マクラーレン・アルトゥーラは過小評価されている。
重量そのものの重心配分、ねじれ剛性に作用する新設計のカーボンモノタブから組成される車体構造と、他社が採用するアルミやスチール構造を、頭では比較すれど体が受け止めるフィーリングで、それは土俵が違うとアルトゥーラが無言で押し返してきた。PHEVシリーズのために開発された新規6気筒エンジンと、フロアに敷かれ更に重心を低くさせた燃料電池は、均整を突き詰め機能していた。これは同セグメントのライバルメーカー車を圧倒する一体感であり、上質な乗り心地のスーパースポーツPHEVだというのに、過小評価されているのだ。
確かに、ライバルとなるフェラーリ296GTBのような車内演出は無いかもしれない。ステアリングのボタンやディスプレイ、パーツ各部を見れば高級イタリア車のように内装コストのかけ方はなされていない。しかし、機能美の中にも最先端のデザインが目に止まる。ディヘドラル・ドアにあるスピーカーのアルミ素材と、ドアの内側を張っているレザーとアルカンターラの切り替えは尖りながらもデザインとまとまりを感じさせ、意図的に他メーカーの内装との差別化を感じる事ができる。それはポルシェのような機能的優先なデザインとも違う、いわばロンドンのケンジントンにあるサーペンタイン・ギャラリーのような近代ブリティッシュ・デザインであり、そこにカビ臭さはない。
冒頭で記した上質な乗り心地については、私がアルトゥーラで最も気に入った部分の一つだ。舗装の悪い道路でも4本のタイヤの表面が路面に吸い付くように、しなやかに前へとクルマを進める。上下方向へのタイヤの動きが柔らかいのに、横方向のグリップは最大限に確保され、また加減速時のピッチやコーナリングのロール姿勢は常に安定していて、そのペアリングは小型のプライベートジェットに乗っているかのようなドライバーエクスペリエンスだ。
また、フェラーリやポルシェが早々にブレーキやステアリングをバイワイヤーに切り替えたの対して、マクラーレンはフィーリングを重視し、ブレーキとステアリングはハイドロリックシステムを維持している。バイワイヤーのシステムは人間のフィーリングを予測した数値でフィードバックをペダルやステアリングを通じてドライバーに送ってくるのに対し、ハイドロリックは直に繋がっている為に、直接的な感覚を得ることができる。まさに、感覚のままドライビングできる部分が意図的に残されていて、私がこれまで運転したクルマの中でも一、二を争うハンドリングのレスポンスである。
内燃機構の燃費効率を向上させることから始まったエンジンとEVモーターの組み合わせも、四半世紀経った今となって燃費向上はさる事ながら、過給機的な役割やトルク排出を100分の1秒でコントロールできることもあって、シフトチェンジやターボラグを消す役割まで担うようになった。かつての急進的改革技術は今や標準と言えるほど普及し、PHEVはプリウスに始まったがSF90、296GTBと消費者から求められる方向へと枝葉を伸ばし、メタモルフォーゼしてきた。このクルマのEVモードの使い方は2パターンだ。静かに走りたい時と、加速時のターボラグを埋めるトルクサポートとして使う事だ。EVモーターの介入は電池ゲージで使用側か充電側かにメーターが振れていることでわかるが、ターボやスーパーチャージャーよりも細かくパワーを供給できるために、メーターパネルを見なければ正直EVサポートのオンオフはわからない程にこなれている。この魅力から目が逸れてしまうほど、680馬力という数字だけを追いがちで飽きやすいカスタマーを惑わせるが、公道で使いきれない馬力を追うことがこのクルマの目標ではない。
アルトゥーラでのロングドライブの帰り道、このクルマを迎え入れるために私のガレージから1台入れ替えるとしたらどのクルマだろうか、と考えた。自分でも意外だったのだが、ベントレーコンチネンタルGTスピードが浮かんだ。GTスピードは12気筒で全輪駆動、全輪舵を持つ万能でワン・オブ・ザベストな長距離移動のグランドツアラーなのだが、それを持って余る魅力と実利がこのアルトゥーラにはあった。 私はこのクルマの孤高と純直さを1人でも多くの人に伝えたい。まだ10年ちょっとしか歴史がないマクラーレンの量産車は、リセールバリューやSNS映えは期待できないかもしれない。しかし妥協の無いエンジニアリングは、必ず人々の心を掴むときが来るであろう。そう思いながら、私は今回撮影の為に拝借した広報車の返却前に、マクラーレンのディーラーに寄りアルトゥーラをオーダーした。
Hiroshi Hamaguchi