青の時間 僕がトライアンフを選んだ理由~近藤正純ロバート

文・伊丹孝裕/写真・長谷川徹

青の時間とは、夜が明ける直前と日が沈み切る前の僅かな隙に現れる青い光に包まれる現象のこと。

太陽が沈むのを見送って夜を迎えてしまう前に、青く輝いていた、あの頃の気持ちを思い出してほしい。青の時間は、よく晴れた日の象徴でもあるのだから。

 『ahead』を創刊した本誌プロデューサーの近藤正純ロバートは、
サンフランシスコで生まれ、ニューヨーク、東京、ロンドンで青年期までを過ごしている。

 アメリカの西海岸と東海岸、そして日本とイギリス。まったく異なる環境に身を置いてきたせいか、そのいずれにも属さない、飄々とした雰囲気を持つ。

 強い熱量を感じさせるタイプではなく、ましてバイクに情熱を傾けるようなイメージはないが、かつてバイクが心の拠りどころとなり、自分を鼓舞してくれたという。

アメリカ→日本→イギリス

 父が海外志向の強い人で、商社に入れば、世界中で仕事ができると考えたようです。実際その願いが叶い、サンフランシスコ赴任時代に僕が生まれた。’65年のことです。やがて転勤でニューヨークへ引っ越し、小学校へ入るタイミングで日本へ帰国。自分ではそんな認識はなかったけれど、40歳のとき母に「日本に帰国したころは、ずいぶんといじめられて、かわいそうだったわよ」って言われました。なぜいじめられたことを覚えてないのかというと、日本語がよく分かってなかったから。傷つくもなにも言葉が理解できないのでスルーしてたんでしょう。親もさすがに心配したのか小学4年生から塾に通わされて、学校の授業はどうにかクリアしました。そしてその間の猛勉強が功を奏して中学受験もなんとかなった。「これならもう平気だな」と思って勉強をしなくなったら成績は急降下。そんな時に父のロンドン駐在が決まったので逃げるような気持ちでイギリスに渡ったんです。

 ところが、イギリス暮らしが始まったら今度は英語を忘れていて授業についていけない。結局ロンドンのアメリカンスクールに通うようになったんです。この時は母から徹底的に英語を叩き込まれました。僕は出生地がアメリカなので米国籍も持っていますが、父や母は日本生まれのれっきとした日本人。とはいえ父は仕事で、母は英文学の教壇に立っていたので、ふたりとも英語が不自由なく使える。僕はといえば、すべてが宙ぶらりんな感覚で、自分のアイデンティティみたいなものがよくわからない状態でした。

 中学生になっていたのである程度は世の中のことが分かるから、「自分は差別を受けているんだな」という意識もありました。それは学校の中だけじゃなくて街を歩いている時も感じたけど、不思議とイギリスを嫌いになったりはしませんでしたね。「イギリス人はシニカルで個人主義」というイメージがありますが、ひと括りにできません。しかしあえて言うなら、すぐに仲良くはなれないけれど、じっくり時間を掛ければ、深く長く付き合える間柄になれる。イギリス人の価値観に惹かれはじめていたんです。

銀行を辞めて出版社を立ち上げる

 高校、大学を経て、就職。このあたりの過程は、ごく普通だったと思います。大きな転機は勤めていた銀行を退職してからですね。退職する3年前まで、銀行の行費でアメリカのビジネススクールに留学していました。MBA(経営学修士号)の取得を目的としていたので周りは起業を目指している連中ばかり。なんでもできるし、やっていいんだと勘違いさせてくれる雰囲気があったのです。

 退職後に何をするのかは他の人に比べると漠然としていましたが、まったく無計画だったわけではなく本を作ることは決めていました。僕の祖父である細田悟一は『一目均衡表』と呼ばれる株式や為替相場のチャートによる分析法を考案した人で、それに関する著作を全部読んでみたんです。すると、そこに書かれていたのは、実務的なことばかりでなく、半分はお金とどうつきあうべきかの哲学が記されていました。それを現代的に分かりやすく仕立て直して出版しようと、企画書を作って20社くらいまわったものの全滅。だったら自分で本を作ればいいと考えて、’98年に現在の会社の母体になった出版社を立ち上げることにしたんです。

 知識も経験もなく飛び込んだので、本の出版にはかなりの資金が必要なことや、販売してもすぐには売り上げを回収できないことを知るわけです。それに聞いたこともない出版社の本なんて、すぐには流通ルートに乗せてもらえません。なので最初は本を直接本屋さんに売り込みに行って店頭に並べてもらうように頼んでまわりました。少数の本をいかに効率よく運搬するか。そんな時にフル活用したのが、バイクだったんです。

 その頃、乗っていたのがスズキGSX1100S、いわゆるカタナです。リアシートに本を積めるだけ積んで縛り、あとはリュックに押し込んで都内を走り回っていましたね。その機動性もさることながら、自分で自分を鼓舞できるツールでもありました。バイクに乗っているときは、仮面ライダーの曲が頭の中を流れてきて「よしいくぞ」という気持ちにさせてくれたんです。免許は銀行を辞めた時に一念発起して取得。もし仕事に行き詰まっても、免許とバイクがあれば、しばらくはバイク便で食いつなげる。あの頃は本気でそう考えていて、そういう意味でも、心の拠りどころになってくれました。カタナには10年近く乗り、いくつかの事情が重なって手放さざるを得ませんでした。平たく言えば、『ahead』を継続するため、お金を作る必要にかられたのです。今にして思えば、さしたる足しにもならない額でしたが、気持ち的にはそれくらい追い込まれていたんでしょうね。それ以来、17年もバイクから遠ざかっていました。

THRUXTON RS Final Edition

車両本体価格:¥2,150,000(税込)
総排気量:1,197cc
エンジン:水冷SOHC並列2気筒 8バルブ270°クランク
車両重量:217kg
最高出力:77kW/7,500rpm
最大トルク:112Nm/4,250rpm
*生産終了モデル

Go aheadの精神

 なぜ『 ahead』を創刊したのか。それは、銀行員時代の思い出が関わっています。90年代の銀行はバブル崩壊の余波で暗たんとしていたんですが、そんな中でも、来月納車される新車の事とか、バイクの自慢話が始まれば、みんな笑顔になっていたのを思い出したんです。だったら暗い職場でも前向きな気持ちになれる雑誌を職場に直接届けたらいいんじゃないか。そんな思いつきからフリーマガジンとしてスタートしました。タイトルは、「一歩踏み出そう」、「前へ進もう」という意味の「Go ahead」から取りました。仕事のちょっとした合間に手に取って、なにかのモチベーションにしてもらえたらと考えたんです。だからインプレやスペックよりもそこに関わる人の想いや生き方にフォーカスしているんです。読者から「背中を押してもらいました」とか「もう一度チャレンジしてみようと思います」なんて言われると本当にうれしい。でもそれは、自分自身にも向けていたんです。

 実はこの6月から、またバイクに乗り始めました。選んだのはトライアンフのスラクストンRS・ファイナルエディション。色はイギリス車らしく、きれいなブリティッシュグリーンです。やはり、いつも心のどこかに多感な時期を過ごしたイギリスがあるんです。「誇り高くあれ、苦しい時でも」というイギリス人の精神に助けられてきたので、イギリス車であることは自分にとって大切なんです。これまでクルマもレンジローバーやジャガーを乗り継いできました。なのでトライアンフという選択は自分の中で自然だったし、バイクに乗ることで、がむしゃらだった自分が呼び覚まされることにも興奮しています。

もう一度 バイクに乗る

 もう一度バイクに乗ろう。そう思うきっかけは昨年の春にさかのぼります。JAIA(日本自動車輸入組合)の試乗会で初めてスラクストンRSを試乗した際、急にカタナに乗っていた感覚を、つまり起業した頃の気持ちを思い出して久しぶりにワクワクしたんです。でも経過した年月は思いのほか残酷で、お腹は出たし、腕力も落ちている。少し走らせただけで、しっかり向き合ってイギリス流に時間をかけて付き合う必要があると分かりました。もっと気楽に乗れるバイクもあるんでしょうけど、それじゃあダメ。これはチャレンジなんだって自分に言い聞かせてウェイトトレーニングを始めました。あの頃と同じように乗りたい。その一心でしたね。調べてみたら、最初のスラクストンは、’64年に製造されてたんです。僕は’65年の早生まれなので、日本的に言えば同学年で60歳になる。それにファイナルエディションということは、これを逃すとチャンスはない、と運命を感じました。

 おそらく、多くの人が、60歳を目前にしたタイミングで人生を振り返ったり、体力的にまだ好きなことができる70歳までの10年をどう過ごすかをイメージすると思うんです。僕の場合、価値観を築くきっかけとなったのがイギリスであり、起業した自分を奮い立たせてくれたのがバイクなんです。それらが、こうしてトライアンフに集約されたのは、きっと意味のあることなんだと思います。バイクって、ただ移動するためのツールじゃないでしょう。いつでもあの頃の気持ちに戻してくれる存在だから妥協したくない。17年ほど乗ってなかったって言いましたけど、どこへ引っ越してもバイク置き場だけは必ず確保していました。冷静に考えると、かなりの無駄な出費だったことになりますが、それが「いつかまた」という気持ちを繋ぎとめてくれたのも事実です。今は、時間がなくてバイクに乗れない日でも駐輪場にいき、車体カバーをめくって「よし、やってやろう」という気持ちになっています。


TRIUMPH Modern Classics
トライアンフ モダン クラシックス

SCRAMBLER 400 X

車両本体価格:¥819,000(税込)
総排気量:398cc
エンジン:水冷単気筒DOHC4バルブ
車両重量:180kg
最高出力:29kW/8,000rpm
最大トルク:38Nm/6,500rpm

SPEED 400

車両本体価格:¥729,000(税込)
総排気量:398cc
エンジン:水冷単気筒DOHC4バルブ
車両重量:171kg
最高出力:29kW/8,000rpm
最大トルク:38Nm/6,500rpm

SCRAMBLER 900

車両本体価格:¥1,365,000(税込)
総排気量:899cc
エンジン:水冷SOHC並列2気筒 8バルブ
270°クランク 車両重量:224kg
最高出力:48kW/7,250rpm
最大トルク:80Nm/3,250rpm

SPEED TWIN 900

車両本体価格:¥1,155,000(税込)
総排気量:899cc
エンジン:水冷SOHC並列2気筒8バルブ
270°クランク 車両重量:217kg
最高出力:48kW/7,500rpm
最大トルク:80Nm/3,800rpm

BONNEVILLE T120

車両本体価格:¥1,679,000(税込)
総排気量:1,197cc
エンジン:水冷SOHC並列2気筒 8バルブ
270°クランク 車両重量:237kg
最高出力:59kW/6,550rpm
最大トルク:105Nm/3,500rpm

BONNEVILLE T100

車両本体価格:¥1,335,000(税込)
総排気量:899cc
エンジン:水冷SOHC並列2気筒 8バルブ
270°クランク 車両重量:229kg
最高出力:48kW/7,400rpm
最大トルク:80Nm/3,750rpm

SCRAMBLER 1200 X

車両本体価格:¥1,862,000(税込)
総排気量:1,197cc
エンジン:水冷SOHC並列2気筒 8バルブ
270°クランク 車両重量:231kg
最高出力:66kW/7,250rpm
最大トルク:110Nm/4,500rpm

SPEED TWIN 1200

車両本体価格:¥1,749,000(税込)
総排気量:1,197cc
エンジン:水冷SOHC並列2気筒8バルブ
270°クランク 車両重量:217kg
最高出力:74kW/7,250rpm
最大トルク:112Nm/4,250rpm

BONNEVILLE SPEED MASTER

車両本体価格:¥1,899,000(税込)
総排気量:1,197cc
エンジン:水冷SOHC並列2気筒 8バルブ
270°クランク 車両重量:264kg
最高出力:58kW/6,100rpm
最大トルク:106Nm/4,000rpm

BONNEVILLE BOBBER

車両本体価格:¥1,899,000(税込)
総排気量:1,197cc
エンジン:水冷SOHC並列2気筒 8バルブ
270°クランク 車両重量:252kg
最高出力:58kW/6,100rpm
最大トルク:106Nm/4,000rpm

近藤正純ロバート/Masazumi Robert Kondo

1965年 米国サンフランシスコ生まれ
1988年 慶應義塾大学経済学部卒
1988年 日本興業銀行入行
1996年 米コーネル大学留学MBA取得
1998年 レゾナンス設立代表取締役就任 現任
2008年 日本カー・オブ・ザ・イヤー実行委員
2012年 日本カー・オブ・ザ・イヤー副実行委員長
2023年 日本カー・オブ・ザ・イヤー執行部

「青の時間」の続きは本誌で

僕がトライアンフを選んだ理由~近藤正純ロバート 伊丹孝裕
スズキが掲げる小・少・軽・短・美 世良耕太
僕はこれからも片岡義男の島に通う 河西啓介


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