BMWモトラッドが富士スピードウェイで試乗会を開催すると聞いた時から憂鬱だった。今回試乗するのは、BMWが誇るスーパースポーツS1000RRをベースに製作された、公道走行不可のスペシャルモデルだったからだ。
HP4 RACEと名付けられた世界限定750台のこの車両は、カウルやホイールだけでなく、フレームまでカーボン製で乾燥重量は146kg、ガソリンを満タンにした装備重量でも171kgしかない。この数値は、スーパーバイク世界選手権のワークスマシンより軽く、最新型CBR250RR(ABS)よりも4kgだけ重い程度。そこにレースチューンされた215馬力のエンジンを組み合わせる怪物マシンと知って、期待よりも不安の方が上回っていた。さらに富士スピードウェイが大の苦手という個人的な理由も重なっていたのだ。富士スピードウェイは、世界でも類を見ない1.5キロの直線を持つ超高速レイアウトで、走り慣れた筑波サーキットとは全く違う国際格式のコース。2年前にヤマハR1Mを試乗した時も、どこをどう走れば良いのか分からないまま走行を終えた苦い思い出がある。
開き直って迎えた試乗会当日、まずはHP4 RACEのベースとなる量産車のS1000RRから走行を開始するが、やはりコースに翻弄されて普段通りに走れない。S1000RRは2010年の初期型から、袖ヶ浦フォレストレースウエイでモデルチェンジの度に試乗しており、好印象しかなかったのだが、以前の乗りやすさを感じることができずに、何度もコースアウトしそうになる。特にブラインドコーナーにアクセルを開けて飛び込んで行く100Rや300Rは、コース幅の広さが災いしてライン取りどころか視線移動すらままならない。高速コーナーが続く富士スピードウェイでは、S1000RRの199馬力というハイパワーが仇となり、予想していたとはいえ、自分の実力不足を思い知らされる結果となった。メディアに関わる人間の本来の仕事は、コースを攻略することではなく、試乗した車両についてリポートすることだと分かっているが、すっかりライダーとしての自信を無くしてしまったのだ。
そしていよいよHP4 RACEの試乗時間となる。重い気持ちのまま走り始めたが、ピットレーンを走行中にS1000RRよりもイケる気がしてきた。1コーナーを回り込んでアクセルを開けた瞬間、「かるッ!」と思わず声が出る。続く80Rから100R、ヘアピンへと向かう段階でバイクからのインフォメーションを見逃すまいと早くも走行に集中していた。次に難関だった300Rに入った時に、はっきりと気付いた。このバイクの軽さは別格なのだと。S1000RRに比べて40㎏近く軽いHP4 RACEは、アクセルを開けていようがいまいが、どこからでも曲がることができる。高速コーナーのアウト側に速度を維持したまま近づくのは本能的な恐怖感を覚えるが、HP4 RACEなら行き過ぎても生還できるので無駄な度胸を必要としない。この軽さがもたらす精神的な余裕こそHP4 RACEの持つ独自のポテンシャルなのだ。またコース後半のテクニカルセクションでも量産車との違いは歴然。フロント荷重を掛けにくい登りの中低速コーナーが続く場面での向き変えも自在で、不安感は皆無だった。
HP4 RACEは、税込みで1,000万円。普通に考えると1台のバイクとしてはかなり高額だが、詳しい人が見れば、むしろバーゲンプライスに思えるはず。メーカーが手組みしたレース用エンジンやクロスミッション、世界選手権レベルの足回り、ギアごとに設定を変更できる電子制御など、装着されるスペシャルパーツのおおよその金額を足していくだけで車両価格と変わらなくなる。しかし金額のことよりも注目したいのは、あらゆるレギュレーションに縛られないバイクをBMWが製作したという点だ。公道を走行するための規則や規制はもちろんのこと、現代はレースの世界でも素材に対する制限や最低重量など細かくレギュレーションを定めているため、自由にバイクを開発することが許されない。そういった縛りを一切除外して、BMWが考える理想のスポーツバイクを追求した結果、HP4 RACEが生まれたのだ。今回、それを販売することに踏み切ったBMWモトラッドの英断と開発者たちのお陰で、苦手だった富士スピードウェイを初めて楽しむことができた。
車両本体価格:10,000,000円(税込)
エンジン:水油冷4ストロークDOHC並列4気筒
総排気量:999cc 最高出力:158kW(215ps)/13,900rpm
最大トルク:120Nm/10,000rpm