F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 PLUS vol.08 本気と意地の富士

 「富士だけ勝っていないので、なんとしてでも勝ちたい」と言ったのは、アウディ・スポーツの代表、W・ウルリッヒだ。

 今年のル・マン24時間こそポルシェに勝利を譲ったものの、それ以前はアウディが5連勝している。だが、世界耐久選手権(WEC)が復活し、その一戦に富士スピードウェイが組み込まれた2012年以降、アウディは富士に限って勝利とは縁がなかった。ウルリッヒは雪を被っていない富士山を見て「何か物足りない」とつぶやいたが、富士で未勝利に終わっている自分たちの実績に対しても物足りなさを感じていた。

 アウディの本気度を物語るのが、空力の大幅アップデートだ。アウディは7月のニュルブルクリンク戦、8月のオースティン戦を6月のル・マンに投入した空力パッケージで乗り切ったが、富士で一新した。ニュルブルクリンク戦以降はル・マン戦に比べダウンフォース(空気の圧力差を利用し、車体を路面に押さえ付ける力)がより重要になる。ただし、富士は約1.5kmの長いストレートを持つため、ダウンフォースを利用してコーナーを速く走るだけでは不十分で、ストレートで最高速を稼がなくてはならない。ダウンフォースにこだわると引き換えに空気抵抗が増え、最高速の伸びを欠いてしまう。そうならないよう、最適にバランスさせたのが、アウディが持ち込んだ新しい空力パッケージだった。

 富士でずっと、アウディに悔しい思いをさせていたのはトヨタだった。薄氷を踏むような展開もあったが、過去3回のレースはすべて制しており、表彰台の中央に日の丸を掲げていた。今シーズンのトヨタは劣勢を強いられているが、「母国レースだけは落とせない」という意地があり、エンジンの性能向上で、先行するポルシェやアウディに食らいつこうとした。ル・マン比でおよそ20馬力のパワーアップを果たしたというが、使える燃料の量が厳しく規制された条件での20馬力アップは、並大抵の努力では成し得ない。

 一方、ル・マンを制したポルシェはすでにニュルブルクリンク戦で大幅アップデートを施しており、富士に向けては目立った変更を施すことなく臨んだ。それでもポルシェは、昨年の予選タイムを4.2秒短縮する驚異的なラップタイムで予選を制した。レース序盤はトラブルやミスによりアウディ勢に先行を許すが、6時間を走り切ってみれば競合する4台を周回遅れにする速さを披露。トヨタの4連覇を阻止したのはポルシェで、アウディが物足りなさを解消するのは来年以降に持ち越しとなった。

 トヨタはエンジンのパワーアップよりもドライバーの腕によって見せ場を作った。1号車のスタートドライバーを務めた中嶋一貴はウェットだったレース序盤、隙のない走りでマーク・ウェバーが駆るポルシェを完全に抑え込んで自分の役目を終え、次のドライバーにステアリングを託した。

2014年のポールポジションを獲得したトヨタは2015年、予選でラップタイムを1.8秒短縮したが、ポルシェとアウディは4秒以上も短縮。ポルシェはスーパーフォーミュラのコースレコードに匹敵する1分22秒639の最速タイムを記録した。トヨタは明らかに劣勢だったが、レースではウェットの路面を味方につけ、意地を見せることができた。「直線スピードに勝るポルシェの前を走りつづけるのは難しかったが、ウェット路面での僕らは競争力があった」と中嶋一貴は振り返った。

Kota Sera

ライター&エディター。レースだけでなく、テクノロジー、マーケティング、旅の視点でF1を観察。技術と開発に携わるエンジニアに着目し、モータースポーツとクルマも俯瞰する。

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