山田真人のヒューマンアウトドアライフ Vol.01 はじめてのクルマ旅で思ったこと

文・山田真人

金は無いけどヒマはある。そんなありふれた学生時代を過ごしていた僕は、夏休みに友人と日本一周をすることを思い立った。

 なぜ日本一周かと問われると答えに窮するが、その「日本一周」という響きが自分にとってすごく甘美なものだったのと、「自分ならできる」といった根拠のない自信からくる突発的なものだった。

 さっそく日程を考える。過去の経験からクルマで1日に400キロくらいは下道で走れることがわかっていたので、学食で日本地図を広げ、指で400キロの幅を測り、あとは沿岸にそって尺取り虫。するとおおよそ28日位で一周できることがわかった。ちなみに一緒に計画を立てた友人は同行しない。彼はバイク乗りだったので、彼は彼で旅に出るのである。なのでお互いに逆周り(自分は北から回る反時計回りルート)でスタートし、日程的な折り返し地点である天橋立(の駅)で待ち合わせることにした。それがバイク旅はクルマ旅よりも日数がかかることも考慮しての中間地点。ヒマならいくらでもあるので何日かかっても良かったのだが、そんな理由でざっくりと日程を決めたのだ。今から20年以上、携帯電話やインターネットはおろか、カーナビすらも普及する前の話である。

 そんなこんなで夏休みに入ってから旅へ出るのだが、基本的に観光への興味はゼロ。というか道路地図以外、ガイドマップすら持っていなかったのと、ちょっとでも前に進みたいという気持ちからか、朝から夕方までとにかくハンドルを離さなかった。「観光なら社会人になってからピンポイントで行けば良い」と思っていたこともあった。だって僕はクルマという自由の翼を手に入れたのだから、「ごく普通の観光旅行と自分のかけがえのない旅を一緒にしてほしくない」という意地みないたものもあった気がする。とにかくその瞬間を大切にしたかった。

 その時僕が乗っていたのはスポーツカーでもなんでもない、実家にあったごく普通のセダン。これにディスカウントストアで買ったキャンプ道具を詰め込んでの旅だった。情けない話、それだけの長い期間をひとりで過ごしたことなどなかったので最初はちょっぴり寂しくもなったが、バイクの友人も同じだろうと思うと不思議と気が楽になった。

 天橋立駅ではピッタリのタイミングで待ち合わせに成功。互いの半周の話をしながら情報交換したところでふと思ったのだ。「あれ? 日本の逆を走ってきたのに、なんだか旅を共有している」と。旅で大切なのはどこへ行くかではなく「何を感じるか」で、その濃度は偶然性だったり、とんでもない目にあったり、自分の目で見て肌で感じたものによって高まっていくのだと。

 今どきは旅に出る前にグーグルで少しでも有名なものが見られるよう、美味しいものが食べられるよう、ひどい目に合わないよう調べてしまうが、それってホントに自分が感じる自分だけの旅なのだろうか? 僕には、すでに決められた不自由さを確認しにいくだけで、どこにも自由があるようには見えないのだが。

 思い出してほしい。子どもの頃、隣町の学校のテリトリーに入るときのドキドキ感を。行ったことのない川の向こうへ渡るときのワクワク感を。知らない場所へいく好奇心が旅の原点だということを。なんだか偉そうになってしまい恐縮だが、普段から縛られているものをオフにして、目的地なんてどこでも構わないから、1日でも本当の自由な旅へ出てみることをオススメする。

 携帯電話やカーナビなんてなくたって、道はどこまでもつながっている。その分、自分の好奇心だってどこまでもつながるし、きっと自分にしか見えない景色があるはずだから。

Makoto Yamada

1973年東京生まれ。今は無き某アウトドア雑誌の編集者からフォトグラファーへ転身。地域の子ども向けキャンプを運営しながら、シーカヤックやトレッキングなどのアウトドアアクティビティ全般からクルマ、クルーザーなど国内外にて幅広いジャンルを撮影する。極度の人見知りなので、ひと気のない場所を転々と旅しながらひっそりと小さなたき火を起こしてキャンプを楽しんでいる。

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