これまでの暮らしとこれからのくらしを巡る旅 -Vol.1-家とクルマのウェルビーイングを考える

文・若林葉子

OVER50世代にとって、2026年は「生き方のグレート・リセット」の年なのかもしれない。

子育てを終え、仕事もキャリアの後半戦に差しかかる中で、これまでのライフスタイルを見直すタイミングに来ているからだ。しかも、いまのOVER50はインターネット革命とAI革命という2度の大きな社会変革を、自分の現役期間の中で経験した人類史上初の世代でもある。若い頃に「正しい」「当たり前」だと思っていた価値観が次々と書き換えられ、働き方だけでなく、生き方・暮らし方そのものについても、常に意識のアップデートを迫られてきたと言って良いだろう。

では、これからのOVER50はどんなライフスタイルを選び、どんな「豊かな暮らし」を目指せばいいのか。そのヒントを探るために、これから各社の視点を交えながら、「住まい」と「移動」を軸にウェルビーイングを考える連載をスタートしたい。

 近年、世界はもちろん日本でも、政府が「ウェルビーイング」という言葉を多用するようになった。従来の「経済成長率(GDP)」偏重の指標だけでは国民の幸福度や生活の質を測れないという反省を背景に、コロナ禍が、生活の質を重視する価値観への転換を一気に可視化し、その変容を後押しした。

◆人生すごろくは終わった

 OVER50世代も、かつては「六畳一間のアパートで高級スポーツカー」という言葉が表すように、住まいは質素でも、スポーツカーに夢や憧れを注ぎ込む。クルマが人生を幸せにしてくれる。そんな若き時代があった。

 しかし時代は変わった。最近はもう聞き飽きた感さえあるが、気候変動、自然災害の頻発と激甚化、経済の停滞、高齢化と人口減少の加速などが複合的に重なり合い、私たちの暮らしを脅かしている。

 かつての「人生すごろく」のようなお決まりの幸せは、右肩上がりの経済成長という大前提があってこそ目指すことができた。その前提が崩れた今、私たちは“それぞれの幸せ”を探さなくてはならなくなった。つまり「どのように暮らすのが良いのか」「どのように暮らしたいのか」という問いに、切実に向き合わざるを得なくなっている。国の定義する「ウェルビーイング」とは「心身の安らぎと活力に満ちた充実した状態」だそうだが、これは今、単なるスローガンではなく、一人ひとりにとっての生存戦略に近いと考えて良いだろう。

阪神・淡路大震災により甚大な被害を受けたJR新長田駅南地区に開発された「ASMACI新神戸長田」住宅と医療の融合によって、あらゆる世代が豊かで健康に過ごすことができる新たなまちづくりとして注目されている。

◆「住まい」と「移動手段」に目を向ける

 とは言え、クルマやバイクに情熱を傾けてきた私たちにとって、クルマやバイクが人生を充実させるために必要なものであることはこれからも変わることはない。それは生活の足といった利便性ではなく、クルマやバイクに乗ることによって得られる「操作感」や、「移動」がもたらす喜びがほかの何ものにも変え難いからだ。クルマやバイクとの一体感、乗りこなす楽しさ、開放感、ここではないどこかへ好きな時に行ける自由さ……。私たちにとってそれは人生の豊かさと切り離すことはできない。

 一方、趣味としてのクルマやバイクから「暮らし」としての乗り物に目を向けたとき、クルマもバイクも私たちの移動を担保するモビリティの1つとなる。

 都市計画や生活学の観点から見ると、「住まい(住環境)」と「移動手段(モビリティ)」は日常生活の負荷を左右する二大要素であるそうだ。時間の節約、身体への負担、経済的コスト、心理的余裕などの多くが、この2つの組み合わせで決まる。暮らしを支えるコア(基幹)と言って良い。これは誰でも実感をともなって理解できるはずだ。

 趣味としてのクルマやバイクは永遠のものとして存在し続けるとして、OVER50となった私たち世代が、変化する時代の中でウェルビーイングな暮らしを送るために、これからは「住まい(住環境)」と「移動手段(モビリティ)」という2つの要素に目を向けてみたら良いのではないだろうか。というより、この2つに、目を向けざるを得ないのではないだろうか。

◆暮らす場所を選ぶ時代

 私自身、ここ数年、「どこかいい場所が見つかったら住み替えたい」と思ってきた。今の住環境は利便性の点では申し分なく、大きな不満があるわけではないのだが、もう少し自然に近い暮らし方があるのではないかという思いがずっとくすぶっている。そんなふうに思っているのは私だけではないらしく、公益社団法人ふるさと回帰・移住交流推進機構によると、2024年の移住相談件数は初めて6万件を超え、4年続けて過去最高を記録しているという。その中心は20代、30代の若い人たちだが、50代も例外ではない。

 実際にどれだけの人が移住するかはまた別の問題だが、移住への関心がこれだけ高いことはちょっとした驚きだ。これもまた、ライフスタイルや価値観が多様化したことの表れに違いないが、特に郊外や地方での暮らしを想定したとき、住まいと移動手段はセットで考えないわけにはいかない。

(出典:認定NPO法人ふるさと回帰支援センター プレスリリース)

◆変わるクルマ、変わる家

 トヨタが自動車メーカーからモビリティ・カンパニーへの変革を表明したように、東京モーターショーがジャパン・モビリティ・ショーに生まれ変わったように、クルマの世界はその軸足をモビリティへと移している。その変化を私たちはずっと見てきた。

 では「住まい」や「住環境」の現状はどうなっているのだろう? 人々の暮らしの根幹である「住まい」ももちろん変化と無縁であるはずがない。私はこの分野は門外漢なので、住宅やまちづくりの専門家であるPLT*グループのメンバーに話を聞いたのだが、特に人口減少の影響を受け、ハウスメーカーも従来のように住宅を供給するだけの時代は終わり、住環境を含めた地域課題解決型の事業へと変貌を遂げている。

◆社会的役割を担う家・クルマ

 住宅の価値は高度経済成長期の「量」の時代から「質」の時代を経て、現代では多様化する顧客のライフスタイルに合わせた「個性」と、社会や街に対する「意義」が問われる時代へと移行している。PLTグループのハウスメーカー*は「家(ハウス)」ではなく、「暮らし(ホーム)」を提供するという視点を持ち、まちづくりにおいても、課題を解決するばかりでなく、顧客や地域・自治体が気づいていない潜在的なニーズを汲み取り、課題そのものを見つけ出す役割まで担う。

 コロナ禍を経たことによって、家に「働く」「遊ぶ」などの機能が求められるようになり、家そのもののあり方も変化したし、「所有」の象徴である家も、単なる私有財産であることを超えて、地域のエネルギーインフラを担ったり、街の賑わいを創出したりといった社会的な役割が期待されるようになっているという。これは走行しているクルマ同士がデータを共有することで、交通効率や交通安全の向上に貢献できることにもよく似ている。

ミサワユニットモビリティ「ムーブコア」を採用した
オフグリッドグランピング施設「Miwatas NASU」

*PLT:プライム ライフ テクノロジーズ株式会社。トヨタ自動車、パナソニック ホールディングス、三井物産の3社による合弁会社。それぞれの強みを活かして、課題解決型の「未来志向のまちづくり」を目指す。グループ子会社にパナソニックホームズ、ミサワホーム、トヨタホーム、松村組、パナソニック建設エンジニアリングがある。
https://machizukuru.prime-life-tec.com/
**株式会社三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」生活者3万人対象のアンケートパネル【ベーシック調査】有効サンプル:n=30,000 調査方法:web調査 実施時期:2023年6月

◆住環境にも多様な選択肢がある

 そして、話が前段に戻るが、生活者の約25%**が移住・住替えを希望しているという調査結果もあることから、どんなところなら人は住みたいと思うか。どんな街なら自然に人が集まるか。それを考えることも、今やハウスメーカーやまちづくりのプロの重要な仕事の1つになっている。実際、ハウスメーカー各社やデベロッパーがすでに日本のあちこちで、いろんな試みを行なっている。トヨタが2025年9月に静岡県裾野市に街びらきをしたモビリティの実証実験都市Woven Cityはその最たるものだが、そこまで大規模でなくても、実例は他にもさまざまある。

 例えばPLTグループのミサワホームが手がけ、2023年1月に竣工した「ASMACI神戸新長田(P36・37)」は、老朽化した2つの病院を再編・統合し、マンションと一体で大規模再開発を行っている。建物の上層階はマンション、下層階は病院とリハビリ施設となっていて、リハビリ施設はオーバルパーク(広場)やガーデンテラス(公園)と繋がっている。公園を歩けば新鮮な空気を吸うこともできて、元気な子どもの姿と触れ合うこともできる。外に向かって開かれているだけで、リハビリ患者さんの“やる気”がまったく違うという。また病院からマンション居住者に、モニター付きインターフォンを通して医療情報を発信するヘルスケアサポートを行っているそうだ。「健康」と「安心」というどの世代にとってもウェルビーイングに欠かせない付加価値が体現されていて、「こんなところに住めたらいいな」と思う人も多いだろう。

 こういった地域と一体となった住まいづくりがある一方で、「ミサワユニットモビリティ ムーブコア」のようなモビリティ一体型のミニマムな住宅=トレーラーハウスの提案も面白い。

 建築物のような制約がなく、さまざまな土地に設置可能なため、普段はトレーラーハウスとして使うことはもちろん、宿泊施設やグランピング施設として事業にも利用することができるる。さらに、太陽光発電システムや蓄電池、衛星通信、水循環利用システムなどのオプションアイテムを活用すれば、もしもの時には移動可能なインフラとして、応急仮設住宅などにも活用できる。

 多様な“いつも”に応えつつ、“もしも”の時の安心を与えるというコンセプトは今の時代にとてもフィットしている。私たちの住環境は、自ら情報にアクセスさえすれば、実は多様な選択肢があるのだということに、改めて気付かされる。

◆家とクルマが手を携える未来

 どんな街に暮らそうか、どんな家に住もうかと私たちが考える時、移動手段はいつだってセットなのである。家から買い物施設へ、学校へ、病院へ、カフェへ、図書館へ、区役所へ。そして町を出て、行ったことのない遠くのどこかへ。

 でも、それらはこれまでなぜかたいてい「別々」に語られてきた。家とクルマと言えばせいぜいガレージハウスが注目されるくらいで、クルマと家の専門家が混じり合うこともなかった。これからはこの二者が手を携えて、人々の暮らしを支える時代なのだということを、私たちは多分、もっと意識すべきなのだろう。

 「家づくりは建てて終わりではなくて、住まい手自らが完成させていく楽しみを残すなど、購入後の『モチベーション』を維持する工夫があった方が良い」という、PLTグループのプランナー、小口太郎さんの話が印象に残っている。確かに、家は人生最大の買い物であり、建てた時がモチベーションのピークなわけだが、実際にはその先にこそリアルな暮らしが待っている。

 国の掲げる「ウェルビーイング」を家やクルマに置き換えてみると、それらのデザインが人の暮らしや移動のモチベーションを高めたり、人が集まり、賑わう街づくりが人の生きるモチベーションを助けたりするのだと思う。家やクルマを考えるって、必要なことでもあるけれど、それより何よりきっととても楽しいことなのだ。

 2026年。住環境やモビリティについて考えていきたいと思う。

Yoko Wakabayashi

OLを経て、2005年からahead編集部在籍。2017年1月から3年半、編集長を務める。2009年から計6回ラリーレイドモンゴルに出場し全て完走。2015年にはダカールラリーにHINO TEAM SUGAWARAのナビとして参戦した。現在はフリーランスで活動しながら、再び、aheadの編集にも関わっている。
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