編集前記 Vol.21 大鶴義丹のバイク趣味

文・ 神尾 成

今月号の「Point of No Return」(P51)でも触れているが、大鶴義丹氏が1987年型のスズキGSX-R1100Hをレストアしている。

 クランクケースを“割る”エンジンのオーバーホールをはじめ、アルミフレームのバフ掛けや自宅のオーブンで焼いたというチヂミ塗装まで、専門業者に頼らざるをえない部分を除いて基本的にひとりで作業しているという。

 彼は以前のコラムでレストアはバイクを楽しむ遊びのひとつだと述べているが、レストアは誰もが真似できるバイク遊びではない。作業する場所の確保や、これまでの人との繋がりが重要になってくるからだ。まずレストアは整備する場があればいいというだけでなく、バラバラにした部品を保管しておくところや、解体した車両を一定期間放置できてケミカルの臭いや床の汚れに寛容なことが求められる。さらに旧車は車両によって“中身”が違うので、廃番部品の入手方法や噛み込んだボルトの脱着など、緊急事態が発生した際に現実的な対処法を相談できる専門家との近しい関係が必要となる。

 知っての通り彼はデビューして30年を超えるベテラン俳優であり、映画監督や作家でもある。クルマやバイクを映画の題材にしたり、バイク雑誌にコラムを連載しているとはいえ、整備に従事したことはない。普通のバイク好きの芸能人は、愛でるためにガレージを持ち、動画サイトへ投稿するためにDIYのバイク整備を行っているが、彼の本気度はそれらと一線を画す。家の中にレストアする車両を持ち込み、床にビニールマットを敷きつめて日々の空いた時間に作業ができるようにしているのだ。彼にとってレストア作業は、ある意味でバイク趣味の集大成であり、その価値を探求する禅問答のように思える。

 かれこれ20年近く前になるが、油冷エンジンの開発者として知られるスズキの技術者だった横内悦夫さんの自宅を一緒に訪ねたことがある。カタナや油冷の開発話を聞いて、彼は真剣に何度も頷いていた。今にして思うと、あの時に、“Point of No Return”(帰還不能点)を越えたのかもしれない。

神尾 成/Sei Kamio

2008年からaheadの、ほぼ全ての記事を企画している。2017年に編集長を退いたが、昨年より編集長に復帰。朝日新聞社のプレスライダー(IEC所属)、バイク用品店ライコランドの開発室主任、神戸ユニコーンのカスタムバイクの企画開発などに携わってきた二輪派。1964年生まれ59歳。

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