クルマやバイクを語る際に用いられるフィーリングという言葉は、個人の経験や感覚をもとに表現されることが多く、定義がはっきりせず、数値化することも難しい。
しかし主観的であいまいなこの言葉は、クルマやバイクを愛する者にとって、その対象の価値を左右する重要なファクターになっている。
AIによる電子制御や自動運転が叫ばれる昨今、これからの未来もクルマやバイクのフィーリングについて語られていくのだろうか。
FRはなぜ人を魅了するのか
フロントエンジン・リアドライブを意味するFRレイアウトのクルマたちは、昔から走りを愛する人々に好まれる傾向にある。僕もそのひとりで、常にFR車をガレージに収めているから、その気持ちは良く理解できる。だが、なぜ好きなのかを問われると答えは難しい。
ただ、ひとつは明確な答えがある。それはドリフト走行が容易だからだ。幼稚な答えであることは承知の上だが、リアタイヤを自らの意思で簡単にスライドさせられる興奮は、一度味わった人なら頷けることだろう。その昔、ボルボがFRを売っていた時代には、それを第2のステアと呼んでいたらしいが、ステアリングとアクセルを自在に操り、手足のようにクルマの動きをコントロールできた時の気持ち良さは何物にも代えがたい。4駆のように高次元でそれが起きるのではなく、あくまで低いスピードでそれが味わえるところがフレンドリー。雪道なら時速30キロ以下でもそんな世界が味わえる。手に汗握ることなくコントロールを楽しめるのだ。
ならば同じ後輪駆動のMRやRRでも同様ではないかと思うだろう。だが、フロントにエンジンを搭載することで、前荷重がそもそもかかりやすいレイアウトだから、ステアリングの切りはじめからノーズがインを向きやすいという特性もある。MRやRRはドライバーがブレーキングでその仕事をせねばならず、そこが難しい。また、リアにエンジンがあることから、横方向に滑りが始まればエンジンの慣性があるために滑りを止めることも難題だ。FRならリアの慣性はせいぜいトランクくらいなものだから、スライドを止めるのも簡単だ。
それらの特性をフルに活かしてサーキットを走れば、クルマはどんな姿勢にだって持ち込める。タイムを出しに行くときには、横方向のスライドはタイムダウンに繋がるから、丁寧に乗り、一方タイム度外視で楽しみたいときにはアクセルを無駄に開けて派手にスライドさせる。タイムを出す時の繊細さと楽しみたいときの豪快さが共存しているところが面白い。
もうひとつFRが長けている点は、操舵輪と駆動輪を分けることで、フロントタイヤに無理がかからないことだろう。前輪駆動、もしくは4輪駆動の場合、ステアリングを切った瞬間に駆動がかかるとステアリングフィールには明らかに雑味が生まれてくる。ハンドルを戻そうとするセルフアライニングトルクに変化が生まれ、それに対応するかのように手の力加減を変化させなければ、ステアリングがスムースに戻しにくい。それは一般道を走っている状況であっても感じられるものだから厄介だ。
FRにはそんなステアフィールの変化はない。フロントタイヤの様子がそのまま常にダイレクトにハンドルに展開されるのだ。路面状況を知り、タイヤのたわみをシッカリと感じられるところ、それがFRレイアウトの良さといっていい。さらに、フロントにドライブシャフトを持たないから、切れ角を大きく取りやすいこともメリットのひとつ。路地裏でもきちんと曲がれる操りやすさもあるのだ。
仕事柄、新製品タイヤの試乗をすることがあるのだが、その際に提供される試乗車は、必ずといっていいほどFR車が用意されている。タイヤメーカーが新製品を感じ取ってもらうには、雑味を無くしたFRが必要だと考えたのだろう。おかげでタイヤの評価はしやすい。
クルマとドライバーがシンクロし、対話性に優れているFRの世界。それすなわち、フィーリングが良いクルマということにならないだろうか? FFに比べればコストは増す。だが、走りを愛する人たちからタイヤメーカーにまで重宝される存在は、決して無くしてはならないものだと僕は思う。
日産 フェアレディZ 50th Anniversary
エンジン:DOHC・V型6気筒
総排気量:3,696cc
乗車定員:2名
最高出力:247kW(336ps)/7,000rpm
最大トルク:365Nm(37.2kgm)/5,200rpm
燃費:9.1km/ℓ(JC08モード)
駆動方式:後輪駆動
特集 「ドライブフィーリング再考」の続きは本誌で
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