スズキのニューモデル「GSX-8S」に乗り、御殿場から箱根へ向かうタイトなワインディングを登っていた。
エンジン回転数は上げ気味に、そして出力特性が変化するSDMS(スズキドライブモードセレクター)は最もダイレクトなAを選択し、右へ左へと切り返していく。車体をリーンさせる時の手応えは重くも軽くもない。入力した分だけ挙動が起きるほどよいところにあり、バンク角の浅深にかかわらず、リアタイヤからグングン旋回力が増していく。ナチュラル、リニア、スムーズ。そうした表現の手本のようなハンドリングが与えられ、スロットルを大きく開けると小気味よいトラクションが連動する。
フロントマスクもサイドシュラウドも、その造形はいかにも鋭い。否が応でも気分はアグレッシブなものとなり、そうでなくともスポーツバイクの象徴でもあるGSXの名を引き継いでいるのだ。どうしたって、右手には力が入る。
そうやって、コーナーをいくつもクリアしているうちに、トルクのピークがふたつあることに気づいた。ひとつは7,000rpmあたり。もうひとつは5,000rpmあたりだ。最初は高回転側をキープしていたが、一段下にも力強い領域が用意されていて、そこを意識して走らせるのがまた楽しい。3,500~5,000rpmあたりの狭いゾーンでタコメーターを行き来させるには、SDMSをマイルドなBに切り替えておくとリズムが掴みやすい。ギヤを引っ張り、スロットルのオンオフで走れる7,000rpm付近と違ってシフトアップもダウンも俄然忙しくなるが、集中力とラインの精密さを試されているような感覚が心地いい。そこにはかつてのスポーツシングルにも似たツウな醍醐味があり、4気筒を主体とする多くのGSXシリーズとは一線を画する。
なにかにつけて、意味や意義を欲しがるのがOVER50世代かもしれない。本誌の企画でも、しばしば「~~とはなにか」「~~の理由」といったタイトルがつけられ、書き手は原稿を通して、その存在や現象を体系化しようとする。
今回、GSX-8Sに乗る前もそうだった。予備知識として、新開発の並列2気筒エンジンが与えられていることは知っている。すると、ついその歴史を振り返りたくなるのだ。スズキが、4ストロークの並列2気筒を実用化したのは「GS400」(’76年)が最初である。その後、大型モデルとして「GR650」(’83年)が登場し、近年では「GSR250」(’12年)や「GSX250R」(’17年)、「Vストローム250」(’17年)といった250㏄モデルが躍進。時代が巡って再びこの形式に注目が集まり……という流れを解説したくなる。
あるいは、車名にフォーカスして、その変遷を辿るパターンもある。「GSX」の名はスズキの大きなブランドだが、そこに続く文字は、数字のみだったり、R/F/X/Sなどのアルファベットだったり、それらの組み合わせだったり様々だ。ただし、「GSX+数字+S」の並びとなると、’82年の「GSX1100S/750S」(いわゆるカタナだ)に限られ、バイク史に大きな足跡を残している。ハイフンの有無はあれど、その文字列がGSX-8Sの名の元で復活したことに、なにか意図はあるのか。たとえばそんな切り口だ。何年になにが出て、そこからあれが派生して……と絡み合った系譜を紐解き、なんらかの規則性や継承性の中で安心し、カテゴライズしたい世代が我々である。
GSXとはなにか。並列2気筒躍進の理由とは。ワインディングを往復するさなか、しばらくそんなことを考えていたものの、いつの間にかすっかり忘れていた。モデルの出自を気にしたり、ましてそれが正統か、変異種かなどは些末なこと。
GSX-8Sの中に、スズキが培ってきた膨大なノウハウが込められていることは間違いないが、そうした歴史やスペックに捉われることなく、誰もが気負いなく走り出せるモデルとして存在する。スリムで軽量なボディ、ポップなカラー、一見してフットワークのよさを感じさせるスタイル。それらは新しい層に歓迎されるに違いなく、同時に重苦しいしがらみや蘊蓄から、高回転高出力の4気筒こそが正義と信じてやまない意識から脱せる軽やかさがある。
GSX-8Sのデザインと、そのエンジンから伝わってくるのは、新しいスズキ像だ。何年か先に振り返った時、ここがひとつの分岐点になるように思う。
SUZUKI GSX-8S
エンジン:水冷4サイクル2気筒/DOHC・4バルブ
排気量:775㎤ 車体総重量:202kg
最高出力:59kW(80PS)/8,500rpm
最大トルク:76Nm(7.7kgm)/6,800rpm
Takahiro Itami