クルマやバイクのデザインは、昔の方が良かったとよく言われるが、今のデザインは以前より本当に劣っているのだろうか。
厳しくなった安全基準や環境規制がクルマのデザインの自由度を奪っていると聞く。またマーケティングやブランディング、さらに過去のデザインの呪縛も、新たなカタチを生み出す上での縛りになっているかも知れない。
今回は現代におけるカーデザインについて考えてみたい。
2007年秋、第40回東京モーターショーの会場において、「The Art Of Engineering」をコンセプトに掲げたヤマハは複数台の試作車を展示していた。その中でひと際目を引いたモデルがサクラだった。保安部品をいくつか装着するだけで、すぐにでも走り出せそうなほど完成度は高く、市販に近い状態と思われていたにもかかわらず、あれから10数年が経過した今も花が咲く気配はない。つぼみのままのそれは、正式名称を「XS-V1 Sakura」という。
その車名はヤマハ初の4ストロークモデル・XS-1(’70年発売)に由来するもので、オリジナルが650㏄のバーチカルツインをダブルクレードルフレームに搭載していたのに対し、サクラは1000㏄のVツインをダイヤモンドフレームで懸架。車体各部は桜さながらの淡い紅色で包まれ、日本人の琴線に触れる優美なたたずまいを備えていた。
サクラが初披露されたショーは、時代背景的にいいタイミングだった。というのも、その数年前からネオクラシック路線に注目が集まり始めていたからだ。例えばドゥカティはスポーツクラシックシリーズで70年代を、トライアンフはスクランブラーで60年代をイメージさせるモデルを積極的に展開。エンジン形式的に見ても、ハーレーやBMWのツインがビッグバイク市場の上位を占めるなど、様々な条件がサクラをリリースするための追い風になっているとしか思えなかった。実際に東京モーターショーの後もいくつかのイベントや美術館で展示され、評判は上々。ところが、いつしかその姿を見かける機会が減っていったのである。
そんな折、特集の取材のため、GKダイナミックスを訪れた際に社内の一室でバッタリと再会。華やかな色合いと華奢な印象は今見てもなんらあの頃と変わらず、流麗そのものだった。
サクラに込められたのは「和」のテイストに他ならないが、もっと言えば花鳥風月の世界観ではないだろうか。切り絵にも似たブレーキディスクのデザインや車体色は花そのものを模したもので、大きくプルバックしたハンドルは鳥の翼。燃料タンクやエンジン、エキパイの形状によって風のイメージが表現され、円もしくは半円で形作られたライトやメーター類は月に見立てられたもの…と、そういう徹底した日本らしさだ。
そうした美意識の一部はXSR900の中に引き継がれているものの、やはりそれだけでは物足りない。サクラを静かで動かない造花のまま、永遠に留めておくのではなく、スロットルを捻り、その時に得られる鼓動やサウンド、匂いを体で感じたいと思う。
「CAR&MOTORCYCLE 現代デザイン考 archives」の続きは本誌で
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