クルマやバイクの“らしさ”を求める トヨタ直列6気筒&スズキGSX-R

写真・長谷川徹/RIDER・神尾 成
撮影協力:ARAI HELMET/HYOD PRODUCTS/JAPEX(GAERNE)

現在のクルマはコンピューターを始めとした技術の進化によって、気筒数やエンジンの形式、排気量の違いまでもが感じ難くなってきた。

味付けが自在になったといえば、ある意味でポジティブだが、エンジンの個性が失われていくのは忍びない。

バイクにおいても求める方向が近ければ、似たようなバイクが生まれてくるのは当然だろう。

しかし道具としてではなく、趣味としてクルマやバイクを味わいたい人間にとっては、エンジンの個性やバイクのアイデンティは大切にしたい。

個々が埋没しそうになるご時世だからこそ、クルマやバイクには“らしさ”を期待してしまう。

GSX-Rは究極のストリートバイクだった

文・伊丹孝裕

 「これこれ、この感じ」

 GSX-Rにまたがって走り出すと、いつもそんな風にホッとする。特別シート高が低いわけでも、前傾姿勢が緩やかなわけでもない。それらはきちんとレーサーレプリカ的、今で言うところのスーパースポーツ的でありながらトガッたところがなく、すんなりと身体に馴染んでくる。クルマで言えば見切りがよく、車体のサイズや挙動が手に取るように分かる、あの感覚だ。

 GSX-Rはあくまでもその雰囲気が楽しめるレプリカであり、レーシングマシンの領域に踏み込み過ぎることなく寸止め。いつの時代もストリートに軸足が残されていた。多くのレーサーレプリカが出ては消え、車名が残ってもいつの間にか方向性が変わっていくことが珍しくない中、GSX-Rの名が35年以上も継承されているのはそれが理由だ。

 間口が広い、敷居が低い、懐が深い、実用性が高い。表現は色々とあるものの、「いかに扱いやすいか」に注力し続け、ラップタイムやパワーに特化して開発されたことは一度もない。ユーザーはそこに親しみを覚え、選んできたのである。

 特に現行のGSX-R1000Rと、それを取り巻くいくつかのライバルマシンと比較すれば一目瞭然だ。例えばヤマハは、’15年にYZF-R1/R1Mをフルモデルチェンジした際、開発テーマを「ツイスティロード(=ワインディング)最速」から「サーキット最速」へと明確に方向を転換している。ホンダも同様で、長らく「Total Control」というキーワードの元、リニアリティを全面に押し出してきたスタンスを一転させた。’20年型のCBR1000RR-Rのリリースには「Born to Race」の文字が躍る。

 無論これらはひとつの正義であり、魅力だ。実際、YZF-R1はデビューイヤーからこれまでの間、全日本ロードレースと鈴鹿8耐を4度ずつ制覇。CBR1000RR-Rは量産市販車としては圧巻の218psもの最高出力を公称するなど、それぞれのコンセプトにふさわしい、評価されるべき数字を残している。

 反面、それを扱うライダーのレベルが絞られたのも事実だろう。一定のスピードレンジ、一定の荷重レベルに到達していないと掴みどころがなく、操っている実感が希薄になりがちなのだ。GSX-R1000RとCBR1000RR-Rのスペックを比較すれば、それがよく表れている。

■GSX-R1000R
キャスター角 23.20度
トレール量 95mm
ホイールベース 1,420mm

■CBR1000RR-R
キャスター角 24.00度
トレール量 102mm
ホイールベース 1,455mm

 このようにGSX-Rのキャスターは立ち、トレールとホイールベースはグッと短い。つまり機動性を重視したディメンションが与えられている一方、CBRのそれは安定方向に振られている。これだけ聞くとGSX-Rの方がレーシングマシンに近い数値設定に思うかもしれないが、実際は逆だ。

 曲がる速度レンジを引き合いに出せば違いは分かりやすく、交差点でもクルリと旋回する軽やかなハンドリングがGSX-Rだとすれば、CBRはその領域では重く、逆に鈴鹿サーキットのS字区間、つまりフルバンクからフルバンクへ高速で切り返すような場面で本領を発揮。GSX-Rがストリートに軸足を置いているというのがまさにここだ。

 ラップタイムを短縮するため、高荷重・高速域に合わせて車体を作り込んでいくのはレーシングチームやコンストラクターに委ね、市販モデルは街中やワインディングで楽しめるフレンドリーさを優先。一般のユーザーに寄り添うことを忘れず、だからこそ「GSX-Rで育った」と胸を張るライダーが世界中にいる。

 とはいえ、スーパースポーツが躍動すべきレースをおざなりにしているわけでもない。その証が世界耐久選手権で獲得してきた数々のタイトルで、’00年代に限っても12回もシリーズを制覇(内、4連覇すること2回)。速さのみならず、信頼性の高さや疲労の少なさがリザルトにつながっている格好だ。

 ラップタイムという花よりも、扱いやすさという実を取ったのがGSX-Rである。目に見えず、数値にも表れない感覚性能の高さにスズキの職人気質が詰まっている。

スズキ GSX-R1000R ABS
100周年記念カラー

車両本体価格:2,156,000円(税込)
エンジン:水冷直列4気筒 DOHC4バルブ
総排気量:999cc 装備重量:203kg
最大出力:145kW〈197PS〉/13,200rpm
最大トルク:117Nm〈11.9kgm〉/ 10,800rpm

GSX-R(400)/1984

GSX-Rの名前を冠した最初のモデル。400ccクラス初のアルミフレームを装備。最高出力59ps、乾燥重量152kgというパワーウェイトレシオは現在もクラストップを誇る。

GSX-R750/1985

スズキの個性のひとつである油冷エンジンを最初に搭載した。1983年の鈴鹿8耐で優勝したGS1000Rがイメージ。世界的に見るとGSX-R伝説はこのナナハンから始まった。

GSX-R1100(G)/1986

リッタークラスにレプリカの概念を浸透させた立役者。レース規約に準拠したR750に比べて負圧キャブを装備するなど乗りやすさを優先。隼の元祖とも言える存在。

GSX-R750R(K)/1989

限定販売のホモロゲモデル。ピストン、コンロッド、クランクが専用品となるなどレギュラーモデルとは一線を画した。他にもアルミタンク、FRPカウル等、特別仕様が満載。

GSX-R750W(N)/1992

400を除くとシリーズ初となる水冷エンジンを搭載。レースにおいて、より高出力が求められた結果の採用だが、営業サイドの要望でダブルクレードルフレームは継続した。

GSX-R750(T)/1996

レースで勝利するために、ついにツインスパーフレームを投入。ケビン・シュワンツがタイトルを獲得した1993年型RGV-Γ500のディメンションを踏襲している。

GSX-R1000(K1)/2001

GSX-R750をベースにパワーウェイトレシオを追求。エンジンの大きさを保持するため、ストロークアップして排気量を拡大。R1000の登場はリッターSSの概念をシフトさせた。

GSX-R1000(K5)/2005

GSX-Rシリーズの中でもファンの多いモデル。リッターバイクとは思えないほど足つき性も良くコンパクト。GSX-S1000や新型KATANAのベース車両として現在も活躍している。

特集「クルマやバイクの“らしさ”を求める」の続きは本誌で

GSX-Rは究極のストリートバイクだった 伊丹孝裕

トヨタ直列6気筒の継承 山本シンヤ

“らしさ”は淘汰によって創られる 小沢コージ


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