MAZDA ROADSTER 990S
総排気量:1,496cc
エンジン:水冷直列4気筒DOHC16バルブ
車両重量:990kg
最高出力:97kW(132PS)/7,000rpm
最大トルク:152Nm(15.5kgm)/4,500rpm
燃料消費率(WLTCモード燃費):16.8㎞/L
還暦の悪あがき
文・池田直渡
自分でも信じられないことだが、ついに還暦を迎えた。肉体は確実に老化しているのだが、頭の中身は多分高校生ぐらいから大して進歩していない。
数年前、「俺はいつまでクルマやバイクに乗れるのか?」と自問自答して愕然としたのだ。健康年齢はどうあがいてもあと15年。日頃の不摂生を考えればそれだってだいぶ怪しい。
出版社にいた頃は毎月給料が出るのが当たり前で、平気でローンを組んでいたが、2009年に自分で起業してみれば安定収入なんてありはしない。それどころかあっという間に借金まみれになり、W124の500Eを手放した。以来10年以上も貧乏と二人三脚をしつつ、新規の取引先に原稿料をあげてもらい少しずつ講演などの仕事が増え、たぶん2021年あたりに、ようやく膨れ上がっていた借金を返し終わった。
気づけば、その時点で還暦も間近。手元にある乗り物は、2006年に中古で買ったスクーター、アヴェニス150だけである。自動車評論家のくせにクルマもない生活をしてきたのだ。いざとなれば奥の手があるというのが心の支えだった。そろそろそれを出さないと、あの世で稼げるわけでもない。
有料『note』を始めれば稼げる自信はあったが、始めたが最後、毎週必ず1本、自分を支持してくれるありがたい読者に向け、心を込めて渾身の原稿を書かなくてはならない。それは支えてくれるファンへの誠意の話、あるいは生き方の話である。覚悟を要するプレッシャーがある。そうすべきなのはわかってはいたが覚悟が決まらなかった。しかし、それから逃げ回ろうにももう先がない。
ようやく腹を括って、有料『note』の「ぜんぶクルマが教えてくれる」を書き始めたのが去年の夏。以来1年で月1,100円の有料購読者は650人になった。
『note』への手数料と自分で雇った編集者へのギャラを払っても毎月40万円以上は残る。原稿料の値上げと講演料でだけでも借金を返し終わったということは、生活費を支払ったのちに、返済に宛てていた分が手元に残る。そこにプラス40万円も真水が乗れば、そりゃ物欲をリブートできる。
2022年にマツダ・ロードスター990Sが出た時、試乗会で乗って腹を決めた。もともとずっと前から、いつかはロードスターに乗るだろうと、漠然と思っていたが、そのいつかは自分が決断しない限り来ない。それに今更気づいた。とは言え、取材で全国を駆け回る自分の仕事の都合を考えると、どうしても長距離移動ができないとツラい。とまた逃げかけたところで、2024年にアシンメトリックLSDと、前車追従型レーダークルコンが付いて、もう完全に逃げ道を塞がれた。そんなわけでこの6月に注文書にサインをしてきた。ようやくの決着だ。ロードスターRFの6MT、マシーングレープレミアムメタリックである。納車はこの記事が出る頃。お盆の前後である。
一応専門家の端くれとして言わせてもらえば、おそらく、やがて時を経て、NDロードスターは不世出の名車と認識されるだろう。今のNAへの評価がそうであるように。マツダの人に聞いたのだが、2015年のデビュー時には欧州NCAPで星4つ(欧州基準の大型チャイルドシートが入らないので1つ減点)を取ったNDは、10年後の今、最新の基準で受験したとすれば星ひとつすら取れないという。
たった10年前のことだが、それだけ衝突安全の基準は厳しくなった。この先、どうあがいても次世代となるNEロードスターは重くなる未来しかない。社会は安全の名の下に軽量なロードスターをもう許さない。軽量化する方法はあるだろうが、軽量素材を使えばアフォーダブルな価格は無理だ。重くなるか高くなるか二択ということだ。
もう良い加減どこまでも衝突安全基準を引き上げるのは止めればいいと思うが、それは社会が決めること。ここで原稿に書いたくらいでどうこうなることでもあるまい。マツダに聞けばまだNEロードスターは企画すら始まっていない。内燃機関禁止の環境規制がどうなるかはっきりしない以上、着手できないというのが本音らしい。お陰様でまだNDに乗れる。そういうクルマに、同時代に新車で乗っておくなら今の内だ。
しかしながら、池田個人としては、これで一件落着というわけではない。モーターサイクルをどうするかだ。還暦のジジィには手遅れだろうと言われれば、不本意ながらそういう面もあろうかとは思う。思うが、逆に言えば還暦だ。この先に青雲の未来が待ち受けているわけでもない。今好きなことをやらないでいつやるのだ。「死ぬまでにやりたいこと」はもう比喩じゃない。日付を書き込むべきタイミングである。
さしたる覚悟もなく、なんとなく二輪を降りてしまった者には、不覚悟にも「またいつか乗れる」が心の中にずっとあった。ロードスターと同じ構造だ。このまま行くと、きっと自分に対する言い訳としてホンダのハンターカブあたりを買って本音を誤魔化しつつ辻褄を合わせそうなことは容易に想像がつく。
いやハンターカブはいいバイクだが、今お前の向かうべき先は本当にそこなのかと。バイクに乗って未知の世界へ冒険しようとした、あの頃の気持ちをそれで本当に掬えるのかと。衰えた自分と向き合って本当にやるべきは「自分の冒険心の供養と成仏」ではないのか。ハンターカブでその冒険心を成仏させられるのかは己自身に問うしかない。
HONDA CT125・ハンターカブ
エンジン:空冷4ストロークOHC単気筒
車両重量:118kg 最高出力:6.7kW(9.1PS)/6,250rpm
最大トルク:11Nm(1.1kgm)/4,750rpm
燃料消費率(WMTCモード値):66.9㎞/L(クラス1)
<1名乗車時>
ちゃんと行き止まりまで行って、己の夢の果てる場所を見届けるべきではないのか。だったらホンダ アフリカツインだろうと。どうせもうストリートファイターだのSSだのは手に負えないし、それ以前にときめかない。オフ車だってもちろんコブをポンポン飛んで膝の屈伸で衝撃をいなすことなどできるわけがない。それは無茶ではなく無謀である。
ぶっ飛ばさなくて良い──いや見栄を張った。もうぶっ飛ばせない。ただトコトコと地の果てを目指したい。だからアドベンチャー。そして残された時間が少ないからこそ、部品の入荷や修理を何ヵ月も待つのは嫌だ。バイクのシーズンなんて短いのにそこで不動になられたら目も当てられない。そんな時間はないのだ。国産新車に絞るしかない。
「冒険」と大層なお題目を掲げても、体を鍛え直すほどストイックなことはできないのは分かっている。良きにつけ悪しきにつけ、暦一回り付き合ってきた自分である。自嘲として言えば、所詮冒険のコスプレでしかない。とすれば、今手に入るバイクを見渡して、自分がときめくバイクの中でアフリカツインは多分一番「身の丈をわきまえない」バイクなのである。
達観の欠片もない。が達観ならまだこの先でも出来る。同じく、いつかはと思ってきたセローなのか、Vストローム250なのか、ハンターカブなのか、それはまだギリギリを迎えていない気がするのだ。今やるべきは最後の力を振り絞って、無茶をやってみることだ。まだ薄らと残っている若さの欠片を拾い集めて挑むのだ。
HONDA CRF1100L Africa Twin Adventure Sports ES
総排気量:1,082cc
エンジン:水冷4ストロークOHC(ユニカム)4バルブ直列2気筒
車両重量:253kg 最高出力:75kW(102PS)/7,500rpm
最大トルク:112Nm(11.4kgm)/5,500rpm
燃料消費率(WMTCモード値):19.6㎞/L(クラス3-2)
<1名乗車時>
「CRF1100L Africa Twin Adventure Sports ES DCT」は、車両重量250㎏。倒したら起こせない可能性は高い。けれどその時はその時だ。薄々勘づいているが、きっと4、5回ロングツーリングに行って、それで冒険のクライマックスは終わる。そんなに頻繁に困りはしないだろう。だから北海道と阿蘇に1回ずつツーリングに行くことをもって、卒業セレモニーとしたい。それが終わったら達観すればいいではないか。やることはやったのだ。それでいくらかかるか考えると頭が痛いが、自分の中の男の子の葬式代だったら仕方ない。レンタルバイクで賢くやっていたのでは葬式にならない。他の人は知らないが自分にはそうなのだ。
となんとなく目指す先が見えて、ネットで情報を渉猟していたら、YouTubeに、ミラノのモーターサイクルショー「EICMA」で、2026年に出るアフリカツインが発表されたという情報が出ていた。排気量が1,200㏄になると言うが、それはどっちでも良い。それよりもアステモ製のアダプティブクルコンが搭載されると言うではないか。2025年はまさにアダプティブクルコンの端境期。これまでも高額モデルにはクルコンは搭載されているけれど、アダプティブではない。すでに輸入車のフラッグシップには装備が進み、ヤマハも初搭載モデルをリリースした。あと数年で雨後の筍の様に標準装備になるだろうことは容易に想像できる。
年寄りのロングツーリングにこれほど有難い装備はない。是非ともアダプティブ対応の新型が欲しいところだが、ケツに火がついた老い先短い身にとって待つ1年はとてつもなく長い。そしてそれ以上に、ホンダの公式からは何のアナウンスもなく、信頼できる商業媒体も揃ってダンマリである。AIで動画が作れてしまう昨今、この情報が信じるに値するかどうかが判別できない。
可能であれば、この秋にはちょっとツーリングを始めたい。そのくらいの気持ちなので、情報の不鮮明にヤキモキする。ひとまず、クルコン一切無しの代わりに大型にしては軽量なホンダ トランザルプを買って体を慣らしつつ、アフリカツインに備える手もあるかも知れない。
まあそうやって、どうでも良いような煩悩に焼かれつつ、日々を過ごして老いていく。それでも時間だけは誰にも平等に過ぎていく。人生は所詮死ぬまでの暇つぶしである。運命に逆らうのも、運命に従うのも人生だとして、そのどちらを選ぶのかは自分で決めることだと思う。
池田直渡/Naoto Ikeda
池田直渡
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