カジュアルでいこう

以前に比べて世の中はジャンルを問わずカジュアルになった。

クルマにしてもフォーマルなセダンやストイックなスポーツカーよりもカジュアルなSUVが人気になって久しい。そしてバイクもパフォーマンスより自由を感じさせるファッション性が求められている。しかし世の中がカジュアルになればなるほど、乗っているひとの個性やセンスが表れてしまうのだ。

最後から2番目は軽トラ

文/写真・伊丹孝裕

 この原稿を書き終えたら、羽田から九州へ飛ぶ予定です。阿蘇くまもと空港から南阿蘇のカフェに向かい、そこでスバルのサンバートラックを受け取る約束をしているからです。やりとりはメールだけの個人売買なので、まずは現車確認をしてから、という体ながら、とっくに気持ちは固まっているも同然。こういうことは、勢いと直感任せでよいのです。

 阿蘇から神奈川の自宅までは、1,200キロほどでしょうか。CDはおろか、ラジオも付いていないようですが、新たな愛車とのせっかくの初ドライブです。そのエンジン音をたっぷり浴び、2府12県をまたぐ中で、ただ景色が流れ、時間が過ぎる様をじっと待つのも乙なもの。あれこれ考えごとをしつつ、のんびり帰ってくることにしましょう。

 これで小さなクルマは何台目でしょうか。バイクを積むためのスズキ キャリイに始まり、あとはシロトエンAX、プジョー205GTI、バーキンセブン、日産マーチ、スズキ ジムニーシエラ、VWポロといったところ。ここ5年は、スーパーキャリイと家人用のハスラーの2台体制で落ち着いていましたが、半年前にスーパーキャリイを知人に譲り、物理的にも心理的にも空いてしまった穴をサンバートラックで埋めようとしています。

 大きなクルマにも、速いクルマにも乗りましたが、シンプルで、どうってことのないエンジンを載せたクルマが好きです。したがって、ポロやハスラーは立派すぎるかもしれません。車内は広く、ターボは余裕たっぷりで、おもてなしも行き届いていて、なにごとも起きないからです。

 その点、狭くて遅くてうるさくてぺらぺらな軽トラはいいですね。タイトなのに開けっぴろげで、なんにも隠しごとがないし、隠せない感じ。見栄の張りようも映えの要素もなく、なのに、これほど頼りになる存在もありません。しかもただ普通に転がしているだけで、気分がどんどん跳ねていくのがわかります。お尻も跳ねますが。

 若い頃は、小さなボディの中の小さなエンジンに、ねたみやひがみをぶっ込んでチューニングしていました。AXからマーチあたりまでがそうですね。「安かったから」そんな現実的な購入理由を、ホットハッチとかボーイズレーサー、ライトウェイトスポーツといった、いかにも心意気ありげな言葉でくるみ、国産280馬力やポルシェに突っかかることでなぐさめていたわけです。

 それから四半世紀が過ぎた今、思い出されるのは勝った負けたでは全然ないのです。レブまでぶん回したことよりも、ヒール&トゥを練習したことよりも、雨漏りしたこと、警告灯の一斉点灯が眩しかったこと、いつも車体が傾いていたこと、風切り音のせいで声が枯れがちだったこと。そういう記憶の方がずっと鮮明で、「あれはおかしかったなぁ」と懐かしくも愉快な気分になれるのです。

 バイクは決してカジュアルな乗り物ではなく、わずらわしいことも多いけれど、いざ走り出すと、気持ちをフッと軽くしてくれます。どうもそれに似た感覚を、クルマにも探したくなるようです。すると、やっぱり小さく、簡素で、多少の我慢をともなうクルマになるわけで、ミニやパンダへの想いが常に頭の片隅にありつつも、今の自分には軽トラが最良の選択なのです。

 軽トラに乗っていると、“元ボーイズ”の食いつきがかなりいいです。5MT&4WDだとなおさらで、「欲しい」と言いつつも大体その後に、もう1台クルマが持てるなら、子どもが独立したら、田舎に移住できたら、自分独りだったら……と続きます。抱えている事情はその通りなのかもしれません。しかし、どうやらそれを日常使いする気恥ずかしさも二の足を踏ませるようです。つまり、人の目ですね。

 クルマやバイクに限らずなんでもそうですが、世間からの評価を取っ払って選択すると、とても楽で自由ですよ。周りに誰もいない、そして「いいね」も「すごいね」もない世界です。

 週末の朝は中古のアルトワークスでワインディングをひとっ走り。本当にやりたいことはそれなのに、あれこれ考えて、気にして、SUVで気持ちに蓋をしている場合ではないのです。僕らはみんないい歳ですが、いい歳だから、それほど時間はないわけで、他人の干渉よりも自身の衝動に素直になった方が間違いなくハッピーだと思います。

 ちょっとだけ、ふんぎりが必要かもしれません。でも、そのハードルを越えられたなら、その時も未来にも、よき思い出だけを残せるような気がします。

※ 写真は伊丹孝裕氏が以前所有していたスズキ スーパーキャリィとバンバン200。

伊丹孝裕/Takahiro Itami

1971年生まれ。『Clubman』の編集長を務めた後、マン島TTに出場するため’07年にフリーライターとして独立。国際A級ライセンスを取得後、2010年にマン島TTを完走。2012年~2015年の鈴鹿8耐や2013、’14、’16年のパイクスピークにも参戦した。紙媒体の仕事を辞めたが本誌のみ継続している。

「カジュアルでいこう」の続きは本誌で

最後から2番目は軽トラ 伊丹孝裕
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