Harley-Davidson Pan AmericaTM 1250
エンジン:水冷4ストロークDOHC4バルブV型2気筒
排気量:1,252cc 車両重量:245kg
最高出力:112kW(152PS)/8,750rpm
最大トルク:128Nm/6,750rpm
ハーレーが今、変わろうとしている。自由の国と謳われるアメリカの象徴的な存在であるハーレーが、なぜ変化しようとしているのか。
セレブからアウトローまで誰もが憧れるブランドであり、大型バイクのイメージリーダーと言っても過言ではなかったハーレーダビッドソンの変革に迫ってみたい。
ハーレーダビッドソン ジャパン
社長 野田一夫 インタビュー
古くからある海外のバイクメーカーのほとんどは、アイデンティティと呼んでも過言でないほど、ひとつの形式のエンジンだけを製造してきた。とはいうものの、開発費用や生産コストを抑えるために他の形式のエンジンを作って来なかったというのが実情だと思われる。
しかし経済不況や環境保護、日本の4メーカーの多種多様なエンジンラインアップへ呼応するように、どこのメーカーもエンジン型式を増やさざるを得なくなってきている。トライアンフは、復活して早々に水冷3気筒エンジンを手がけ、BMWは水冷直列4気筒を皮切りに単気筒や6気筒など、多彩なエンジンを作るようになった。現在では、ドゥカティもV型4気筒エンジンをV型2気筒と同様に主力にしつつある。
ハーレーダビッドソン(以下HD)は、60年代に単気筒エンジンを生産していたこともあるし、第二次世界大戦中には、BMWを模した水平対向エンジンを作ったこともあったが、空冷45度V型2気筒エンジンこそが、HDの歴史であり、伝統であることに異論を唱える人はいないだろう。それ以外の形式のエンジンが載ったバイクなどHDではない、というファンも少なくない。
しかし2015年には、主にアジア諸国をターゲットとした749㏄水冷60度V型2気筒エンジンがお披露目され、その前年には電動モーターを搭載した『ライブワイヤー』が開発中であることが発表された。
’18年の中長期決算発表では、ライブワイヤーモデルの拡充と新開発エンジンとなる1,252㏄水冷60度V型2気筒の『レボリューションマックス1250』が発表され、これを搭載するアドベンチャーモデル『パンアメリカ1250』とコンセプトモデルのストリートファイター『ブロンクス』を公開した。
先だって行われたパンアメリカ1250の国内試乗会の直後には、同じレボリューションマックス1250を搭載する『スポーツスターS』がオンラインで世界同時公開され、日本では実車もお披露目された。
「ハーレーダビッドソンには、イメージの刷新が必須です。20年前で止まってしまっているブランドをアップデートしなければなりません。方向性を変えるのではなく、拡張しながら、絶対的なブランド価値を上げていくことが必要なのです」
そう話すのは昨年12月にハーレーダビッドソンジャパン代表取締役に就任した野田一夫氏だ。
野田一夫 Kazuo Noda
HDは日本の輸入車販売台数で圧倒的なトップの座を築いていたが、年々落ち込んできている。日本自動車輸入組合の統計では、’11年度のHDの販売台数は6,645台でシェアは60.9%だったが、’20年度では7,846台と台数は伸びているもののシェアは36%まで下がってしまった。市場が1万909台から2万1,789台と倍増したにも関わらず、HDのシェアは半減したのである。
「20年前まではHDが提案するコンセプトはファッショナブルでクールでした。しかし競合他社も同じような展開をかけるようになってきたのです。しかし訴求できることはまだたくさんありますし、お客様のニーズに合わせてコンセプトをアップデートしていかなくてはなりません」
かつて〝いつかはハーレー〟という図式があった。戦後日本に文化を持ち込んだのは、ヨーロッパではなく、アメリカだったこともHDのブランド力を高めた一因だろう。オーナー曰く「ハーレーはバイクではなく、ハーレーなのだ」と言わしめるほど確固たる地位を築いてきた。
だがそれは少しずつ崩れてきている。バイク乗りには元来、人とはちがうことをしたがる習性がある。HDが強固な地盤を築けば築くほど、そうした人も増えていく。HDへのステップアップの地盤であった〝和製アメリカン〟が廃れ、SRなどのストリートバイクがその素地となったあたりから、彼らの目標はHDからトライアンフなどに移り変わっていき、HDにステップアップすることを拒んでるようにすら見える。
しかしHDの美点は文化的背景だけではない。実利的な一面として、まずHDは足つきが良い。そしてスポーツバイクのように速度に依存する必要もなければ、コーナーを攻める必要もない。基本的に、乗り手にライディングスキルを求め過ぎないので、スピードやライテクのヒエラルキーはない。全てが平等で自由だ。むしろゆったりと走ることがHDの定義だとも言える。さらにはバイクを操ることなど二の次といわんばかりのカスタムカルチャーを構築した。それは世界的なカスタムバイクのムーブメントの流れともマッチ。バイクライフの充実を拡張する販売戦略となった。バイクという機械を売るのではなく、HDのある生活を提供し、販売してきたのである。
しかしこの数年、そのパイを奪い取ろうと他社がHDのお家芸を模倣しはじめた。それは〝ネオクラシックブーム〟という世界的な潮流となり、HDを圧迫した。もちろんそれに呼応してHDの人気が再燃した側面もある。だが、〝ハーレー的バイク〟が増えてしまい、HDを脅かした影響のほうが大きいはずだ。’18年中長期決算発表でのラインアップ拡大は、そうした苦境を乗り越えるための変革だと思われる。それが野田社長が言うアップデートであり、方向性の拡張のひとつだ。
もっと直接的にいえば、「空冷で45度のVツインこそハーレーだ、それ以外のエンジンはハーレーではない」、といった固定観念はもはや古い。エンジン形式はもちろん内燃機であることにも囚われず、乗り手がそれぞれにバイクライフをカスタマイズして謳歌できることこそがHDである。そういう拡大だ。
「絶対的なブランド価値を上げることが必須だと考えています。パンアメリカ1250とスポーツスターSはそれを実現できるニューモデルです。日本でのパンアメリカ1250の実車の初展示を、『そごう横浜店』の紳士服売り場で行ったのもそのひとつです。すでにHDを選んでいただいているお客様やバイクを趣味にしている人に向けたプロモーションも大切ですが、いまバイクに乗っていない方々に向けてHDのブランドを伝えていくことも重要だと考えたのです」
前述したとおり、輸入二輪車の販売台数は倍増している。コロナ禍の影響で、感染しにくい趣味としてバイクが再認識されているという点もあるだろう。新規ユーザーを獲得するには、今の世情とHDの新基軸ニューモデルは相性が良い。
LiveWire
「スポーツスターSも、新しい歴史のはじまりを象徴するモデルです。今までバイクに乗ったことがない方やHDに興味のなかった方に、まず見ていだきたい。HD販売店の特徴として、アメリカ文化やHDに対して本気でリスペクトし、それを楽しんでいるスタッフが多いことがあります。SNSでの情報発信にも積極的で、近頃では、SNSを見て店長に会いに来たという方もいらっしゃると聞いてます。ぜひご来店いただいて、そうした販売店の空気を直に感じていただきたいですね」
野田社長はクルマとバイクの日本法人を渡り歩いてキャリアを重ねてきた人物である。アウディ、BMW(四輪)、トライアンフで、それぞれの変革期を経験してきた。そのキャリアから見ても、日本におけるブランドイメージのアップデートは得意分野だ。いまのHDを率いる人物として適任者だろう。
「個人的な話になりますが、最初はHDジャパンからのオファーを受けるか否かを迷っていました。死ぬ間際に後悔しないかを考えたら、やるべきだと思えたのです。やり甲斐は十分ですし、アイデアはまだまだあります。世界中が混沌としている今だからこそ、ビジネスマンとして、もうひと勝負してみたくなったのです。やはりHDにとって北米市場が第一ですが、日本は文化成熟度が高く、4メーカーのお膝元ということもあって、重要な市場なのです。既存のお客様と新規のお客様の比率は、今のところ7対3ぐらいですが、最終的には5対5にしていくつもりです」
HDの変革の要因を二輪車市場という狭い視野からアメリカという国へ拡げるとまた違ったことが見えてくる。それは9・11とトランプ大統領の誕生だ。どちらも想像できなかったこと、起きるはずがないと思っていたことだった。しかしどちらも現実となった。
100%確定した明日などない。完璧に予測できる未来もない。どんな強者であろうが、ある日突然叩き落とされて弱者となる。アメリカとHDはその現実を強烈に突きつけられ、変容を余儀なくされてきた。しかしこんなときだからこそできることがある。
Harley-Davidson SportsterTM S
エンジン:水冷4ストロークDOHC4バルブV型2気筒
排気量:1,252cc 車両重量:228kg
最高出力:-
最大トルク:125Nm/6,000rpm
※写真は全て米国モデル