先月号のこのコラムで、愛車のスターターが壊れた話を記した。記したのは壊れたクルマをガレージに運んだ日。修理に要する5日間はせっせと歩こうと思っていたが、2日目の昼、早くもギブアップした。田舎町の宿命でクルマなしでは日常生活が回らないのだ。代車をだしてもらうことにした。
どんな代車が現れるだろうかとちょっと楽しみに出掛けたガレージで、しかし、クルマを見て力が抜けた。コレ、ですかあ。登場したのはVWルポ。前日、裏庭で見かけたとき、廃車を待っていると思ったクルマである。
色ははじめは白だったのだと思う。タイヤは4本ともホイールがない。もうこれだけでクルマは無表情。唯一、アクセントになっているのはペロンとはがれたサイド・プロテクション。ひん曲がって跳ね上がりまるでダリの鬚。サイドミラーは半分はずれ、ぶら下がっている状態。車内に入ると全てのプラスチックが白けている。加えて充満する匂いに走る前から酔いそうだった。ミラーにぶらさがるツリー型の芳香剤に鼻を寄せるとこれが匂いの素と判明したが、近寄った拍子に頭が当たったようで、ミラーががくんと傾く。慌てて抑えたが、ぐらぐらのミラーに自分の顔が大写しになってぎょっとした。「触ると片っ端から落ちるから注意した方がいいっすよ」こう言った見習いの若者に見送られてクラッチをつなぐとブオーンという凄まじい音がして歩行者が振り返った。
家に戻って車検証を見たら、登録は’97年、ごく初期のルポということになる。それでも走行距離は12万キロ。長い距離を走ったわけではない。痛み方、荒れ方とは実に不釣り合い。逆にいえばクルマは手をかけないとこんなにも痛むものかとこちらに驚いた。去年、ニューヨークで30万キロを走ったフォードSUVのタクシーに乗ったが、あちらの方がずっときれいだった。「ワシはもうすぐこのクルマとともに朽ちるのだ」、運転手はこう言ったものだったが、白ヒゲをたくわえた彼に申しあげたい。
「あなた、まだまだ」
なにより驚いたのは乗り心地。地面の凹凸をそのまま吸収するから当地の、荒れた道ではしょっちゅうボディ下から突き上げをくらう。クラッチは奥深く、たいへん重い。先の丸い分厚い運動靴では操作不可能だ。ゴム製みたいな長く細いシフトはピシッと決まらず心もとない。風にヒラヒラ揺れる骨だらけのばあさんが、それこそ風に押されてフラフラ走っているよう。
多分、このクルマがデビュウしたあの頃、乗ったなら、それこそ私は滑るように運転できたと思う。ところが、同じセグメントでもルポから数年後にデビュウしたパンダに乗る今は、わずか数年の差しか持たないルポの運転が怖いのである。クルマの進歩とはなんと凄いものであろうか。こう思わずにはいられない。発見もあったが、落胆もあって、御託を並べた数日だった。実際、家族の感想はひとこと。「代車にごたごた言うな」 ごもっとも。
イラスト・武政 諒
提供・ピアッジオ グループ ジャパン
Yo Matsumoto