おしゃべりなクルマたち Vol.79 人のふり見て我がふり同じ

 オレオレ詐欺こそ、まだないが、当地でも新手の詐欺が横行している。最近も娘が引っかかったばかりだ。

 あなたにお届けものがあるから住所を確認したい。ついては以下の番号に電話せよと、運送業者を名乗る男性の声で彼女の携帯に留守電が残っていた。早速、掛け直すと最初にこの電話は有料とメッセージが流れ、しかし待てど暮らせど相手は出ず、娘が「アロー、アロー」と続ける間に電話はプツンと切れたとか。それも3回。ご丁寧にも彼女は掛け直したが、同じことの繰り返し。詐欺と気づいた時にはすでに遅し、ひと月分の契約金額すべてを使い果していた。嘆く娘に言ったものだった。「ちょっと考えれば、あなたにお届けものなど、あるはずないことくらい、わかるでしょうが」 私は怒り出すと止まらなくなるタイプ。ノンストップでゴーゴーゴー。「詐欺は引っかかる方が悪い。お母さんはいつも万全な注意を払っているから悪者が寄って来ない」、最後はこうエバった。よく言ったよな。

 先週のこと。私は月に一度ほど、食材の買い出しにイタリアの国境の街までクルマで出掛けるのだが、その日もたんまり買い込み、トランクをいっぱいにして高速に上がった。上がったとたんに携帯からメッセージ着信を告げる音がした。私は横目でメッセージを読むようなことはしない。サービスエリアに入って隅にパンダを停め、エンジンを切って、さて電話を手にすると、窓を叩く音がする。「ヨーロッパでクルマの窓をトントン、たたく見知らぬ人間はみんな、悪者だと思った方がいい」、耳にタコができるほど聞かされているダンナの教訓をコロリと忘れて私はいきなりドアを開け車外に出た。「オタクのクルマ、オイルが漏れてますよ」 ごくフツウの身なりをしたイタリア人のオッサンがこんなふうに言い、ボンネットの下を指す。しゃがみ込んで指された場所を確認すると確かに黒いシミが、しかも今、落ちたみたいにテカテカ光っているではないか。「これ、オイルかしら」、言いながら振り返ったが、しかし親切なオッサンの姿は影も形もなく、かわりに開いたハッチが目に入った。私の計算では降りてから10秒ほどの出来事。 不思議な思いで後ろに回り、中をのぞくと見事に空っぽ。パスタもトマト缶も生鮮食料品もすべて消え去っていた。この時点ではしかし、私はまだ騙されたことに気付かず、オイルが漏れ、それを親切なオッサンが教えてくれて、その隙をついて泥棒が食材を盗んだ、こう解釈していたのだ。「そりゃオッサンが塗料をまいてドライバーを車外におびき出して、覗き込ませている間に盗んだんですよ。よくある詐欺だ」 ガソリンスタンドのお兄ちゃんが教えてくれた。一体いつの間に……。

 カゴの中には市場で買った新鮮な魚があったはずだ。お刺身にして食べると美味しいですよ。こうメモをくっつけておくべきだった。

文・松本 葉

Yo Matsumoto

コラムニスト。鎌倉生まれ鎌倉育ち。『NAVI』(二玄社)の編集者を経て、80年代の終わりに、単身イタリアへ渡る。イタリア在住中に、クルマのデザイナーであるご主人と出会い、現在は南仏で、一男一女の子育てと執筆活動に勤しんでいる。著書:『愛しのティーナ』『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)など。

定期購読はFujisanで