アラブ首長国連邦アブダビ、F1を開催するために作られたヤス・マリーナ・サーキット。
灼熱のデイタイムを避けるように午後から始まったサーキットイベントに、参加者全員の国と名前を覚えられる少人数が、世界各国から集まっていた。みな、手には自前のヘルメットを持っている。参加者のスキルを見定めるために、振り分けテストが行われ、走行順の発表がピット内で行われた。私はプロドライバーの次、2番手と発表された。正直、初めて乗るマシーンで2番手は嫌だな、と思いながら振り返ると、グリッド中央に1台のフォーミュラカーが佇んでいた。エンジンもかかっておらず、照らされた光の中に、漆黒のボディを横たわらせているだけだったが、近づくとなおのこと直感的に迫ってくるボディ形状は、そのクルマが背負っている宿命を本能的に理解させた。そのクルマはロータスT125。F1に参戦していた当時のロータスが、カスタマー専用として開発したフォーミュラカーの試作機だった。1番手のプロドライバーは動作確認だけで、すぐにピットへ戻ってきた。ロータスT125へ乗り込み、ピットレーンから1コーナー先の、レーシングコースに合流するトンネルを潜った時だ。いま運転しているクルマのスペックが、普通ではないことに気づかされた。ポテンシャルを探ろうにも、ダウンフォースを感じようにも、探りきれないコーナーが続き、不完全燃焼のまま走行は終わった。あの日からたくさんのクルマに乗ってきたが、どこかでロータスT125の追体験を探していた。

14年も前のアブダビを思い出しながら、私は雪山で闇夜に浮かび上がるダッシュボードの灯りを頼りに、ジョイスティックを慣れない手つきで探っている。いま、私が操作しているのは、アメリカに拠点を持つカミンズ社製の9リッター6気筒エンジンを搭載した、ドイツのケースボーラー社の圧雪車ピステン・ブーリーだ。ロータスT125を彷彿とさせる長大なボディ、鋭利なブレード、指先の動きに似た繊細な可動域を持つフィン、本能に訴えかける存在感。圧雪車はスキー場のトップスターである。圧雪していなかったら、スキー場はただの山。その圧雪をチームで担う圧雪隊は、どの山でも一番特別なポジションにいる。その圧雪を知らずにスキー場に勤めているとは言えない、これも本音だ。でも単純にカッコいい乗り物に乗りたい気持ちが大きく、圧雪隊長に志願して圧雪作業へ同行させてもらった。同乗して隊長の圧雪の解説を聞いているだけでも、何にも変え難い時間だったのだが、私が無類の動力好きであることを知っている隊長は「操作してみませんか?」と期待通りの提案をしてくれたのだ。操縦席をお借りし、説明を聞きながらアクセルを踏む。1846Nmのトルクは驚くほど重さを消して進む。クルマに近い乗り心地だが、莫大なトルクの出力は見た目に反してジェントルで滑らか、クルマで言うと12気筒のベントレーに近似する。フライバイワイヤのアクセルペダルは、同じくバイワイヤのステアリングと2つのキャタピラを思った通りに動かす。戦車のように超信地旋回、ゼロターンができるのもキャタピラが動力伝達である車両の特徴だ。と、ここまでは、圧雪専用機ピステン・ブーリーの性能と躯体のことである。

しかしこの夜、私は操作を担う圧雪隊という職人たちの巧みさと献身さに、胸が詰まる瞬間が多くあった。戸狩温泉スキー場の圧雪技術は業界でもトップクラスと有名だ。140ヘクタールを超える滑走面の面積を整備するために、6台の圧雪車が日夜動いている。彼らは自分に割り当てられた1台をシーズン通して使うことで、その個体に愛情と責任を持ち、コンディションを把握する。刻々と変わる雪のコンディション、湿度や降雪量、前日や翌日の気温で圧雪作業は大きく変わる。操作ではブレード端にあるフィンの角度も加減し、地形に合わせ雪に与える圧力や削り方を変えていくが、同時に横幅5メートル以上あるブレードを、経験則でミリ単位で上下左右、そして斜角度を調整もする。オートマティックなどなく、全ては経験が成せる技なのだ。こう書くと、せわしなく動かすジョイスティックを想像させるだろうが、戸狩圧雪隊長の指先、目線、全ての動作は冬山の上を流れる雲のごとく、最小限の動きでサーフェイスを滑るように動かすのだ。大きな体躯を操りながらの繊細な作業を何時間も行うが、状況次第では前夜ではなく、明け方に作業となり、リフトが止まる夕方から早朝は、空を見て待機をする日々だ。当然、シーズン中にまともな睡眠時間は取れない上に、何の予定も入れられない。
圧雪隊が作り上げた、1枚の大きなヘラで斜面を一気にはけたような美しい斜面を見ながら私は思った。T125もピストン・ブリーも生まれながらにして専用の目的を背負っている。それには卓越した技術を持った職人が乗ってこそ、お互い輝きを放つのだ、と。

Hiroshi Hamaguchi
