそのダサさがトヨタの強さじゃないかって思ったりしてるんだ。
若林安心感?
岡崎そう。あれこそマーケティングでやってるんじゃないかと思っていて、それができるのがまさにトヨタの強さ。
若林読みが深い。
岡崎で、そこがトヨタの良いところでもあり、悪いところでもある。ユーザーのデザインリテラシーをちょっとずつでも引き上げようというより、現状に合わせるっていうね。ただしクルマのハードウェアとしては、カローラはめちゃくちゃ上がった。マツダ3もいいクルマだけど、乗り味のしなやかさとかはカローラの方がいい。
若林五朗さんはカローラをものすごーく推してますよね。
岡崎うん。これでようやく僕ら自動車ジャーナリストと一般の人たちとの架け橋ができた気がするわけ。これまで僕たちは「乗り味」ってことをずっと言ってきたわけだけど、機械なんてみんな同じでしょ? というのが大方の人の反応。
若林なるほど。乗り味なんてない、と思っている人たちに向けて、「ほら、ちゃんと乗り味ってあるでしょ?」と言えるようになったことが重要なんですね。
岡崎そうなの。
若林今年(2019-2020)の日本カー・オブ・ザ・イヤー10ベストの中に、カローラを選ばなかった人もいるわけですが、それに対して五朗さんは批判的でした。で、もし私だったらどうかなと考えてみたら、私も選ばないかもと思ったんです。というのも、カローラの長い歴史はさておいて、今の時代をフラットに見ると、デザイン含めて少し古い感じがするんですね。確かに乗り味はとても良かった。でも…となってしまう。私がもし30代、40代の家族持ちだとして、価格、内容、新しさ、時代感で選ぶなら、カローラじゃなくて RAV4。
岡崎なるほど、それはあるね。社会の中の影響力という意味で言うと、クルマの場合は台数というのがすごく大きくて、カローラはまた1位になったんだよね。大勢の人が選ぶクルマだからこそ、すごく意味が大きい。そしてカローラは日本を代表するベーシックカーで、ゴルフのような存在。そういうビッグネームでなおかつ台数がこれだけ出ているクルマが、こんなにも良くなった。そこが僕がカローラを押す理由。確かにそれを外して、普通の人にとってどうかというと、若林さんの言うのも良く分かる。でも逆に言うと、若林さんのように考える人も少なくないからこそ、僕は敢えて強くカローラを推したいんだ。
若林五朗さんがカローラを強く推す理由が良く分かりました。
岡崎未だかつてこのくらいモデルチェンジで激変したクルマはないんじゃないかってくらい激変した。僕は悪いことには批判もするけど、今回はこの流れを本気でバックアップしてあげたいって思ってるわけ。とにかく良くなったから乗ってみてというスタンス。これが最後のチャンスかもって思ってる。
若林日本のベーシックカーが良くなる第一歩になるかもしれないんですね。この流れは将来にちゃんと繋がっていくのかしら。
岡崎それに関しては僕は悲観的。大衆車は特にその国の世相を映す鏡だから。バブル期は当然クルマも良くなって、バブルが崩壊してダメになっていった。で、またちょっとずつ良くなってきたんだけど、リーマンショックで奈落の底に突き落とされた。そういう意味では、今、景気の先行きは不透明どころか下がってゆくだろうと。クルマほど世相を映すものはなくて、洋服がカジュアルになるとセダンが売れなくなって、レジャーやアウトドアがブームになるとRVが売れて、お金がないぞとなると軽自動車に走る。今後、景気が悪くなって、経済格差が広がっていき、いわゆる大衆という人たち=庶民の所得が減っていくとなると…。
若林カローラやマツダ3だって買えなくなる…。
岡崎この流れを止めたくはないけどね。
若林五朗さんは本当に、日本のクルマをなんとかしたいと思っているんですね。
岡崎つまらないクルマは無くなってほしい。
若林戦ってるんですね。
岡崎だってスマートな生活したいって誰でも思うじゃない。クルマが高いとかみんな言うけど、スタバ行って400円とかのカプチーノを飲むわけでしょ。みんなそういうものを欲しているのに、そこがクルマと結びつかない。
若林内容から言えば決してクルマは高いわけじゃないけど、でも所得との兼ね合いですから、買えないですよ。価格だけ見るとやっぱり高いもの。
岡崎確かにそう言われてしまうと、自分も中古車ばっかり買ってるなと思う。でもクルマって、ちょっと待ってるだけで、向こうから降りてきてくれるんだよ。だから別に今の新車を買わなくても、2、3年後に買うクルマとして今の新車を見ててもいいわけだよね。
若林そうですそうです。でも新車買ってくれる人もいないと困るけど。
岡崎だから僕は新車買ってくれる人にはいつもすごく感謝してる(笑)。
若林まぁとにかく、今回の結論は、とにかく1回、カローラに乗ってみてってことですね。
岡崎そうそう。こんなに褒めてるのが嘘だろって思うなら、レンタカーでいいから、ひとつ前のカローラに乗ってみてって。どのくらい劇的に良くなったか分かるから(笑)。
※国税庁民間給与実態調査(2019)による日本人の平均収入は441万円。平均年収中央値は360万円。