ある事柄について極めて詳しいという意味を持つツウという言葉は、クマやバイクの世界においては、いささか厄介である。
世間で価値が高いと評されるクルマやバイクに乗っていても、それだけではツウとは言えないし、ブランドや数字で計れる〝間違いのないもの〟は、決してツウにはならないのだ。
クルマやバイクのツウとは、時代や年齢、その人の個性や背景などが複雑に絡み合って生まれてくるもの。
周りに惑わされない、ある意味で勇気を持った行動がクルマやバイクのツウに繋がっていく。
孤独を受容する
「みんなと同じはイヤ」という基準でバイクを選ぶ人がいる。他人に左右されない俺。多数とは違う私。自分のスタイルを持っているように見えて、結局のところ人の評価にとらわれているのと同じで、とても窮屈なこと――というような原稿を数年前に本誌で書いた。その時のテーマ「粋」を、今回の「ツウ」に置き換えてもおそらくその内容は成立する。もっとも、そうしたバイク選びがダメなのか?と問われると、そんなことはない。バイクには自分を飾るファッションの要素も多分にあるからだ。
ひとつ言えるのは、この数年の間に窮屈さが進み、みんながみんな、周囲の目を少々気にし過ぎていないか、ということだ。バイクの良し悪しを文字にする自分の仕事を棚に上げるようでなんだが、もっと自分の評価軸を持てばいいのに、と思っている。
バイクそのものの情報だけではない。どこへ行けばいいのか、なにを使うと便利なのか、どうやって乗るのか。雑誌もネットも〝HOW TO〟ものに溢れていて、そういった類の記事は4輪媒体の比ではない。
そのことが自分で考えたり、感じたりする感覚をどんどん鈍らせている気がしてならない。だから、知らず知らずのうちに周りの声に頼っている。「いいね」の数で反応を待ち、多ければ行動し、少なければ留まる。意思決定の何割かを周囲に託しているのだ。
協調性があって社会性が高く、空気が読める、とも言える。周りの後押しを得てから行動すれば失敗のリスクは抑えられ、大きくハミ出さずに済む。時に必要なことかもしれない。
とはいえ、そこへの依存度が高過ぎ、「きれい」とか「楽しい」とか「気持ちいい」とか、そういう個人的な、そして素直な心模様にすら誰かの賛同がなければ不安になるようだ。
SNSに限らず、テレビや動画サイトでも同じで、例えば「びっくり」、「おいしい」、「つらい」という感情にテロップや効果音を加えるのが当たり前。絶景ならそれをじっくりと見せてくれればいいのに、そこに立って「すっごーい」と驚く誰かが映っていないともの足りないらしい。なにからなにまで同調を強いられる。
だけど僕らはバイクの世界を知っている。バイクは他のなによりも孤独を楽しめる乗り物だったはずだ。スロットルを握ってひた走り、流れる景色、エンジンの音、風の感触、季節の匂い、そういうものに身体をさらしていると、自分の気持ちがどんどん溢れてくるのを感じる。その時、他人の入り込む余地なんてまるでない。
だから僕はバイクで走っている時の方がずっと感情的だ。しばしば感嘆の声を上げ、歌を歌う。時々愚痴も言えば、怒りもする。バイクに乗っていなくても独りでいれば似たようなもので、よく笑い、困り、喜び、わりと頻繁に泣いている。饒舌で表情豊かと言っていい。きっと誰も信じないだろうけど。
なぜなら誰かがいるとその真逆だからだ。完全に聞き手にまわるか、気配を消している。自宅で仕事している時でさえ、家人から「え、居たの?」としばしば言われるほどで、できることなら誰とも接することなく過ごしていたい。自分で自分の感情を処理し、「いいね」、「すごいね」、「ひどいね」という評価ができるので、それでなにも困らない。誰かに同調してほしいと思わないし、必要ない。
ともかく、バイクは心や身体のセンサーを磨き、強くしてくれる最高の乗り物だと思う。自分がコレだと思えれば他人の評価なんてまるで気にすることなく、自由に、素直に選べばそれでいい。
無論マニアックだったり、マイノリティである必要はない。ツウかどうかはバイクがなんであるかは問題ではなく、乗り手の側に揺るぎない思いがあれば成立するものだ。そのバイクが単体で置かれている時でさえ、乗り手の存在が感じられるような、そんな濃密な関係が築けた時、それは紛れもなくツウな1台になっているはずだ。
車両本体価格:2,056,400円(税込)
エンジン:水冷SOHC並列2気筒 8バルブ
総排気量:1,200cc
車両重量(乾燥重量):227kg
最高出力:90ps(66.2kW)/7,400rpm
最大トルク:110Nm/3,950rpm
*写真の車両はオプションを装着しています。
この車両はトライアンフ横浜港北で試乗が可能です。
直接お問い合わせください。
https://www.triumph-yokohama.jp/
特集 「ツウのクルマ、ツウのバイク」の続きは本誌で
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