編集前記 Vol.20 夏は心の状態だ

文・神尾 成

aheadは、これまで何度か夏をテーマにした企画を特集してきた。

 そしてその度に片岡義男の小説『彼のオートバイ、彼女の島』のブックカバーに書かれた「夏はただ単なる季節ではない。それは心の状態だ。」という言葉を引用している。この台詞ほど夏という季節の本質的な価値を上手く表現した言葉はないと考えていたからだ。

 しかしいつの頃からか夏を心待ちにすることが単純に良いとは言えなくなってきた。この10年で猛暑日が続くことが当たり前となって、夏が大きく変わってしまったからである。いまさら書くまでもないが、近年の夏の暑さは異常としか言いようがない。これだけリアルに温暖化を突き付けられると、カーボンニュートラルが急務であることを痛感する。さらに今年は例年以上に暑さが続き、猛暑日の記録を更新するのではないかといわれている。夏は命の危険を意識しなければならない季節になってしまったのだ。

 かつて夏は多くの人にとって開放感が溢れる待ち望む季節だったはずだ。最高気温や熱中症を気にすることなく、海水浴や夏祭り、花火大会や夏フェスなど、遊びやイベントを心置きなく楽しめていた。しかし夕立ちがゲリラ雷雨に変わったあたりから、夏の風情がなくなっていったように思う。若かった頃の夏を懐かしく感じるのは、自分たちが歳をとっただけではなく、夏に対して危機感を覚えることになったからだろう。

 とはいえ今でも夏が近づくと、何かおもしろいことが起きるのではないかと期待してしまう自分もいる。それは条件反射的なもので「夏休みを迎えるイメージ」が刷り込まれているのだ。多感な時期に“純粋な夏”を過ごしてきた我々世代にとって、これからも夏は特別なままなのだろう。ちなみに本誌の一番反響が大きかった巻号は『もう少し、夏。』と題した、夏にまつわる過去の記事を集めた2022年7月号(vol.236)だった。やはりOVER50にとって夏という季節は、“あの頃の心の状態”を呼び覚ましてしまうようである。

神尾 成/Sei Kamio

2008年からaheadの、ほぼ全ての記事を企画している。2017年に編集長を退いたが、昨年より編集長に復帰。朝日新聞社のプレスライダー(IEC所属)、バイク用品店ライコランドの開発室主任、神戸ユニコーンのカスタムバイクの企画開発などに携わってきた二輪派。1964年生まれ59歳。

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