大切な誰かに本を贈る。
それはとても楽しく、そして勇気のいることだ。優れたクルマに哲学を感じ取れるように、どんなものにも作った人の心が込められているには違いないけど、想いを言語によって記述する「本」は、何というか、あからさまなのだ。オープンマイハートなのだ。小心者としては、気に入られなかったら自分を否定されたぐらいの覚悟で贈ったりもするのだが、うまくいけば心の距離が近くなった気にもなれる。季節はクリスマス。魔法の力を借りて、一歩踏み出す勇気を持とうではないか。
本に限らず、人にものを贈るとき、悩まない人はいないだろう。あれこれ考えず、自分の好きなものをあげればいいんだよ、というのも真理ではあるけれど、それはそれで好みを押しつけるようで気が引ける。相手の趣味が分かっていれば、その範疇から自分の好みでチョイスする、というのが王道かもしれないが、案外これが上手くいかない。つまり、相手の好み=集合Aと、自分の好み=集合Bが重なるところが選択肢なんだけど、これだと外れはせずとも全然広がらないのだ。
これは贈ったんじゃなくて贈られた話。僕は半端な映画好きでもあるのだが、監督や脚本で映画を見ることはあっても、あまり他の分野に注目することがなかった。そんなとき、写真が趣味でもある友人が「マスターズ・オブ・ライト」という本をくれた。これは映画の撮影監督にスポットを当てたノンフィクションで、彼らがいかに光と対話し、動く画を捉えているかを綴ったものだ。そこには演出やストーリーテリングとは違う、映画の本質が語られていた。自分の好みだけならこの本を手に取ることはなかっただろうが、興味の対象外ではなく、一歩先へと視野を広げてくれたのだ。僕もいつかこんな本の贈り方ができたらと思う。ただ相手の好みに寄り添うだけではなくて、より深く、より広く、そしてできれば自分により近く。それが本という贈り物が持つ豊かさなのではないかと思う。
本誌読者なら、贈り贈られるとなるとやはりクルマ関連の本だろうか。と、ひとくちに言っても、モータースポーツから工業製品としてのクルマ、ビンテージ、ツーリング等々、切り口は山ほどある。工夫しがいがあるというものだ。例えば若いモトGPファンになら、伝説のライダー、フレディ・スペンサーや〝キング〟ケニーの伝記や写真集などを贈れば、その記録を破った大型ルーキー、マルケスの衝撃が深く理解できたりするんじゃなかろうか。
先日、このページで紹介している代官山蔦屋書店のクルマ・バイクコーナーに行ってみた。雑誌のバックナンバーから洋書、国内外の写真集などの充実ぶりはもちろん、売り場というより書店の中に専門書店があるといったつくりの陳列が落ち着き、この一角だけで一日つぶせるんじゃないかと思うほどだった。こうした場所で、相手のことをあれこれ考えながら過ごす時間は、贈る側にとってご褒美ともいえる至福の時だ。せっかくだから、自分用じゃなかなか手が出ないちょっと贅沢な本を選んでみたり。もしかしたら贈るときより、選んでるときのほうが楽しいかもしれない。
最近はスマホやタブレットで読書する人も珍しくなくなった。場所を取らない電子書籍は便利だけど、ダウンロードコード送ってプレゼント、では味気ない。本は単なる記録媒体じゃなくて、装丁や手触りやインクの匂い、あれこれ含めて本……というのは時代遅れな本好きの戯言かもしれないけど、でも紙の本を贈りたい本当の理由は別にある。それは、一緒に歳を取れるからなのだ。いつか、日焼けして、色あせて、しわやシミもできて、でもそんな年月を経た本が宝物になる。ときどきでいい、本棚から取り出して懐かしく開いたり、調べ物をしたり。僕と君も、そんな風に歳を重ねて行けたら。
そうここに願い、本を贈ろう。
文・山下敦史 写真・長谷川徹
撮影協力・代官山T-SITE 代官山蔦屋書店
住所:東京都渋谷区猿楽町17-5 Tel.03(3770)5005
Online Store:http://tsite.jp/daikanyama/ec/tsutaya/