スポーツカーであれ実用車であれ、クルマはタイヤの能力を超えて力を出すことはできない。
目一杯ブレーキをかけているときにハンドルを切っても、タイヤは止まることに能力を使ってしまっているので、曲がる余力は残っていない。ブレーキをかければ荷重は前に移動し、加速する際は後ろに移動する。また、カーブを曲がる際は外側に荷重が移動し、内側のタイヤよりも大きな力がかかる。
タイヤの能力は荷重に比例するため、大きな荷重がかかるとタイヤの能力は高まる。といってたくさん仕事をさせすぎると能力の限界を超えてしまうので、ハンドルを切っても曲がらないといった現象につながってしまう。
走行状況に応じて力を振り分け、タイヤの能力をバランス良く最大限に引き出すような使い方をすれば、いざというときに安心だし、ドライバーの思いどおりにクルマが動くようになる。そのように制御する技術を三菱自動車は「4輪運動制御技術」と呼んでおり、AWC(オールホイールコントロール)と総称している。AWCの思想を初めて持ち込んだのは、’87年のギャランVR-4だった。
’88年に三菱自動車に入社した澤瀬 薫さん(EV・パワートレーン技術開発本部 チーフテクノロジーエンジニア 博士(工学))は、ギャランVR-4で取り組み始めたAWCの技術を受け継ぎ、進化させている中心人物である。VR-4の技術はのちにランサー・エボリューション・シリーズに引き継がれ、’07年のランサー・エボリューションXで、それまで別々に動いていたシステムを統合制御するS-AWCに進化した。’13年のアウトランダーPHEVは、フロントとリヤに独立したモーターを搭載したツインモーター4WDとし、技術が一段上のステージに上がった。その最新事例が、10月15日に予約注文の受付を開始したエクリプスクロスPHEVである。ツインモーター4WD方式のPHEVをアウトランダーから引き継ぎ、車両運動統合制御システムのS-AWCはさらに進化している。
4WDをスポーティに走るためのツールに留まらせておくのではなく、安全で快適なドライビングのために活用するのが、三菱の特徴だ。電動化もそう。環境性能のために採用するだけではなく、モーターが持つ応答性の高さと制御自由度の高さを、「理想の走り」を追求するために活用している。
「他社と違うことをやるのが三菱自動車のDNAだと思っています」と澤瀬さんは話す。「私の時代や私の先輩が入社したころ、自動車会社は花形で学生に人気がありました。そんな状況でトヨタでも日産でもホンダでもなく三菱を選ぶって、よっぽど変なヤツです。変なヤツというのは、大きな会社を見返してやろうという反骨精神を持ったヤツと言い換えてもいいかもしれません。人と違うものを開発して世間をあっと言わせてやろうという気概が、開発陣には強かったように思います」
アンチ主流派だった澤瀬さんは、三菱を含めて就職先のターゲットを2社に絞り込んだ。就職活動の末に三菱を選んだ決め手は、キラキラ光るLEDだった。
「リクルーターの先輩に京都のエンジン工場につれていってもらいました。そのときにその先輩が大学まで研究車両のスタリオンに乗ってきたんです。助手席にキラキラとLEDが光る箱が載っていて、『これは試作品のコンピューターだよ』と言うわけです。三菱ではこんな自由なことできるんだ、とだまされまして……」
三菱がラリー競技で活躍していることは知っており、4WDシステムの要であるセンターデフに関し、機構学の観点から興味を抱いていたというベースはあった。
入社して驚いたのは、エンジンや車両運動など、クルマにまつわるあらゆる領域で基礎の研究にとことん取り組んでいたことだという。それに、ベテランのエンジニアが若手と対等に議論することに驚いた。先輩風を吹かさないのだ。
「いまの私と同じくらいのベテランエンジニアが、新入社員の私と対等にディスカッションしてくれるのがうれしかった。当時はそういう雰囲気のなかで、世界初、日本初を目指すんだというムードで開発に取り組んでいました。その当時を思い出し、いまの若い人に対して同じように接しなければいけないなと思っているところです」
4WDは三菱の歴史そのものといってよく、生産は’53年のジープでスタートした。当時の4WDは、通常は2WD(FR)で走行し、悪路を走る際はいったん停車してトランスファーレバーの操作で4WDに切り換えた。前輪と後輪が直結するパートタイム式である。’80年に発売したピックアップトラックのフォルテは、独自に開発した直結型サイレントチェーン付きのパートタイム式4WDで、のちに発売されるパジェロやデリカの先駆けになった。
使い勝手を考えた場合、停車してレバーを操作し、2WDから4WDに切り換えるのは面倒だ。その煩雑さを解消した技術が、センターデフを用いたフルタイム4WDである。’86年に発売したミラージュ/ランサーワゴンが、三菱のフルタイム4WD第1号となった。
’87年のミニカでは、ビスカスカップリングユニット(VCU)を用いたオンデマンド式4WDを投入している。通常走行時は22WD(FF)で走行し、前輪のスリップを検知したら後輪にトルクを配分して4WDにするシステムだ。このオンデマンド式を電子制御化し、積極的に前後のトルク配分を制御するのが、アウトランダーやエクリプスクロスの4WDである。
「ジープの時代は経験的に、すべりやすい路面では4WDがいいことを理解していました。のちにクルマがどんどんハイパワーになってくると、2輪駆動ではタイヤの能力が足りなくなるので、伝達能力を高めるために4WDにする発想になっていきました。三菱はラリー参戦の経験からも、4WDの必要性を感じ取っていました。’85年頃には、直結4WDはクセがあるので、センターデフ式を含め、オンロードをうまく走れる4WDの必要性について議論しています」
80年代初頭頃から、三菱では車両運動の技術に関してさまざまな検討がなされていたという。その研究の成果を反映したのが、ギャランVR-4だった。VCU付きセンターデフ式4WDに加え、後輪操舵の4WS、4輪ABSを搭載し、AWCのコンセプトを具現化した。ギャランの2WD(FF)仕様であるVXには、油圧ダンパーのかわりにエアシリンダーを設け、旋回時には外側輪を高圧にし、内輪側を低圧にすることで旋回時の車体ロール角を低減するアクティブECSを設定していた。アクティブサスペンションの一種である。他社と違うことをやろうとする三菱の真骨頂だ。
’88年に入社した澤瀬さんは、’92年にデビューすることになる2代目ギャランVR-4(ギャランとしては7代目)が搭載するセンターデフの設計を任された。
「電子制御前後駆動力配分のクルマを世に出すので、ついてはセンターデフを設計しろと指示されました。入社してすぐです。そこがまた三菱自動車のおもしろいところで、大きな会社ではないので、新人にもそういう大きな仕事を任せてくれたのです。しかし、ワクワクはしたものの何をすればいいんだろうと……」
澤瀬さんは、駆動力を前後に配分する機構を考える前に、前後に駆動力を配分するとどんないいことがあるのか整理することにした。その結果わかったのは、旋回性能とトラクション性能の両立が図りやすくなることだった。それには、ベースをリヤ配分にしたほうが理論的に有利なこともわかった。こうして2代目ギャランVR-4は、電子制御多板クラッチで前後駆動力配分を制御する4WDシステムを搭載することになった。
「そんな開発をしているうちに、前後駆動力配分よりも左右の駆動力配分をしたほうが、もっとクルマの旋回性能の味つけが変えられるという話になり、左右の駆動力を配分するメカニズムを考えることになりました」
澤瀬さんらの開発はアクティブ・ヨー・コントロール(AYC)として結実し、’96年のランサー・エボリューションIVに搭載された。後輪左右のトルクを移動することによって、ヨーモーメント(クルマが重心点を中心に自転する力)を作り出すシステムだ。AYCの効果によって、曲がる能力を積極的に制御できるようになった。エンジンやトランスミッションを積んだフロントにトルク移動をさせるシステムを搭載するのは難しいので、フロントはブレーキ制御によってモーメントを作ることにした。ブレーキAUCは’07年のランエボXで初めて投入された。
4WD、AYC、ブレーキAYCを個別に制御するのではなく、トータルで制御して、ドライバーの意のままに動く理想の走りに近づけるのがS-AWCだ。前述したように、アウトランダーやエクリプスクロスのPHEVにもS-AWCを適用している。
「地球環境のことを考えると、電動化は避けて通れません。しかし、三菱が出すクルマなので、電動化しても面白くなければなりません。ただの移動手段ではお客さまに選んでもらえない。選んでいただくには付加価値が必要で、それがS-AWCだと思っています。クルマに乗って遭遇するどんな環境下においても安心して走るには、自分が思ったとおりにクルマが動いてくれることが大切です。それができるのがS-AWCで、高応答で制御自由度の高い電動化によってうれしさが増します」
電動化は三菱らしさを生かす強力な武器になっている。「エンジニアとして興味が尽きない装置を考えちゃったな、というのが最近の感想です」と澤瀬さん。三菱にしかできないことに関し、当分ネタ切れの心配はなさそうだ。
三菱自動車 本社ショールーム
〈info〉
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ジープ(1953)
ミラージュ(1987)
ギャラン VR-4(1987)
ランサーエボリューションⅣ(1996)
ランサーエボリューションⅩ(2007)
アウトランダーPHEV(2013)
エクリプスクロスPHEV(2020)