State of the Art 桐島ローランド 青の時間

文・若林葉子 写真・淵本智信

aheadの3代目編集長でもあるフォトグラファーの桐島ローランドは、常に時代の最先端を走り続けてきた。

そして今年、葉山に拠点を移してFelicityフェリシティという、これまでにないカフェをオープンさせた。そのFelicityには桐島ローランドならではの遊びの美学があふれている。

 ローリーこと、桐島ローランドが葉山にカフェをオープンするらしいと風の噂に聞いたのは今年の春先だっただろうか。6月に入ったころ、メッセンジャーを通じて本人からカフェのオープンを知らせる連絡が届いた。

 ローリーとの付き合いは2005年からだから、もうかれこれ20年近くになる。私が編集部に入ったころ、aheadの表紙を飾っていたのはローリーの写真だった。ローリーは当時、ダカールラリーを目指していて、前哨戦としてモンゴルラリーに出場するというので、私は「面白そう!」とわけもわからずプレスとしてついて行った。私がラリーレイドという競技にハマるきっかけをつくったのはローリーだったのだ。

 それだけでなく、ローリーが短期間だったがaheadの編集長を務めた際には副編集長としてサポート役を担い、一緒にクルマでスペインとフランスを巡る取材旅行にも出かけた。2010年のモンゴルラリーでは彼は友人と、私は三好礼子さんとそれぞれジムニーで出場し、同じゲル(遊牧民のテント)で寝泊まりしたこともある。

 特別親しいかと言われればそれは分からないが、いまだに縁はつながっている。仕事を一緒にしている時にはぶつかることもあったけれど、彼の裏表のないまっすぐな人柄は信頼に値するし、一度決めたら必ずやり遂げる人並み以上の行動力にはいつも驚かされている。

 最後にローリーと会ったのは確かコロナの前だった。そのときローリーは息子さんと2人でカリフォルニアで暮らすことを計画しており、向こうで家を買い、子どもの学校も探して、あとはもうその日が来るのを待つだけという状況だった。

 「そうなんだよ。息子もそれを望んでいたから留学させたいと思って、準備も万端に整えて、さあ行こうってときにパンデミックが起きて、あっという間にロックダウン。アメリカに行ったとしても、学校の授業はリモートになっていたので行く意味がない。それで計画は中止にしたんだ」

 実はこの計画の前にローリーは2014年に設立した3DCGプロダクションの「AVATTA」を売却して、自らも売却先のサイバーエージェントに合流していた。渡米計画が中止になったことで会社に戻り、今も役員としてサイバーエージェントに所属している。

 結局、元の生活に戻ったとはいえ、少なくとも2年間はカリフォルニアで暮らす心づもりだったから、一度生活をリセットしたいというローリーの気持ちは簡単には消えなかった。

 「やっぱりアメリカに行きたかったんだ。生き直す最後のチャンスかなって思ってたから。向こうで2年間、これまでとは全く違う人生を試してみて、もしかしてそっちが向いてるんだったら、もうアメリカに住んじゃってもいいかなってくらい」

 その思いは東京以外の場所に生活の拠点を探すことにつながった。ローリーは都会育ちだ。昔はは都心で毎日人と会い、毎晩のように外食して、都会の生活を満喫してきた。20代や30代の若い人なら今でも東京は魅力的だろう。でも50歳を過ぎた今、もう東京に未練はなかった。

 しかもコロナ禍を機に、会社もリモートが基本になり、週に1度か2度出社するだけでいい。それならずっと東京に居る必要はない。沖縄か北海道のニセコ、信州の白馬に住むことも考えたが、高齢の母のことを考えると、もう少し近い方がいい。それでたまたまいい物件が見つかったこともあって、お姉さんも住んでいる葉山に引っ越すことになった。

 葉山に越してきて、とてもハッピーだとローリーは言う。「今はAmazonもあるし、仕事以外で東京に行く必要がなくなっちゃった。葉山はちょっとカリフォルニアみたいな感じもある。俺の大好きなマリブという街に似てるんだ。海もあって、山もあって、街からちょうど1時間。バイカーとかサーファーが好んで住むような場所。静かだし、空気もいいし、ストレスがないよ」

 ローリーだけでなく私の周りでも東京から郊外や地方に居を移す人が増えたという実感がある。コロナ禍はいろいろなものを壊してしまったけれど、もし良い面があったとすれば、人々が自分の暮らしを見つめ直したことだろう。

 ローリーは葉山に家を建て、夜は10時に寝て、朝は5時に起きるスローライフを始めた。料理も自分で作るし、家にいる時間が好きだという。

 ただひとつ、葉山に移り住む際に御殿場にあるスタジオも処分したのだが、機材などの入りきらない荷物をどうするかという問題があった。それで近くに倉庫を探していたところ、偶然売りに出されていたのが、「幸福商會」の店舗だった。幸福商會はもともと横浜の本牧にあったクラシックバイクを扱うショップで、20年近く前に葉山に移転していたのだ。

 「最初は倉庫にしようと思ってたんだけど、建物を見たとき、ここはちゃんと手を入れたらステキになるなと直感したんだ。ただ倉庫にするのはもったいないって」

 仲間とシェアしてガレージにする案なども出たけれど、最終的にカフェに生まれ変わることになった。カフェの名前は、“こだわりのコーヒー1杯がもたらす幸せ”と幸福商會にちなんで「Felicity(フェリシティ)=至福、幸福をもたらすもの」 とした。

 ローリーはずっと時代の最先端を歩んできて、特に近年はAIを仕事の中心に据えてきたから、そのカウンターバランスとしてアナログなことをやりたいという気持ちも大きかったのだろう。確かにカフェはもっともアナログといえる事業だ。

 「ほんとうは御殿場のスタジオでカフェをやろうと思ってたんだけど、あそこはあまり人が来ないでしょ。葉山だったらチャンスがあるんじゃないかって。飲食のビジネスはもちろん素人なんだけど、箱物を作るのは得意で自分の家を含めたら6つも作ってきてるしね。ちょっとおしゃれな、日本にあまりないような居心地の良い空間をつくりたい。ここが遊びの起点、出会いの起点になったら楽しいんじゃないかって。もちろんコーヒーがいちばんのコンテンツなんだけど、バイカーだけじゃなくて、サップ、サーファー、サイクリスト、ゴルファー、山登りの人、普通に歩いている人(笑)、みんなが来て、みんなで楽しめればいいって思ってる」

 “遊び”はローリーにとって仕事と同じくらい大事なものだ。遊びは人と人をつなぎ、チャレンジを生み出し、人生を豊かにする。ローリーがダカールラリーに挑戦して完走したのも遊びの壮大な延長に他ならない。だから少し落ち着いたら、イベントも積極的に開催したいと考えている。

 「フェリシティで人を集めて、近くのサーフショップとコラボして、未経験の人たちにサップのツアーを経験してもらったり、Eマウンテンバイク(電動自転車)のメーカーとコラボして、ここを起点に海と山のポタリング(散歩サイクリング)をして最後にカフェでコーヒーを飲んでもいい」 ローリーの頭の中では、いろんな計画が生まれ始めている。

 最近、バイクはどう? と聞いてみると、「もちろんバイクは自分にとって今もすごく大事なものだよ。ただ、少し前に久しぶりにサーキットを走ったら、目がついてこなくて。それがすごいショックで落ち込んじゃったよ」

 そんなローリーが今もっともハマっているのがEマウンテンバイクだ。電動ゆえ、今までなら登れない山も登れる。「ちょうどいい山に登って、ちょうどいい山を気持ちよく下る。今までにない新しい遊びなんだ。音もないし、CO2も出さないからエコだしね。もちろんある程度乗りこなせないとダメ。お尻を滑らせる感覚が分かってないとコケちゃう。とはいえちゃんとしたプロテクターを付けてたらコケても痛くないんだ」

 またフェリシティにはカフェのほかに7台限定のガレージも開設予定だ。メンテナンスできるガレージとしての機能はもちろんだが、それだけではない。Eマウンテンバイクやサーフボード、サップも貸し出してくれるから、ここまでバイクに乗ってきて、ここで着替えて海に行って、海遊びをしたら、帰ってきてシャワーを浴びてコーヒーを飲む。そんな使い方もできる。バイクに乗らない冬の時期は定期的にエンジンを掛けてくれるし、バイクとのツーショットをローリーが撮影するサービスも考えている。

 「いま体調は絶好調だし、すごく元気だけど、俺ももう56歳。すでに終活はスタートしていて、これが最後のベンチャーになるかもしれない。だから自分の全てを注ぎ込んだよ。ステキな空間になったし、三浦半島(葉山町は三浦半島西部)で一番美味しいコーヒーになっているとも思う。三浦半島にはいくつも特徴のあるライダーズカフェがオープンしてるから、それぞれの個性を楽しんでもらえたらうれしい」

 常に直感とセンスで、時代の最先端を走ってきたローリーだ。年齢を重ねたとはいえ、これまで彼のやってきたことを考えると、今のローリーのスタイルは時代の最先端なのだろう。フェリシティで1杯のコーヒーを飲むことは、今の時代の空気に触れることでもあるのだ。

桐島ローランド/ Rowland Kirishima

1968年生まれ。ニューヨーク大学ティッシュ芸術学部卒業後、フォトグラファーとして活動を始める。2007年に初出場ながら、バイクでパリ・ダカール・ラリーを完走。2014年には日本初のフォトグラメトリースタジオ 株式会社AVATTAを設立。2019年から国内大手IT企業の取締役。3代目のahead 編集長でもある。

Felicity

桐島ローランドが建物からコーヒーや食事に至るまで全てをプロデュースしている。コーヒーは“世界一のマシン”を投入し、豆はもちろんラテに使うミルクまで食材にも徹底的にこだわり、ハンドドリップのコーヒーも提供する。店内ではコーヒー豆のほか、イラストの入ったオリジナルTシャツなどのグッズも販売中。
〒240-0115 神奈川県三浦郡葉山町上山口2432-3
カフェ30席。8月3日にグランドオープン。7台限定のガレージは9月~10月ごろ開始予定。
https://felicity.cafe/

Yoko Wakabayashi

OLを経て、2005年からahead編集部在籍。2017年1月から3年半、編集長を務める。2009年から計6回ラリーレイドモンゴルに出場し全て完走。2015年にはダカールラリーにHINO TEAM SUGAWARAのナビとして参戦した。現在はフリーランスで活動しながら、再び、aheadの編集にも関わっている。

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