「カーボン」は軽くて強い素材として注目を集めている。F1をはじめ、世界のトップカテゴリーで走る車両はカーボンで製作するのが一般的だし、やはり、軽くて強い特性が好まれて、航空機にも適用例が増えている。
カーボン、すなわち炭素繊維強化プラスチック(CFRPやカーボンコンポジットとも呼ぶ)はまるで究極の材料のような扱いだ。
’04年7月のフランスGP以降、F1ドライバーが被るヘルメットもカーボン製に切り替わった。安全性向上策の一環だが、新しく導入された規格(に含まれる試験)にパスしようとすると、カーボン以外に選択肢がなかったのが実状。カーボンという素材がヘルメットに適しているかどうかは未知数ながら、素材が持つ特性が好まれて採用された感がある。
「ヘルメットの場合に非常に難しいのは、規則や規格で定められている衝撃吸収試験は、あくまでも限られた条件で計測する試験であって、実際の事故を想定したものではないことです」
こう語るのは、アライヘルメットの原田重行さんである。
「ヘルメットは非常に丈夫でなければいけないのですが、ある程度の柔軟性も必要で、強い衝撃を受けた際にも割れにくい素材でなければならない。レース活動を通じた実績から言っても、FRPに勝る素材はないと思っています」
カーボンを否定しているわけではなく、「FRPに勝る素材はない」と言っているのだ。実際、アライはカーボン製のヘルメットを製品化しているし、F1ドライバーにも半数の愛用者がいる。作るからには「やってやろう」と、素材の特性を短時間に集中的に研究し、規格にパスしてみせた。その後、ボートレース用のヘルメットで実績を積み重ね、「これなら使っても大丈夫だろう」と、2輪用の製品化に踏み切った経緯がある。それだけ、未知の素材に対して慎重だったのだ。
最新の素材と技術を取り入れたカーボン製ヘルメットをラインアップに加えながらも、「2輪用のメリットは軽さくらいでしょうか。安全性はFRPで十分です」と、原田さんは胸を張る、と言いたいところだが、こともなげに言う。
実績が違うのだ。アライが作るFRP製のヘルメットには半世紀以上の実績がある。帽子屋を起源に持つアライは戦後、消防士や警官隊のヘルメットを手がけるようになった。消防士向けは火事場の材木、警官隊用はデモ隊の投石などから頭部を守るのが目的。直接頭にあたれば怪我につながるので、硬い物で覆い、点で受ける衝撃を面で受けて分散させ、やわらげるようにした。それが出発点。
鉄かぶとでは重くて大変だろうと、軽くて丈夫な素材を探し求めていたところ、当時、世間ではあまり知られていなかったFRP、すなわちガラス繊維強化プラスチックに行き着いた。FRPは複合材料の一種で、母材である樹脂に、樹脂の短所を補う強化剤としてガラス繊維を組み合わせているのが特徴。アライの先代社長は自らバイクにまたがって全国を駆け巡る人だったが、駆け巡る際、自ら開発した2輪用ヘルメットを被って頭部保護の重要性を訴えた。
バイクに乗った人の頭部を保護する意味で、FRPほど打ってつけの素材はなかった。消防士や警官が被るヘルメットは、外から飛んでくる物が相手だったが、バイクの場合はヘルメットの方から道路目がけて飛んでいく。そのときの衝撃を1点で受け止めずに「逃がす」のもアライヘルメットのノウハウだが、材料面で言えば、最初の一撃で壊れてしまわず、逃げた先の再衝突にも耐えて徐々に壊れていく性質が理に適っていた。
FRPが2輪用のヘルメットに適していることがわかるようになると、今度は素材の特性に関して理解を深め、特徴を最大限に引き出そうとした。成形する際に内側から圧力を掛けることで単位樹脂あたりのガラス繊維含有量を増やしたのもそのひとつ。これにより、同じ強度なら軽くできるようになった。また、ガラス繊維の中間層に衝撃吸収能力の高い繊維を挟むことで、さらに「軽く・強く」を実現した。単価は通常の6倍に跳ね上がるけれども、高い強度が手に入るスーパーファイバーを使い始めて30年以上が経つ。その間、さまざまな転倒事例を経験して、FRPの良さを認識しつつ、素材の配置や形状の改良をつづけてきた。
だから、「FRPに勝る素材はない」と言い切れるのだ。