岡崎五朗のクルマでいきたい vol.67 ズレてゆく“軽”への危惧

 最近の軽自動車事情について常々考えていたことがある。考えていたというよりは、違和感をもっていた、と言った方がより正しいだろう。

 去年の販売成績を見ると、タントやN-BOXといった、背が高くて室内が広い分、重くて燃費が悪くて値段の高い軽自動車がベストセラー上位に陣取っていることがわかる。軽自動車の本質とかけ離れたモデルばかりが売れているというのは決して健全な姿ではないと思うのだ。もちろん、そういう軽自動車があってもいい。けれど、アルトやミラ・イースといった軽の本質である経済性を押さえたモデルがちゃんと存在し、しっかりと売れて、そのうえで広さを追求したモデルや走りの楽しさを追求したモデルもありますよ、というほうが自然だなと。

 これは、値段が高くて燃費も悪いのに恩典を受けるのは不公平だという感情的な議論ではない。怖いのは、軽自動車の本質とかけ離れたモデルが売れれば売れるほどに、優れた経済性をもつ庶民の足なのだから恩典を与えましょう、という軽自動車の趣旨が揺らぐことだ。最悪のシナリオは優遇措置の廃止。実際、今年4月以降の購入時にかかる軽自動車税は約1.5倍になる。

 かつてVW社の首脳にインタビューしたとき、「軽自動車の技術はわれわれには絶対に真似ができない」と言っていた。庶民の足であると同時に、日本が誇るべき技術の塊が軽自動車であり、工夫次第では海外でも十分通用する可能性を秘めていると僕は思っている。しかし、広さや豪華さをひたすら求めるユーザーや、それを煽るメーカーの対応は、長期的に見て軽自動車の立場を危うくするだろう。トールタイプやスーパートールタイプが主流のいま、軽自動車の本質を追究したセダンタイプの復権を強く望みたい。

 なお、前号で三菱アイミーブが生産中止になったと書いたが、生産中止になったのはガソリンエンジンを積むアイのみで、EV版であるアイミーブはまだまだ現役バリバリ。お詫びして訂正します。価格と燃費はいまひとつだったけれど、いま思えばアイはセダンタイプの復権を狙う試みとして非常に魅力的だった。三菱製軽自動車開発の流れを汲むNMKV社にはもう一度新鮮なチャレンジをしてもらいたい。


SUZUKI ALTO
スズキ アルト

軽自動車の本質を突き詰めた魅力

 前述のコラムの内容を踏まえたうえで語ると、新型アルトはとても魅力的だし、爆発的に売れて欲しいと思っている。軽自動車の本質をこれほどまでに突き詰めたクルマは現状他にないからだ

 なにより驚いたのが先代より80kgも軽い610kgという超軽量設計。これはライバルのミラ・イース比で約100kg、ワゴンR比で約150kgと圧倒的に軽い。アルトはもともと軽いクルマだったが、そこからさらにダイエットをするのは本当に難しかったはず。もちろん、高価なアルミなどは使っていないし、衝突安全性能も落としていない。純粋に設計の勝利である。

 当然、軽さは燃費に直結する。カタログ燃費はアクアと同じ37km/ℓ(2WD・CVT車)であり、ハイブリッド車以外ではダントツのトップ。実用燃費も上々で、車載燃費計によればスムーズに流れている一般道なら30km/ℓを狙えそうだ。それでいて価格は84.7万円〜。エネルギー回生機構「エネチャージ」を除けばコスト高につながる技術をなにひとつ使っていないのが低価格の理由だ。

 経済性の追求。これぞまさに軽自動車の本質である。ただ、優れた経済性だけではより広い室内スペースをもつワゴンRやタントの牙城を崩すのは難しい。その点、新型アルトには個性的なデザインが備わっている。かつてのスズキ車を思い起こさせる前と後ろのデザインは好き嫌いが分かれそうだが(僕は好き派)、健康的なプロポーションと、サイドショルダー部の面の表情には軽自動車を超えた質感と存在感がある。なにより可愛すぎず甘すぎないのが男にとっては嬉しい。

 軽さのもうひとつの恩恵が走りの楽しさだ。増すが圧倒的に小さい分、アクセルを踏んでもブレーキを踏んでもステアリングを回しても、常に気持ちのいい軽快感を味わえる。インテリアがもう少し素敵だったらセカンドカーに欲しいなと思えるぐらいのクルマだった。

“最高の実用車”を目指し開発された、8代目となる新型アルト。「ガソリン車No.1の低燃費」という経済性や「大人4人がゆったり座れる室内空間」といった使いやすさに加え、デザイン面ではシンプルな美しさを追求した。グレードは4種類(F、L、S、X)、ボディカラーは7色から選べる。最上級のXグレードには、バックドアをミディアムグレーに塗装した「2トーンバックドア」(写真上)が設定されている。

スズキ アルト

車両本体価格:¥894,240(L/2WD・CVT、税込)
全長×全幅×全高(mm):3,395×1,475×1,475
車両重量:650kg 定員:4人
エンジン:水冷4サイクル直列3気筒 総排気量:658cc
最高出力:38kW(52ps)/6,500rpm
最大トルク:63Nm(6.4kgm)/4,000rpm
JC08モード燃費:37.0km/ℓ 駆動方式:前輪駆動

TOYOTA MIRAI
トヨタ MIRAI

ハイブリッド車を広めたトヨタの次世代車

 これほど試乗をするのが楽しみだったクルマは最近なかった。ミライの試乗は、ある意味、歴史的瞬間に立ち会うことと同義だからだ。1997年に「21世紀に間に合いました」というキャッチフレーズで登場した初代プリウスもそんな気持ちを抱かせてくれた。

 あれから17年たったいま、ハイブリッド車はすっかり市民権を獲得した。クルマにとって、なにを動力源にして走るかはとても大きなテーマだ。エネルギー問題や環境問題がクローズアップされればされるほど、その傾向は強まる。そういう意味で、かつて「夢のクルマ」「究極のエコカー」と呼ばれたFC(燃料電池)車が市販化されたことは、われわれの生活に大きな影響を与えるだろう。

 FC(Fuel Cell)とは水素と酸素を使って発電する装置のことだが、ちょっと誤解を招く日本語訳だったように思う。電池は電力を蓄えるもの。一方、FCは蓄えるのではなく発電をするからだ。それはともかく、酸素は空気中にほぼ無尽蔵にあるから、水素さえ積めば必要な電力を走行中に発電できる。ミライの場合、2つの車載型高圧水素タンクを満タンにした際の航続距離は650㎞。充填時間はわずか3分。航続距離はテスラ・モデルSと大差ないが、クイックチャージ性能がEVに対する大きなアドバンテージだ。

 乗ってみた感覚はEVとほぼ同じ。異なるのは、フル加速時に燃料電池スタックに酸素(空気)を送り込むブーンというコンプレッサーの音が聞こえること程度だ。価格は723万円だが、東京都の場合、補助金を差し引くと420万円で購入できる。これなら買ってもいいなと思う人は多いようで、ミライはかなりの納車待ち状態だという。

 問題はまだまだ少ない水素ステーションの数。鶏と卵ではあるけれど、水素供給インフラさえ整えば、東京オリンピックが開催される2020年にはFCVを街でよく見かけるようになっているかもしれない。

世界初の、一般向け燃料電池車(FCV)として話題のMIRAI。水滴をイメージした流麗な形状は、空気を取り込んで水を生成するFCVの特徴を表現している。発表後、予想を上回るペースで受注したことから、1月に増産を決定。今年の秋からは米国や欧州でも販売される。

トヨタ MIRAI

車両本体価格:¥7,236,000(税込)
*北海道地区除く
全長×全幅×全高(mm):4,890×1,815×1,535
車両重量:1,850kg 定員:4人
燃料:圧縮水素 バッテリー:ニッケル水素電池
モーター最高出力:113kW(154ps)
モーター最大トルク:335Nm(34.2kgm)
一充填走行距離(参考値):約650km 
駆動方式:前輪駆動

HONDA GRACE
ホンダ グレイス

デザインと質感に拘った5ナンバーHVセダン

 グレイスは、フィット・ハイブリッドの基本コンポーネントをベースに作られた5ナンバーサイズのハイブリッドセダンだ。最近のホンダ製5ナンバーサイズセダンといえば、いかにも安物感の強かったフィット・アリアや、プリウスに歯が立たなかったインサイトを思い起こす。さすがに表だっては言っていないが、グレイスが、過去の失敗作から学んで開発されたクルマであるのは間違いない。

 そのことが顕著に表れているのが、流麗なデザインと質感にこだわったインテリアだ。ハッチバックにトランクを付けたような色気のないデザインだったフィット・アリアとは違い、美しい弧を描くルーフラインとCピラーの形状などはなかなか魅力的。値段が値段だけにそれほど贅沢な素材は使えないが、インテリアにも、メタル調の塗装やステッチ風の造形など、許されるコストの範囲内で見た目品質を可能な限り高めようとした努力の形跡を多く見つけられる。驚くほど広い後席膝元スペースや、1クラス上の座り心地をもつリアシートも魅力だ。

 低速域で上下に揺すられる硬めの乗り心地と、ザラついた路面での大きめのタイヤノイズを除けば、走行性能に特に不満はない。フィットよりは静かで快適だ。

 とはいえ、僕はこのグレイスというクルマ、あまりホンダらしいとは思っていない。いや、いまのホンダを象徴していると言った方がいいのかもしれないが。端的に言ってしまえば、モデル末期のプリウスに対し、5ナンバーサイズであることだけが売りのクルマを今だしてどうするのか? ということである。そりゃ、カローラ・ハイブリッドと比べればずっと洗練されているし魅力的だが、ハイブリッドセダンの本丸はあくまでプリウス。そのプリウスの開発陣をあっと驚かせるぐらいのサプライズをホンダには期待したいのだ。トヨタの後追いをするのではなく、トヨタに真似されることこそがホンダの存在意義なのだから。

取り回しやすいコンパクトボディーでありながら、アッパーミドルセダンのような広くて高い質感の室内空間を実現。リアシートは上級セダン同等の作りがなされ、足元はアコード ハイブリッドにも匹敵するスペースをとった。燃費はハイブリッドセダンNo.1となる34.4km/ℓ(JC08モード)を記録している。

ホンダ グレイス

車両本体価格:¥2,040,000(HYBRID LX/FF、税込)
全長×全幅×全高(mm):4,440×1,695×1,475
車両重量:1,180kg 定員:5人
エンジン:水冷直列4気筒横置 総排気量:1,496cc
【エンジン】
最高出力:81kW(110ps)/6,000rpm
最大トルク:134Nm(13.7kgm)/5,000rpm
【モーター】
最高出力:22kW(29.5ps)/1,313-2,000rpm
最大トルク:160Nm(16.3kgm)/0-1,313rpm
JC08モード燃費:34.4㎞/ℓ 駆動方式:FF

PORSCHE MACAN
ポルシェ マカン

600万円台で手に入れるポルシェのパフォーマンス

 これは安い! 600万円以上するクルマを紹介しておいて、いくらなんでもそれはないだろうと怒られるかもしれない。いやもちろん、おっしゃるとおりだ。けれど、600万円で果たしてマカン以上の価値を持つクルマを見つけることができるのかというと、正直そいつはかなり困難な作業だと思う。

 クルマそのものの魅力もさることながら、ポルシェのもつブランド力や、それに伴う他の追随を許さないリセールバリューも、マカンの割安感に大きく貢献している。空冷911の中古車相場がビックリするほど跳ね上がっているのは周知の事実だが、それに引きずられる形で水冷911やケイマン/ボクスター、カイエンなどの中古車相場も高値を維持している。発売前から長いウェイティングリストができているマカンの値落ちも間違いなく小さいだろう。実質的な購入金額−買値と売値の差と考えれば、ポルシェは想像以上に安い買い物なのである。

 ではなぜポルシェはそこまで人気があるのかというと、これはもう、常に顧客の想像を超える魅力を商品に与えてきたからに他ならない。カイエンよりひとまわり小さいマカンはアウディQ5と同じ基本構造をもっている。が、ボディパネルはもちろん、エンジン、トランスミッション、4WDシステム、着座位置、ステアリングの取り付け角度にいたるまで専用。ベーシックグレードの4気筒エンジンだけはアウディ製だが、それにも専用チューニングが施されより活き活きとしたサウンドとパワーフィールを実現している。実際に乗ってみれば、走りだしの数mで「ガッチリしているのにしなやか」な乗り味に感心し、カーブを曲がれば「信じられないほどの正確なライントレース性」に感動し、アクセルを踏めば「痛快なパワーフィール」に心酔するだろう。これら他のポルシェにも共通する魔法のようなドライブフィールこそがマカンを正真正銘のポルシェたらしめているのだ。

5ドア5シートのプレミアムコンパクトSUV。3グレード(マカン、マカンS、マカン ターボ)のラインアップ中、ベースグレードの「マカン」は616万円とポルシェ製品の中で最安モデルとなっている。日本仕様は全車右ハンドルを採用、トランスミッションには7段デュアルクラッチ変速機とフルタイム4WDを搭載している。

ポルシェ マカン

車両本体価格:¥6,160,000(マカン、税込)
全長×全幅×全高(mm):4,680×1,925×1,625
車両重量:1,830kg 定員:5人
エンジン:直列4気筒(4バルブ)ターボ
総排気量:1,984cc
最高出力:174kW(237ps)/5,000-6,800rpm
最大トルク:350Nm/1,500-4,500rpm
駆動方式:フロントエンジン4輪駆動

文・岡崎五朗

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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