私の見てきたロンドン

文/写真・松崎祐子

オンナひとり。50歳で職もナシ。落ち込んで落ち込んで、再び顔を上げたその先に、彼女が向かったのはイギリス、ロンドン。

英語を勉強するならイギリスで、とそんなシンプルな理由だったけれど、予想以上にハマったのは、たぶん、彼女がクルマやバイクが大好きだったから。

彼女が見たロンドンは、私たちにとってもわくわくどきどきが詰まっている!

 2019年11月30日、私はイギリスのヒースロー空港にいた。50歳バツイチ、オンナひとり、ついでに職もなし。数ヵ月前には想像もしなかった語学留学に来たのである。

 その約半年前に会社を辞めた。長らく二輪や四輪関連のメディアで編集ライターを務め、前職でもそういった会社に勤めていた。しかし様々な条件が重なり体調を崩してしまい続けることができなくなったのだ。

 その後少し休養を取り、さて次の仕事を見つけなければ…と動き出したのだけど、なかなか決まらない。特別なスキルや資格を持ってないこの年齢の女性は、やはり採用しづらいということだろう。そんな状態が3ヵ月も続くと、自分は世の中に必要とされていないのではないか、この先食べていけるのだろうかと将来に対する不安が押し寄せてきた。毎日焦燥感に押し潰され、メンタルは崩壊寸前だった。

 でもそれを救ってくれたのは家族や仲間だった。富山に住む妹が遊びに来てくれ色々話を聞いてくれた。友人が食事やツーリング、登山に誘ってくれた。無償の愛は強い。少しずつ元気を取り戻した私は、外出した先で2度ほど「留学」という言葉を耳にしたのだ。「息子がいま語学留学に行っていて…」。同世代の友人の子供たちは20歳前後が多い。

 そういえば自分も海外留学に憧れたことはある。でもそれは漠然としたものであって具体的に行動を起こしたことはなかった。今どきの求人情報では英語のスキルを求めるところも多い。このまま就職活動を続けていても状況は変わらないだろう、だったら思い切って留学するのもありかもしれない。多少の貯金と、時間だけはたっぷりある。2019年10月半ばのことだった。

 早速ウェブサイトで「留学」と検索し、良さそうだなと思う留学エージェントに話を聞きに行った。希望する国、期間、ステイ先などこちらのリクエストを伝え、いくつか見積もりを出してもらった。一番気になるのはやはり予算だろう、その中で私が決めたのは「ロンドン、12週間、ホームステイ、授業は半日だけ」というものでトータルで約80万円だった。これは航空券を含まず、為替変動もあるためいつもこの値段というわけではないと思うけど、ウインターシーズンだったこともあり想像していたよりも安かった。

 冬のイギリスは雨が多いと聞く、日没は4時ごろで夜が長い。向こうではどんな生活を送るのだろう。ホームステイ先の情報は事前に送られてくるので、ファミリーには先に挨拶のメールを送った。恥ずかしながらその頃の私の英語力は中学生1年生レベル。「How are you?」と言われてどう返事していいか戸惑うぐらいだ。だからメールもウェブサイトで見つけた定型文をアレンジして送った。

 実はこれまでイギリスには行ったことがなかった。イタリアやフランスはバイクや自動車のショーを見るため何度か行ったことがある。しかし英語を学ぶには日常会話で英語を使う国がいいだろうとイギリスを選んだのだけど、結果そうして本当に良かった。私が行ったのは、世界各国にスクールを有するECイングリッシュ ランゲージ スクールのロンドン校。ホームステイ先はロンドン中心エリアから地下鉄で約30分ほどのフィンチリーという街。通学にも便利な場所だ。

2階建てバスとトライアンフ、どちらもイギリスを象徴する乗り物だ。

スクールで出会った友人たちと。

私が通ったECロンドンの修了式。今回、学費とホームステイ費併せて約80万円(航空券別)。

リージェントストリート、カムデンタウン、ノッティングヒル…クリスマスのイルミネーションも相まって美しい街並み。

映画「さらば青春の光」の舞台にもなったブライトンへ。ロンドン中心地からは電車で約1時間半ほど。

 私の場合、授業は月、水、金が午前9時から12時15分まで、火、木が午後2時45分から6時までというスケジュールが組まれていたので、平日も自由時間がたっぷりある。ロンドンは大英博物館をはじめミュージアムが数多くあり、そのほとんどを無料で見ることができる。だから授業を終えてからのんびりアート鑑賞なんてこともできるのだ。

 もちろんロンドンはショッピングするにもいい街。古着やストリート系が好きならカムデンタウン。ハイブランドが好きな人にはリージェント ストリートやオックスフォード ストリートなど。マーケットもいたるところで開催されている。学校帰りに友人と観光地を巡ってランチや夕食を食べたりもした。詰め込みすぎない授業スケジュールだったため、平日にもプライベートな時間をたっぷり取ることができた。

 いっぽう土日はと言えば、ウェブや雑誌でチェックしたクルマやバイクに関するイベントやお店、ロンドン以外のエリアに出掛けた。

 私がどうしても行きたかった場所のひとつがブライトン。ここは私がバイクに乗り始めるきっかけになった映画「さらば青春の光」の舞台にもなった場所なのだ。ロンドン中心地からは電車で約1時間半。スクーターに乗るモッズとカフェレーサーに乗るロッカーズが乱闘したブライトン・ビーチ。スティング演じるエースがベルボーイとして働いていたホテルなど、今もブライトンの街のそこかしこにモッズや映画の要素が残っているのが嬉しくなる。

 そしてイギリスといえば、バイク乗り的に気になるのはトライアンフだ。街中はスクーターが多めなのだけど、もちろんモーターサイクルも走っていて、中でもトライアンフはよく見かけた。次いで日本車という感じだった。

 で、そのトライアンフ。生産工場は当然イギリスにもあってなんと一般向けに工場見学ツアーをやっている。ロンドンからは電車とバスを乗り継ぎ2時間弱、ヒンクリーという街にトライアンフ モーターサイクル ファクトリーがあり、その脇にビジター エクスペリエンスというミュージアムとカフェが併設される。歴代のトライアンフが展示されるミュージアムは無料だが、工場見学は20ポンド(1ポンド=約140円)で要予約。私が行ったのは土曜日で工場自体は稼働していなかったけど、平日ならもっと生産過程が見られるのかもしれない。それでもスタッフの説明を聞きながら工場を巡るのは楽しかった。英語がもっと理解できればさらにね(笑)。

ロンドンでは多くの博物館や美術館が入場無料。大英博物館、V&A博物館、テートモダン、ナショナルギャラリーなど滞在中に何度か通った。併設されるカフェでのんびりするのもお気に入りの時間の過ごし方。

留学先をロンドンに決めた理由のひとつが「エースカフェに行ってみたい!」だった。雰囲気は郊外にあるドライブインという感じ。週末にはバイクやクルマのイベントなども開催されている。窓際に座ってパーキングに入ってくるバイクを眺めるのが楽しい。今回はバスを乗り継いで行ったけど、いつかバイクでも行ってみたい。

ヒンクリーという街にあるトライアンフ ファクトリー ビジター エクスペリエンス。ファクトリーにはミュージアムが併設されていて、1902年に作られたファースト・トライアンフから最新のモデルまで無料で見ることができる。エントランスに展示されるスピードツインに跨ってパチリ。写真は施設内にあるカフェ「1902 café」のスタッフさんに撮ってもらった。ファクトリーツアー(有料、要予約)も必見。

 そんなこんなで私のフリータイムはバイクやクルマを中心に予定が埋まっていった。カフェレーサーの聖地「Ace Cafe London」や、カフェ+ウェア&ギアショップ+バーバー(床屋)+イベントスペースで構成される「The Bike Shed」、二輪用品のセレクトショップ「Urban Riders」にも行った。

 少し足を伸ばして、フランスはパリで開催されるクラシックカーショー「RETRO MOBILE」にも行った。ロンドン~パリ間はユーロスターという日本でいう新幹線みたいな列車が走っていて、約2時間でパリに行けるのだ。パリでは1泊し、1日目は凱旋門近くにあるバイク街を覗き、2日目はRETRO MOBILEを見て廻った。

 2月中旬には「LONDON MOTORCYCLE SHOW」が開催されていたのでそれも見に行った。どんだけクルマ&バイク好きなのか?と自分でも思うけれど、見たいのだからしょうがない。日本では見られない車両が見られるのはもちろんだけど、海外イベントならではの雰囲気が好きなのだ。だって、ロンドン モーターサイクル ショーでは会場内にバーがあってみんなビールを飲みながら車両を眺めている。さすがパブ発祥の国、イギリス。日本では考えられない。

ロンドン・オールドストリート駅近くにあるThe Bike Shed。高架下を利用した店舗はとてもオシャレ。カフェをメインに二輪ウェア&ギアショップ、バーバー、イベントスペースがある。広々としたバイク用パーキングがあるのもライダーにとっては嬉しい。街中にあるため地下鉄やバスでのアクセスも良い。

洗練された二輪ウェアやギアを揃えるセレクトショップURBAN RIDER。日本にはないブランドもあって眺めるだけでも楽しい。

パリで開催された自動車イベントRETRO MOBILEにも足を伸ばした。車両展示の他、クラシックカーの販売、ミニカーや雑貨、パーツなどのマーケットもある。

ロンドンーパリ間は国際高速列車のユーロスターで移動、ドーバー海峡の英仏海峡トンネルを通り2時間ほどであっという間にパリに到着。電車で国境を越えるというのは日本人にとっては不思議な感覚。もちろんパスポートを持参して。

 勉強に行っているのに、遊んでばかりいるようにも見える私の生活。でもイギリスにいる限り日常生活すべてが英語の勉強で、買い物での会話、ホストファミリーとの会話、様々な申し込み書の記入などすべてが英語なので、生活しながら学習もしている。

 もちろんスクールでは世界各国から生徒が訪れ、英語で英語を学んでいる。当初ほとんど喋れなかった私はビギナークラスからスタート。最初こそ不安はあったものの、2週目ぐらいには少しずつ英語の勉強が楽しく思えてきた。そうすると理解できることも増えてきて、英語で会話することが楽しくなる。とくにホストマザーには感謝。「今日はどうだった?」といつも夕食時に話しかけてくれ、私のめちゃくちゃな英語でも理解しようとしてくれていた。

 イギリスでの約3ヵ月を終え日本に戻ってきた私だが、今はロンドンに住みたいと思っている。それほどイギリスにハマってしまった。ファッションや音楽、アートなどカルチャーが充実しているのも魅力のひとつだけど、とくに「人」に魅了されてしまった。私がイギリスで出会った多くの人は、フレンドリーで親切で丁寧。例えば電車内で軽くぶつかっただけでも「Sorry」と一言声を掛けたり、お店のドアを開けて待ってくれていたりと、それが自然体で好ましい。日本人も丁寧で親切だけど、ちょっとタイプが違う気がする。

 それだけ自分の人生に影響を与え、大きな存在となったイギリス・ロンドン。もう少し続けて英語を学びたいのもあって近いうちにもう一度、渡英する予定だ。この1年まともに働いてないから貯金も減る一方だけど、お金には変えられない経験と出会いがきっとあると思う。初夏のイギリスは一年の中でもっともいい季節だとホストマザーが教えてくれた。前回は寒さのあまり断念したバイクにも乗れたらいいなと思っている。

2月中旬に開催されたロンドン モーターサイクル ショー。各メーカーこだわりの演出をしていたがやはり一番お客さんが集まっていたのはトライアンフ。

約3ヶ月間お世話になったホストファミリーのColeさん一家。クリスマスにはファミリーと一緒に教会に行ったりも。ロンドンが大好きになったのはこの素晴らしい家族と出会えたからでもある。

ビートルズ生誕の地、リバプール。博物館「The Beatles Story」は日本語の音声ガイドもあって分かりやすい。

Yuko Matsuzaki

バイク雑誌「MOTO NAVI」や自動車雑誌「NAVI CARS」の編集部に約10年間在籍。その後、国内外の二輪四輪アパレルをセレクトする「Motorimoda」でPRを担当。バイクやクルマ好きの女性のためのメディアを作りたいと2018年にwebメディア「Lady Go Moto」を立ち上げる。2019年に編集の仕事から離れ、ロンドンに語学留学に旅立った。この夏に再渡英の予定もある。

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