濱口 弘のクルマ哲学 Vol.32 EXPERIENCE AMAZING

文・濱口 弘/写真:シャシン株式会社(車両)

ベルギーのスパ・フランコルシャンでレースを終え、私はブリュッセル空港にいた。

 時間に余裕を持って早めに空港に着いた私は、搭乗までの3時間を過ごすビジネスラウンジに入った。チェックインをすると、あきらかにそのラウンジが他と違うことに気が付いた。入り口からソファーやチェア、ラウンジテーブルやモニター、バーエリアと周りを見渡すとそこにはソフィスティケイテットという言葉が最も相応しい、他の空港ラウンジにはない独特の世界観があった。

 ザ・ラウンジ・バイ・レクサスと名付けられたそのビジネスラウンジは、色使い、質感、デザインコンセプトと全てにレクサスの世界観が映しだされていた。この瞬間私の中で試乗した「RZ450e」と、レクサスがカスタマーに提供しようとしている世界観がシンクロしたのだ。一度シンクロすると、その世界に引き込まれるように、私はもっとレクサスブランドの事が知りたくなり、巨大なラウンジを歩き回りながら、内装のディテールやディスプレイアイテムを一つひとつ見た。そして同ブランドの高級ラインアップであるLCやLFシリーズのフロントシートを彷彿させるラウンジシートに座りながら、私はタブレットでレクサスのラインアップの再確認を始めた。

 カー・オブ・ザ・イヤーの選考委員に選んでいただいてからは、今まで以上に様々なクルマに試乗するチャンスに恵まれ、今更ながらにクルマの魅力バリエーションを日々更新している。選考委員になって初めて試乗したレクサスのクルマは、トヨタグループにとって歴史に残る最初のフル電気自動車RZ450eであった。その初感はとても洗練された、よくできたクルマと手堅いものであったが、内装の作り込みや質感、ディテールのフィニッシュなど、車両の価格帯に対してのクオリティは、まさにKaizenの賜物であると感じた。ブラウンのアルカンターラ調のアポストリーを使用していることで、一気にレクサスの世界観へとユーザーを導き、静粛性、発進加速、中間加速とあらためてEVは内燃機構と比較して絶対的なアドバンテージがあることを強く印象付けた。私が思うにEV車両が持っている絶対的なアドバンテージは、走行性能以上に車内空間の快適性をドライバーやパッセンジャーに提供できることだ。これらのアドバンテージは、ブリュッセル空港のラウンジが世界でも稀な世界観を提供していることで、仕事やレースで空港から空港を渡りあるくノマド生活の私の快適度を上げてくれた経験と同じだ。些細なことだが、大きなことなのだ。

 ストレスフリーで快適性を極めたRZ450eは、エンジンの鼓動や排気音、ハンドリングやマニュアルミッションの楽しさがフォーカスされるGRヤリスの対局に位置するかもしれない。「動」と「静」、前者が自動車メディアではフォーカスされることが多いけれど、後者の大切さを50歳が見えてくる年齢になり噛み締め始めている私は、RZ450eで通勤する自分の姿を想像して、その思いと一致した。月曜日の朝、RZ450eで通勤する時間を想像する。休日モードから仕事モードへ切り替え、オフィス街へ向かう緊張感が高まる中、無音の車内で今日のタスクと向き合う。雑音のない時間は現代でなかなか得られない。

 レクサスというブランドは一般的な自動車メーカーではなく、ライフスタイルブランドなのだと認識した。そのツールの一つがクルマなのであり、既に発表されているクルーザーもだが、デザイン住宅や家具のセグメントまで参入してくれれば、レクサスらしいライフスタイルをフルに堪能できる日が来るかもしれない。

 現代社会を生きていくのは容易ではない。利便性や効率化を求めた結果、革新的なモバイル機器は進歩し、仕事や私生活は極限まで効率化されている。与えられる膨大な情報を捌くことに時間は浪費され、自分自身の時間やスタイルがなくなっていく皮肉な現象が起きてる。しかし私がこのレクサスRZ450eに乗っていた時、ブリュッセル空港のラウンジのシートに座っていた時、そこには確かに自分の時間があった。頑張らなくても良い、自然な時間を過ごせた。

 私はまだレクサスというブランドを知らない。知らないが故に、まだ扉を開けてないだけだったのかも知れない。ザ・ラウンジ・バイ・レクサスを通じて私に入ってきたこのブランドに、長く付き合える上質と自分の時間をレクサスが取り戻してくれる未来が見えたところで、私はラウンジシートから立ち上がった。

Hiroshi Hamaguchi

1976年生まれ。起業家として活動する傍ら32才でレースの世界へ。ポルシェ・カレラカップジャパン、スーパーGT、そしてGT3シリーズとアジアからヨーロッパへと活躍の場を広げ、2019年はヨーロッパのGT3最高峰レースでシリーズチャンピオンを獲得。FIA主催のレースでも世界一に輝く。投資とM&Aコンサルティング業務を行う濱口アセットマネジメント株式会社の代表取締役でもある。

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