濱口弘のクルマ哲学 Vol.52 ベントレーの戦い

文・濱口 弘/写真・シャシン株式会社

幾世代も続き世界中のラグジュアリーを知る友人が、第4世代のコンチネンタルGTを手放しで誉めてから、「A perfect car nobody buys」 選ばれることのない完璧なクルマ、と、少しの怒りを感じる表現でこのクルマを表した。

 友人の言っていたベントレー・コンチネンタルGTとは、’24年6月に発表された第4世代のハイブリッド機構になった最新型だ。1997年にトヨタが発売したハイブリッドを、時遅れやっと搭載したと思ったが、これは完熟させるための時間だった、と思わせる質の高い仕上がりであった。4リッターV8エンジンに190PSの電気モーターを組み合わせたことで、普段12気筒のGTスピードに乗っている私にも、出足に不足を感じない十分なパワーを感じた。また、数々のトップメーカーが投入してきたが、スーパーカーのハイブリッドでの電気走行距離の短さに、私のみならず多くのオーナー達が深いため息をついてきていたが、電気だけで81㎞の走行が可能であることも、消費者の切なる願いに向き合ってくれたと感じた。そして、特に強く伝えたいのが、他のハイブリッドでは見られない、デュアルクラッチ・トランスミッションとEVモーターのコンビネーションである。シームレス変速の別次元なスムーズさは、1ページを使って特記したいとまで思っている。VWグループの人材と潤沢なバジェットが成した、巧緻な追求であったと言えよう。

 素晴らしいのだが、冒頭の友人が言ったように、確かに周りを見ても第4世代への興味を感じられない。少し突っ込むと、ベントレー自体への興味が薄い。私はベントレー・コンチネンタルGT第1世代から始まり、アルナージ、SUVのベンテイガ、そしてガレージにいま第3世代が停まっているベントレー好きだ。ベントレーはシックだが、重厚感あるグランドツアラーな走りと、大きなラゲッジスペースが備わっていて、守備が堅い。乗り心地に主軸を置いたテクノロジーを搭載し、ディテールとの調和も良い。それに、ベントレーのカスタマー層が大変よい。VWグループ傘下となり、ベントレーへのエントリーモデルとして投じられたコンチネンタルGTだが、オーナーの年齢層や雰囲気が落ち着いている印象は確かだ。はっきり言うと、BMWグループで生まれ変わったロールス・ロイスほど街でバッティングもせず、威圧感も無い、絶妙に良いポジションだと思っていた。

 友人の言葉が忘れられず、コンチネンタルGT第4世代で、海沿いを流しながら考えてみた。ロールス・ロイスとベントレーを比較してみよう。両ブランドを比べる対象としているのは、お互いがBMWとVWへ枝分かれする前は、同じハードウェアを使い、ブランディングとマーケティングだけで顧客を分けていた、同じ遺伝子の双子だったからだ。それが今は、圧倒的にロールス・ロイスの方が街やゴルフ場でよく見かける。イメージは確かにそうなのだが、ロールス・ロイスと比べ、ベントレーの販売数はほぼ2倍だと聞く。車両価格が違うので単純でないのは承知だが、「ロールス・ロイスより見ない気がする」ということは、ベントレーが目立たないことを炙り出しているのでないだろうか。これは現代消費者の動向として良いことではなく、購買層を馴染みの人に限定させてしまっているだけだ。何もしなかったわけでは無い。ビスポーク部門マリナーの名前を冠した、専用グリルやホイール、内外装デザイン特別仕様車で、購買層を広げようとしたのだろうが、消費者は食いつかなかった。

 いつしか私とコンチネンタルGTは、はるか下に海が見える絶壁の道を走っていた。ベントレーは顧客層も中古車市場の価格も、ロールス・ロイスとは対照的となっているのを、左側の絶壁のせいか、ヒヤリ冷たく思った。こんなに良いクルマなのに、何故なんだろう。ロールス・ロイスの顧客は、なぜベントレーを選ばないのだろう。そして、何人かのロールス・ロイス オーナーに、この質問をぶつけてみたところ、扉が開くように疑問がクリアになり、一つの確信を得られた。彼らの多くは、ゴーストでは購入しなかったが、ブラックバッジの発売により、エクストリームな感度を持つ自分を体現するアイテムとして購入を決めた、と言ったことだ。車両価格が高いことも、限界突破の興奮と達成感になっていた。攻めたラグジュアリーが、若年層へ購買層を広げ大成功したことで、中古車市場でも人気が強く、いま、顧客層が求めている市場を色濃く明確にしたのだ。圧倒的に市場を掴み、他を突き放したロールス・ロイスの後ろをベントレーは追いかけるが、そのベントレーを猛追しているのは、メルセデスAMGのSクラスだ。のんびりしてはいられない。メルセデスと同じ顧客層や価格を競るのは無駄である。両社と比べてもベントレーのハードウェアは秀でている。価格を上げ、機構の新設計と共に全てを刷新し、消費者へもう一段上げたアピールと覚悟をもって、立ち向かう時が来ているのでは無いだろうか。

 そのためには、強い消費者がこちらに向けて抜いた真剣と、真っ向勝負を受けて立たなければならない。その戦いのあと、戦友となった消費者が顧客となり、厚い顧客が育つ。群雄割拠の時代、剣を抜く場所は、自分で作り出さなくては勝てないのだ

Hiroshi Hamaguchi

1976年生まれ。起業家として活動する傍ら32才でレースの世界へ。スーパーGTでの優勝を経て、欧州最高峰GTシリーズであるヨーロピアン・ル・マン・シリーズ2024年度シリーズチャンピオンを獲得。ル・マン24時間出場。フィアットからマクラーレンまで所有車両は幅広い。投資とM&Aコンサルティング業務を行う濱口アセットマネジメント株式会社の代表取締役でもある。

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