10年前のことと5年先のこと

10年前のあなたは何をしていましたか。

その時のあなたは、どんな仕事をして何に夢中になっていましたか。そしてどんなクルマやバイクに乗っていましたか。今のあなたは、その頃と何が一番変わりましたか。

これからもクルマやバイクは、あなたの人生を彩っていくのでしょうか。


人生のコーナーを抜けた先に見えるもの

文・河西啓介 写真・神谷朋公

 10年前の自分を思い起こし、5年後の自分をイメージする。今回のテーマについて考えていると、これは自分の人生を相対化するのにとてもいい方法なのではないか、と思えてくる。今の自分をその時間軸の中心に置けば、前後合わせて15年という時間。それは50代以上がメインとなるだろうこの「ahead OVER50」読者にとっては、人生の中でもかなり“いろいろある15年”なのではないだろうか。

 とはいえ、人生は人それぞれだ。一括りにすることはできない。そこでまずは僕自身について当てはめてみようと思う。

 10年前の僕は47歳。40代前半で小さな出版社を立ち上げ、4年ほど経ったころだ。社長兼編集長として毎月クルマとバイクの雑誌を発行し、経営と締め切りに追われて、目が回るほど忙しく働いていた。目の前の仕事をこなし、会社を維持していくことに必死で、10年先のことなど真剣に考えていなかった。いや考えられなかったと言うべきか。だが仕事についても健康についても、特別な不安は抱いていなかったように思う。「なんとかなるだろう」と楽観的だったのだ。いま思えば、それはまったくの驕りだったのだが。

 「人生の曲がり角」とはよく使われる言葉だ。僕にとっての人生の曲がり角は、50歳のときにやってきた。僕はそこにオーバースピードで突っ込み、曲がりきれず大クラッシュした。予てからの出版不況に加え、自らの経営能力の乏しさにより、会社は1年ほどで急激に傾き、あっけなく倒れた。会社も財産もすべて失くし、それまで積み上げてきたはずの自信やプライドも、粉々に砕けてなくなった。人生は赤旗中断を余儀なくされた。

 しばらく無為の時を過ごしたあと、やがて独りで歩み始めた僕は、多くの人に助けられながら少しずつ生活を取り戻し、今はこうして暮らしている。だが10年前のようにシャカリキにアクセルを踏んではいない。以前よりだいぶ速度を落とし、ほどほどのペースで走っている。

片岡義男を旅する一冊。

雑誌『MOTO NAVI』で『片岡義男とオートバイの旅』『片岡義男とオートバイの夏』という2回の特集を企画した河西氏が「一冊ぜんぶ片岡義男作品のことを扱う本をつくりたい」という想いからクラウドファンディングで資金を集めて2021年に発刊した。

 先日、テレビでとある人が「人生のコーナー」と話しているのを聞いて、ハッとした。そうか、“曲がり角”ではなくコーナーなのだと。そう考えるだけで、ずいぶん意識は変わる。果たして僕の人生における、次のコーナーはいつやってくるのだろう。それがいわゆる「還暦」の時期だとしたら、今から3年後だ。今度は人生のコーナーを上手く曲がりたい。

 コーナリングの鉄則は「スローイン・ファストアウト」である。迫るコーナーの曲率を読みながら必要なだけの減速を行い、クリッピングポイントを超えた後、素早くアクセルを開けてコーナーを抜ける。そう考えれば、ここ数年のコロナ禍でさまざまなスローダウンを余儀なくされていたことも、コーナリングのために必要な減速だったのだ、と思える。シフトダウンは決して消極的な行為ではなく、ふたたび加速するための準備なのだから。

 問題は5年後だ。62歳の僕は、還暦コーナーを上手く抜け、また加速することができるのか。あるいは残りの燃料を考えて、アクセルを踏むことをためらうのか。

 若き日の寺山修司は『書を捨てよ、街に出よう』のなかでこう書いている。

 「どうして親父たちが速いものを嫌いなのかと言えば〈あらゆる速度は墓場へそそぐ。だからゆっくり行った方がよい。人生では、たとえサチの葉一枚でも多く見ておきたい〉というのが彼らの幸福論なのだ」

 若いころ、僕らがクルマやバイクに乗りたいと切望したのは、スピードへの憧れだった。速さは「もっと遠く」に行くことを可能にし、たくさんの出会いを生み、自分の可能性を広げてくれるものだと信じていたからだ。

 だが歳を重ねると、次第にスピードを上げるのは辛くなる。ゆっくりと、休み休みでいいじゃないかと思うようになる。寺山修司の言うとおり、行き急ぐことは墓場へそそぐよ、と。それはそれで、決して間違いじゃない。僕だって、どこかでそう思い始めている。だが、ふとこう考えるのだ。僕は自分の人生で、本当にエンジンを全開にして、5速ギアまで入れただろうか。自分に与えられた能力を使い切ったのか。惰性でゴールを目指すのはまだ早いんじゃないか?

 5年後の自分よ、遠くへ出かけているか。たくさんの人に出会い、いろんなものを見ているか。クルマやバイクに乗り続けているか。車輪は僕らの人生に速度を取り戻し、残された時間を輝かせるための大事な武器なのだ。

 アクセルを踏み込もう。スピードを上げて、時の流れにあらがおう。人生のコーナーの先には、きっとまだ見ぬ風景が広がっている。

クラウドファンディングで支援を集め、創刊する新雑誌『クラクション』。創刊号では自動車雑誌『NAVI』が残した足跡を振り返る。編集長は河西啓介、特別編集顧問は鈴木正文がつとめる。プロジェクト開始後28時間で目標額が集まり、年内の発行が決定した。

河西啓介/Keisuke Kawanishi

1967年生まれ。大学卒業後、広告代理店を経て自動車雑誌『NAVI』編集記者に。2001年、バイク雑誌『MOTO NAVI』を創刊。2010年、独立し出版社ボイス・パブリケーションを設立する。2012年『NAVI CARS』を創刊。2019年よりフリーランスとして編集、執筆業を行う。いっぽう音楽アーティストとして2020年にアルバム『ROAD TRIPPER/ROAD TO BUDOKAN』をリリース。各地でライブ活動を行う。
オフィシャルサイト「サスライケースケ」https://sasuraik-suke.com


「10年前のことと5年先のこと」の続きは本誌で

モータースポーツの10年前と5年先 世良耕太
人生のコーナーを抜けた先に見えるもの 河西啓介
還暦前のクルマ好きの揺らぎ 小沢コージ
ホンダ125がアラカンライダーを救う 横田和彦
10年前と5年先の自分 伊丹孝裕


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