500万円以上のバイクは必要なのか

文・伊丹孝裕

かつて、1馬力1万円と言われた時代があった。バイクの相場である。

 そんな中、50代以上の世代が直面した最初の破格体験が、ホンダ「VFR750R(RC30)」だったのでないか。’87年8月に登場したその限定モデルには148万円の価格が掲げられ、コストパフォーマンスでは1馬力2万円に相当。それと引き換えに、ストリートで乗る者はレーシングマシンさながらのメカニズムを、サーキットへ持ち込む者はワークスマシンに迫れる可能性を手にすることができた。

 今にして思えば、あまりにもリーズナブルという意味で破格だったと言わざるを得ない。これ以降、一部のレーサーレプリカやホモロゲーションモデルは、200万円、400万円、800万円と上昇。’15年に登場したホンダのモトGPマシンレプリカ「RC213V-S」は、2190万円に達した。

 もっとも、こうしたモデルは価値が分かりやすかった。タイム、順位、ランキングで優劣が計れ、トップライダーが見ている世界をスクリーン越しに重ね合わせることができたからだ。自身のスキルでパフォーマンスを引き出す必要はない。速さを語れるスペックが備わっていればよかった。

 一方で、数字には換算できない、まったく別の価値が与えられたモデルがある。出力や最高速を謳うことなく、ただただそこに在って、他のなにとも比べられない存在だ。なんの縛りもないため、それらを定義する言葉もない。時折現れては世界の数十人から数百人が手にし、ほどなく消えていく。カテゴリーもジャンルもなく、それでも枠組みのようなものがあるとするなら、(下世話ながら)500万円は下らないということだろうか。

MVアグスタ BRUTALE 1000RR ASSEN

車両本体価格:未発表 エンジン:4ストローク直列4気筒 DOHC 16バルブ
総排気量:998cc 車両重量:183kg(乾燥)
最高出力:153kW(208ps)/13,000rpm、*156kW(212ps)/13,600rpm
最大トルク:116.5Nm(11.9kgm)/11,000rpm *レーシングキット仕様

 先駆になったのは、’92年にホンダが発表した「NR」だ。グランプリマシンや耐久レーサーのノウハウを内包しつつも、サーキットのイメージを纏わず、その佇まいは優美さに徹していた。レーサーレプリカとは、先行のレーサーからなにかを間引いたり、なにかの代替で構成されている。言わば過去のおさがりなのに対し、先進技術が詰め込まれたNRは、520万円で手繰り寄せられる未来そのものだった。

 時が経ち、かつてのレーサーレプリカはスーパースポーツと呼ばれるようになった。そして、これはもう、いつの時代も言われてきたことだが、いよいよその性能が行き着いてしまったように感じられる。230psを超えるようなエンジンが、ごく普通にラインアップされ、一般的にはそのデチューン版を担うネイキッドでさえ、優に210psを叩き出す。

 おそらく、このあたりが一種の閾値なのだ。それもあってか、近年はなんのヒエラルキーにも属さず、ましてスピードは競わず、しかし確かなブランドに支えられた、独特の立ち位置のモデルが存在感を強めている。たとえばここに掲載しているいくつかのモデルがそうだ。ただごとではない雰囲気を放ち、バイクのことを知らずとも、人目を引く力がある。その意味でアートの領域と言っていい。

 スーパースポーツとアートなモデルは、それぞれ異なる世界の中で成り立っている。なのに、スーパースポーツ派はアート派につい言ってしまう。「単に高いだけ」、「たいして速くもないくせに」とバイクへの攻撃に留まらず、「単に金持ってるだけ」、「たいして腕もないくせに」と乗り手にもそれを向ける。そして最後は「意味が分からない」でまとめる。ウサイン・ボルトの速さと、パブロ・ピカソの絵を横並びに語り、挙句「あれなら俺でも描ける」とまで口にする乱暴さだ。

KTM BRABUS 1300R EDITION 23

車両本体価格:5,700,000円(税込)
エンジン:水冷4ストロークDOHC4バルブV型2気筒
総排気量:1301cc 車両重量:194kg(乾燥)
最高出力:132kW(180ps)/9,500rpm
最大トルク:140Nm/8,000rpm

 飛行機のファーストクラスには、おそらくそこでしか得られない時間がある。その体験を知った上で、「プレミアムエコノミーがいい」と選択した人の話と、想像だけで「金の無駄。ぼったくり。早く着くわけじゃあるまいし。な、そう思うだろ?」と同意を求めてくる人の話と、どちらを聞いてみたいだろう。ルート66なんてつまらない、外車はすぐ壊れる、モトGPマシンは電子制御で簡単に乗れる……と、なんの体験も持たないまま、勝手に語ってしまう人が多い。

 バイクはそもそも必需品ではない。その中でコストにも効率にも捉われず、他にないものを生み出すというピュアな欲望にタイヤを装着したものが、アートとしてのバイクだ。山間に響き渡るMVアグスタ・F4セリエオロのエキゾーストノート、アヴィントン・コレクターが放つ、路面を掻きむしるような駆動力、スタビリティの概念が変わるヴァイルス・986M2のハブセンターステアリング……。それらは例外なく乗り手の気持ちを鼓舞するものであり、スロットルを開けることが許された経験は忘れられるものではない。その衝撃ゆえ、何年経っても時折ふと思い出し、余韻に浸ることができるのだ。そういう存在を生み出せるブランドの力を、決して甘く見てはいけない。

bimota TESI-H2

車両本体価格:8,668,000円(税込)
エンジン:カワサキ製 水冷4ストローク 並列4気筒 DOHC16バルブ スーパーチャージド
総排気量:998cc 車両重量:207kg(乾燥)
最高出力:170kW(231ps)/11,500rpm、*178kW(242ps)/11,500rpm
最大トルク:141Nm(14.4kgm)/11,000rpm *ラムエア過圧時

Takahiro Itami

二輪専門誌『Clubman』の編集長を務めた後、憧れていたマン島TTに出場するため’07年にフリーライターとして独立。地方選手権を経て国際A級ライセンスを取得後、2010年にマン島TTを完走。2012年~2015年の鈴鹿8耐や、2013、’14、’16年のアメリカのパイクスピークにも参戦した。本誌では「50代にススメるバイク」を連載中。1971年生まれ51歳。

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