F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Vol.54 無線で言ってはいけないこと

 F1マシンはいくつものセンサーを搭載し、各種コンポーネントが正常な状態かどうかモニターしている。タイヤの空気圧しかり、ブレーキディスクの温度しかり、ギヤボックスの油圧しかりだ。ハイブリッドシステムを構成する各種コンポーネントの温度も精密に監視している。

 センサーが感知したデータは、車載する無線機からピットに送られる。ピットの裏にはコントロールルームがあり、受け取ったデータを分析するエンジニアが待機している。技術的にはピット側から遠隔操作し、マシンのセッティングを変更することも可能だが、それはレギュレーションで禁止されている。だから、異常を感知したり、セッティングを変更したりしたい場合は無線を通じ、ドライバーに指示を出すことになる。

 ドライバーに送るこれらの無線メッセージについて、取り締まりが行われることになった。導入が決まったのは第14戦シンガポールGP前のことだ。「次の周でピットに入れ」とか「セーフティカーが出たぞ」といったメッセージは送ってもいいが、ドライバーのパフォーマンス向上につながるようなメッセージは送ってはいけないことになった。

 F1はレギュレーションで、「ドライバーは独力で、誰の助けも得ずに運転しなければならない」と定められている。チームからアドバイスを送った結果パフォーマンスが向上した場合、この規則に反するというのが、無線メッセージの取り締まりを導入する理由だ。

 どんなメッセージがOKでどんなメッセージがNGなのか、ルールを統括するFIA(国際自動車連盟)はこと細かに例を挙げて、チームに示した。例えば、「プッシュしろ」と単純にドライバーを鼓舞するメッセージはOKだが、「負けているのはセクター2だ。そこでプッシュしろ」という具体性のある指示はNGだ。ガイドラインが示されているとはいえ、グレーなメッセージが出てくるものと予想される。いったんはシンガポールGPで導入されたこのルール、今シーズンは取り締まりの枠をいったん緩くし、2015年に仕切り直しすることになった。

 そもそもはF1マシンが高機能かつ複雑になり、監視しなければならない要素が増えたことが、ピットからドライバーへのメッセージが増えた背景にある。限られた燃料を有効に使うには、エンジンマップをどのポジションにしたらいいのか。というような判断を、走りに集中するドライバーに任せるのは酷だからだ。

 無線の助けを借りながら走るドライバーはさながら、常にコーチの助言を耳元で受けているアスリートのような状態だった。アドバイスが受けられなくなるのを不安がるよりも、口うるさい助言から解放されることを歓迎するドライバーもいるようだ。

「燃料が足りなくなるからセーブしろ」とか、抜群のスタートダッシュを決めるために「タイヤをもっと暖めろ」といった指示も禁止になる。走行にまつわるいろんな状況でのアドバイスが禁止になるため、ドライバーは自分の判断力に頼って走らなければならなくなる。速く走るだけでなく、トラブルを未然に防ぐ能力も必要だ。結果、ドライバーの能力の差が走りの良し悪しにダイレクトに反映されることになるだろう。規則に反するメッセージを送った場合は、ストップ&ゴーペナルティが科される。

Kota Sera

ライター&エディター。レースだけでなく、テクノロジー、マーケティング、旅の視点でF1を観察。技術と開発に携わるエンジニアに着目し、モータースポーツとクルマも俯瞰する。

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