モータージャーナリストや自動車メディアがこぞって「凄い」と騒いでいる新型プリウスだが、いったい何がそんなに凄いのか?
発売から1ヵ月で約10万台を受注したという人気ぶり。たしかに注目に値するニュースではあるが、先代モデルは同時期に18万台だったので凄いというほどではない。40km/ℓの大台を超えた燃費にしても、とてつもなく細かな努力の積み重ねをしてきた技術者には敬意を払うが、これぐらいは想定内。人気や低燃費といった従来のプリウスの価値観が凄いのではなく、トヨタのクルマ造りが新しい次元に進み、走りやドライバビリティといった、プリウスでは重要視されてこなかった部分が激変していることを騒いでいるのだ。
その源はTNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャ)。これは、新しいプラットフォームやモジュールといった、単純なハードウエアそのもの指しているのではなく、クルマづくりにおける構造改革、つまり仕事の進め方を理想に近づけることを意味している。トヨタのような大きな組織ではとかく縦割りになることが多く、これまでの取材でもサスペンション担当の技術者に話を聞いているうちに「私、フロントの担当なのでリアのことはよく分からないんですよね」などと言われて面喰らったことがある。自分が担当する狭い範囲のことに集中しているだけでは全体最適を図れず、なかなかクルマは良くならないだろう。もっと俯瞰で見渡すためには組織に横串を通すことが必要だ。従来はその役割をチーフエンジニアなど一部のまとめ役が担ってきたが、TNGAではグルーピング開発を行い、全体の壁を取り払う取り組みがなされている。開発だけではなく、生産や仕入れなどの各部門、車種や地域といった壁も壊していけば、効率が高まり余計なコストを抑えることにも繋がる。そうなれば、TNGAの本来の目的であり、豊田章男氏が2009年に社長就任してからことあるごとに口にしてきた「もっといいクルマが造りたい」という目標に力を注げるわけだ。
TNGA第一弾となった新型プリウスの「いいクルマ」なところは、低重心化が図られ、ボディ剛性が大幅に向上したことによって得られた抜群のシャシー性能だ。重心が低くなれば、加速・減速で前後に車体が傾くピッチングや、カーブで横に傾くロールといった動きそのものが小さくなっていくので運動性能が良くなる。サスペンションを硬くしなくても十分な操縦安定性が得られるので乗り心地との両立も容易い。ハイブリッド・システムの各ユニットはコンパクト化されレイアウトの自由度を高めて、低重心化に貢献。従来に比べるとパワートレーンユニットは10mm、乗員のヒップポイントは59mm、ボンネット高は62mm、全高は20mm、荷室床面は110mmそれぞれ下げられている。
もう一つ「いいクルマ」なのは、ドライバーの着座姿勢やシート形状が大幅改善されたことだ。ステアリング角度やペダル配置が最適化されたことで、ドライバーはアップライト(ダイニングチェアなどのように背筋が直立に近くなる着座姿勢)ではなく、シートバックを少し寝かしてやや後傾の姿勢をとっても運転しやすくなっている。直立に近いとドライバーの視線はクルマの近くになりがちだが、後傾させると視線が遠めになって運転がしやすくなる。また座面は平坦ではなく、やや前上がりになっているので、腰掛けると自然にお尻が座面後端にストンと収まる。これは強くブレーキをかけてもお尻がずれて踏力が弱まってしまうなどの危険性が排除され、加減速で身体がブレることも少なくなる。さらに後傾姿勢と前上がりの座面は、体重をお尻だけではなく太ももの裏側や腰周りに分散させることになり、ホールド性が高まるばかりか、長時間座っても疲れが少なくなる効果も高い。
理想的な運転姿勢で低重心シャシーを走らせたときのフィーリングはまさに「凄い!」の一言だ。乗り心地にまったく硬さがなく、しなやかそのもののサスペンションだが、コーナーを攻める走りをしてもびっくりするほど安定している。パワートレーンがプリウスだから、スポーツカーのようにとまではいかないが、TNGAの〝いいクルマづくり〟の本気度は想像以上に高いことを思い知らされるのだ。販売台数で世界一のトヨタではあるが、量よりも質へ軸足を移しているのはたしか。今後のニューモデルにも注目せざるをえない。
車両本体価格:2,429,018円(税込) 総排気量:1,797ℓ
最高出力:72kW(98ps)/5,200rpm
最大トルク:142Nm(14.5kgm)/3,600rpm
[フロントモーター]
最高出力:53kW(72ps)
最大トルク:163Nm(16.6kgm)/3,600rpm
[リヤモーター]
最高出力:5.3kW(7.2ps)
最大トルク:55Nm(5.6kgm)
燃料消費率(JC08モード):40.8km/ℓ