おしゃべりなクルマたち vol.65 若作りとクルマの修理

 我が愛車、フィアット・パンダの走行距離、ただ今9万キロ。クルマ作りを職にするダンナに言わせるとこれからが本領発揮の時という。買い替えたいだの新車が欲しいだの言わせないための戦略とわかっていながら、それでも乗るたびに絶好調だなあと私も思う。エンジン音に籠ったところがなく、走りがノッている、そんな印象。ところが。

 通常より早く当地に雪が舞ったある日、パンダのエンジンが突然、かからなくなった。朝、子供たちを送ったときはなんでもなかったのに、昼過ぎ、出掛けようとキーを回すとスカーッと空気が抜けたみたいな音を発するばかりで、目覚めない。何度か、スカーッを続けたが、無理と諦め家に戻った。ボンネットを開けようとは鼻から思わないところに我ながら感心する。まあ、開けても何もわからぬことは確かだが。

 まずは電話だ。レスキュー隊を呼ばねばならぬ。ニホンならJAFかも知れないが、当地にこの手のシステムはない。正規代理店はカンヌにあるが、パンダは個人売買で購入したからすぐにアクションを起こしてくれるとは思えない。なによりこういう時は遠くの親戚より近くの他人。こう思ったとたんに唸ってしまった。近くのガレージが浮かばない。

 20年前、イタリアに住み始めた頃は街中にしょっちゅう、エンコしているクルマがいた。いや、ニホンの路上にだって私が子供の頃にはエンコしたクルマがたくさんいたのだ。今では事故はたくさん見るけれど、故障で止まるクルマを見ることは限りなく少ない。クルマが壊れなくなっている。だから、馴染みのガレージがない。昔なら駆け込む修理工場を誰もが持っていたけれど。そういえば息子はガレージを、クルマを“いじる場所”と思っている。

 インターネットで調べた結果、フランスでは保険会社が修理の手配を行なうことが判明して、早速、電話すると30分とたたぬうちにレッカー車が登場した。パンダを載せ、私を載せ、レッカー車が連れて行ってくれたのは我が家から5分とかからぬガレージだった。奥さんが事務を営む小さな修理工場。油まみれの作業着を来たおじさんに事情を話すと、彼がすかさずこう言った。「スターターがやられたな」 思わず「なんで?」と呟くと彼が答えた。怒っているというより呆れた声で。

 「なんでってアンタ、クルマは機械だからだよ。壊れんのよ。ちょっと壊れただけで不良品に当たったみたいに言われたんじゃ、クルマが気の毒よ。皺取りだの若作りだの、そういうことばっか、考えてるから常識がなくなってくんだな」

 皺取りと若作りばかり考えている私は彼の言葉にうつむいてしまった。部品を取り寄せるから受け取りは5日後、「その間、奥さん、せいぜい歩くといいですよ」 夫婦とパンダに見送られて、私は久しぶりに近所の道をてくてく歩いて家路についた。

文・松本 葉
イラスト・武政 諒
提供・ピアッジオ グループ ジャパン

Yo Matsumoto
コラムニスト。鎌倉生まれ鎌倉育ち。『NAVI』(二玄社)の編集者を経て、80年代の終わりに、単身イタリアへ渡る。イタリア在住中に、クルマのデザイナーであるご主人と出会い、現在は南仏で、一男一女の子育てと執筆活動に勤しんでいる。著書:『愛しのティーナ』『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)など。

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