岡崎五朗のクルマでいきたい vol.66 トヨタのしめす水素ワールド

 ごく短時間、それもクローズドコース内という限られた条件下だったけれど、ミライに乗った僕は久々にワクワクしていた。こんな感覚を味わったのは…そう、1997年の夏に初代プリウスに乗ったとき以来だ。

 まったく新しい動力源で走るクルマに乗るというのは、新しい時代の幕開けを全身で味わうことに他ならない。

 ミライの航続距離は650㎞。水素の充填時間はわずか3分。航続距離と充電時間というEVの弱点をことごとく潰しつつ、走行段階で二酸化炭素をまったく排出しない。FCV(燃料電池車)が「夢のクルマ」と言われる所以だが、かつては1台1億円とも2億円とも言われていた。それを723・6万円に抑えたのは本当にスゴいことだ。もちろん、トヨタとてミライで儲けようとは思っていないだろうが、それにしてもこの価格は衝撃的だ。FCV普及の障害になるだろうと考えていた白金の使用量についても、ミライで使っている燃料電池スタックでは削減が進み、今後さらに減らしていける目処がついているという。

 しかし、それ以上に画期的なのが「市販」という事実そのものだと僕は思う。実験車ならトラブルが頻発しても許されるが、市販車には高度な信頼性が求められる。トヨタが市販に踏み切ったというのは、信頼性に自信ありということを意味する。

 水素ステーションの普及に代表される課題はある。しかし、FCVが存在しなければ水素ステーションをつくっても意味がないわけで、ミライの登場が水素インフラ整備を加速化させるきっかけとなるのは間違いない。さしあたって2015年内に100カ所、2025年には1000カ所の商用水素ステーション建設が見込まれている。

 水素の製造、運搬、貯蔵、供給段階でも二酸化炭素を排出するじゃないか。そんな声もある。たしかにそうだ。けれどエネルギーの多様化はエネルギー問題のリスクを減らす。内燃機関のブラッシュアップも、EVのさらなる増加も、FCVの普及も、どれも一様に国家エネルギー戦略の重要なピースなのである。そして冒頭で書いたワクワク感。人の心を動かすことも非常に大切なことだと思うのだ。


CITROËN C4 PICASSO
シトロエン C4 ピカソ

“ピカソ”生誕133年目の作品

 色気やワクワク感はあっさり諦め、それがもたらしてくれる家族や仲間との時間こそが大切なんだ、と真顔で語る。高いユーティリティと引き替えに、セクシーさなんて忘却の彼方へと追いやる。ミニバンとはそういうクルマでなければいけないのか? いや違うだろう。やり方によってはセンスのいいセクシーでスタイリッシュなミニバンだって作れるはずだ。

 新型シトロエンC4ピカソは、そんな問いかけから生まれたミニバンだ。少なくとも僕にはそう思える。LEDランプと連続性をもたせたダブルシェブロンが創り出す顔つきはミニバンにあるまじきハンサムさ。抑揚を効かせたフェンダーの造形も素敵だ。室内に入ると、上下二つの液晶パネルをベースに創りあげたモダンでシンプルなダッシュボードに感心させられた。モダンでシンプルといっても冷たい印象は皆無。それどころか、ダッシュボード全体の有機的な造形に始まり、左右非対称のシート柄、上質なドアトリム、スイッチひとつに至る隅々までデザイナーの美意識が色濃く反映されている。本革シートもいいけれど、ファブリックシートのセンスのよさと座り心地のよさは特筆ものである。

 従来は3列7人乗りのみだったが、今回から2列5人乗りも用意。前者はグランド C4ピカソ、後者はC4ピカソと呼ばれる。街中での取り回しは全長、ホイールベースともに短いC4ピカソが有利だが、最小回転半径は10㎝しか違わない。ワンタッチで引き起こし&格納できるサードシートの扱いやすさや、格納時のラゲッジスペースの広さ、しっとりしなやかな足回りのセッティング、大人でも2時間程度ならストレスなく座れるサードシートの快適性を含め、自分が買うならグランドC4ピカソにするだろう。待望の6速ATを得た1.6ℓ直4ターボの仕上がりも上々だ。ミニバンにも「美」を求める人にとって、C4ピカソはいまもっとも魅力的な一台だ。

2013年のジュネーブショーにおいて発表したコンセプトカー「TECHNOSPACE Concept」をベースに誕生したモデル。シトロエンの独創的なクルマづくりの哲学“Créative Technologie”を集結し、近未来的なデザインとフルデジタルインターフェイス、究極のスペースユーティリティーを具現化することで、個性的で近未来的なクルマが完成した。

シトロエン C4 ピカソ

車両本体価格:¥3,570,000(消費税込)
全長×全幅×全高(mm):4,430x1,825x1,630
車両重量:1,480kg 定員:5人
エンジン:ターボチャージャー付直列4気筒DOHCエンジン
総排気量:2,987cc 最高出力:121kW(165ps)/6,000rpm
最大トルク:240Nm(24.4kgm)/1,400-3,500rpm
JC08モード燃費:15.1km/ℓ 駆動方式:前輪駆動

シトロエン グランド C4 ピカソ

車両本体価格:¥3,470,000(消費税込)
全長×全幅×全高(mm):4,600x1,825x1,670
車両重量:1,550kg 定員:7人
エンジン:ターボチャージャー付直列4気筒DOHCエンジン
総排気量:2,987cc 最高出力:121kW(165ps)/6,000rpm
最大トルク:240Nm(24.4kgm)/1,400-3,500rpm
JC08モード燃費:14.6km/ℓ 駆動方式:前輪駆動

MERCEDES-BENZ S-CLASS Coupé
メルセデス・ベンツ Sクラスクーペ

復活した2ドアラグジュアリークーペ

 最高の技術を詰め込んだ最高の格式をもつセダンとして、歴代メルセデス・ベンツSクラスは常に世界の最高峰に君臨し続けてきた。それと同じ内容を、たった2枚のドアのために使っているSクラスクーペは、当然ながら贅沢さにおいてSクラスセダンを超える。もちろん、後席には十分なスペースがあるけれど、基本は一人か二人。後席を使うのはいざというときだけに留めておくのがこの種のクルマとの正しい付き合い方である。

 片側47個のスワロフスキー社製クリスタルを埋め込んだヘッドライトが象徴するように、Sクラスクーペのデザインは妖艶だ。日本ではスポーティーという概念で理解されることが多い2ドアクーペだが、彼の地ではパーソナル、つまり男、女、もしくはカップルが上質な時間を過ごすためのクルマという意味合いが強い。とくにこのクラスとなれば、オーナーの目が肥えていることは想像に難くないわけで、クルマにもそれに相応しい上質感が求められる。ここで詳細を紹介する余裕はないが、Sクラスクーペの内外装は、クルーザーやプライベートジェットを所有しているやんごとなき方々をも満足させ得る極上のものであると報告しておこう。

 S550・4マチッククーペが積むのは455ps/700Nmというスペックの4.7ℓV8ターボ。踏めば滅法速いが、普段はしっかりと爪を隠し、素晴らしい静粛性とスムースさと扱いやすさを提供してくれる。

 6ℓV12ターボ、最大トルク1000Nm!、価格3120万円‼という浮き世離れしたAMG・S65クーペには、コーナーで逆ロールを起こすことで乗員の快適性を高める懲りに凝ったシステムまで搭載されるが、約半値のS550でもSクラスクーペの魅力は9割方味わえる。1690万円を出せるか出せないかは別として、Sクラスクーペと過ごしたひとときは、ラグジュアリーの本質と向き合う素晴らしいものだった。

前方を映し出すステレオカメラとレーダーセンサーで、路面状況などを立体的に解析。先行車両、横切る車両、後方車両、対向車、歩行者などを検出し、状況を判断して、アクセル、ブレーキ、ステアリングを自動でアシストする。安全性と快適性を高い次元で融合させた最新の安全運転支援システム、「インテリジェントドライブ」を搭載している。

S550 4MATICクーペ

車両本体価格:¥16,900,000(消費税込)
全長×全幅×全高(mm):5,025x1,900x1,420
車両重量:2,120kg定員:4人
エンジン:DOHC V型8気筒 ツインターボチャージャー付
総排気量:4,663cc 最高出力:335kW(455ps)/5,250~5,500rpm
最大トルク:700Nm(71.3kgm)/1,800~3,500rpm
JC08モード燃費:9.1km/ℓ 駆動方式:全輪駆動

S65 AMG Coupe

車両本体価格:¥31,200,000(消費税込)
全長×全幅×全高(mm):5,045x1,915x1,425 車両重量:2,170kg
定員:4人 エンジン:SOHC V型12気筒 ツインターボチャージャー付
総排気量:5,980cc 最高出力:463kW(630ps)/4,800~5,400rpm
最大トルク:1,000Nm(102.0kgm)/2,300~4,300rpm
JC08モード燃費:7.9km/ℓ 駆動方式:後輪駆動

VOLKSWAGEN e-up!
フォルクスワーゲン e-up!

電気のチカラでショートトリップ

 2012年の発売以来、日本で2万4000台を販売したフォルクスワーゲンのコンパクトカー、up!に、EVバージョンのe−up!が加わる。価格は366万円。補助金を差し引くと300万円を切る計算になる。

 搭載するバッテリーは18.7kwhと、日産リーフの24‌kwhより約3割小さいが、航続距離はJC08モードで185㎞を確保。実用航続距離は100㎞程度と考えておくべきだが、それだけ走れば日常ユースで困ることは少ないだろう。遠出をする際には日本の急速充電システムであるchademoも利用できる。

 とはいえ、急速充電器を使っても80%までの充電に30分かかるとか、まだまだ急速充電器の数が少ないとか、あっても休日などには充電待ちが発生しているとか、いろいろな問題があるため、普通のクルマと同じ感覚で使えるとは思わない方がいい。けれど、たとえばセカンドカーとして購入するのであれば、EV特有の問題点はほぼ解消される。

 そこで活きてくるのがe−up!のコンパクトなボディだ。近所までの買い物や子供の送り迎え、通勤通学などにはこのぐらいのサイズがベスト。2015年にはゴルフにもEVバージョンが加わるが、EVとしてはちょっと大きすぎる。ゴルフはPHEVのGTEが本命になるだろう。

 優れたドライブフィールもe−up!の特徴だ。ガソリンエンジンを積んだup!にはシングルクラッチ式AT特有の扱いづらさがあるが、それがe−up!にはない。スムースな加速フィール、好みや走行状況によって4段階に調整できる回生ブレーキの効き具合、優れた静粛性など、細かなところまできちんと作り込まれているため、乗っていてとても快適で楽しかった。ガレージに余裕があればセカンドカーとして欲しいなと思ったほどだ。

電気自動車と聞くと身構えてしまうが、経済産業省が促進対策費補助金の制度や、インフラ整備を促進している。30分で約80%の充電が可能な急速充電機は、主要都市の道の駅、ガソリンスタンド、高速道路、サービスエリア、カーディーラー、商業施設等に設置が進められている。詳しくは経済産業省のホームページを参照。
http://www.meti.go.jp/policy/automobile/evphv/what/charge/infra.html

VOLKSWAGEN e-up!

車両本体価格:¥3,669,000(消費税込)
車両重量:1,160kg
最高出力:60kW(82ps)/3,000-12,000rpm
最大トルク:210Nm(21.4kgm)/0-2,500rpm
[バッテリー形式]
リチウムイオン電池 重量:230kg 容量:18.7kWh
航続距離:185km(JC08モード)
電力消費率:104W-h/km(JC08モード)
0-100km/h加速:12.4秒(欧州仕様車の値)
*2015年2月1日受注開始

MASERATI GHIBLI DIESEL
マセラティ ギブリ ディーゼル

ラグジュアリー&スポーツが選んだ、ディーゼルエンジン

 モータースポーツでの輝かしい歴史、少量生産を前提とした貴族的なクルマ作りなど、マセラティは100年に渡って常に特別なブランドであり続けてきた。なかでもフェラーリ製エンジンという要素が、近年のマセラティに特別な香りを与えていたのは否定できない事実だろう。

 そんななかのディーゼル、である。マセラティは量販モデルのギブリとクワトロポルテに新開発の3ℓV6ディーゼルエンジンを搭載。2015年には日本でも発売される。マセラティにディーゼル。ファンからしたらこれはもうフェラーリにディーゼルと同じような衝撃的なニュースなのだが、ここはひとつ冷静になってその出来映えを賞味するべきだろう。

 というわけで、日本上陸を前に開催された試乗会に参加するべくオマーンへと飛んだわけだが、ディーゼルを積んでもやはりマセラティはマセラティだった。車外ではそれなりにディーゼルっぽい音がするものの、車内にいるかぎり静粛性に不満はない。それどころか、積極的に回していけばクォォーンという快音さえ聴かせてくれるほど。こんな刺激的なディーゼルには初めて乗った。トップエンドの伸びきり感はさすがにV6ガソリンターボに及ばないけれど、低中回転域での力強さはガソリンターボを凌ぐ。フットワークも同様で、ガソリンターボ比わずか25㎏増に抑えた軽量設計を活かし、マセラティらしい軽快な身のこなしを満喫できた。

 それでも生粋のマセラティファンはディーゼルを選ばないかもしれない。では需要はどこにあるのか? ズバリ、メルセデスやBMW、アウディといったドイツ車を買う人たちだ。そもそもギブリはドイツ車イーターとして登場した色彩が強い。そんなキャラクターをもつモデルにとって、最新クリーンディーゼルの追加は大きなビジネスチャンスにつながるはずだ。

低回転から分厚いトルクを発揮するディーゼルエンジンだが、さらに可変ジオメトリータービンによって、2000-2600rpmというごくわずかな回転数ながら、最大トルクの61.2kgmを発生させる。またV6ガソリンエンジン単体と比べても25kgしか違わない、非常に軽量なディーゼルエンジンとなっている。

MASERATI GHIBLI DIESEL

全長×全幅×全高(mm):4,971×1,945×1,461
車両重量:1,745 kg 定員:5人
エンジン:V6 60° 総排気量:2,987cc
最高出力:202kW(275ps)/4,000rpm
最大トルク:600Nm(61.2kgm)/2,000-2,600rpm
*メーカー発表数値

文・岡崎五朗

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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