ル・マン24時間レースやパリ・ダカール・ラリーといった世界的なイベントを生み出し、世界選手権を主催するFIA(国際自動車連盟)が本拠を置くフランス。ところがこの国の人たちはスポーツカーにあまり興味がないようだ。
第2次世界大戦前は、ブガッティやドライエなどのスーパースポーツが君臨していたのに、戦後はアルピーヌやマトラのような、量産車のコンポーネンツを活用したスポーツカーは存在したものの、フェラーリやアストン・マーティンに匹敵するスーパーカーは育たなかった。
ルノー・メガーヌR.S.やプジョー208GTiといったホットハッチならある。でもフランスで多く見かけるのはフツーのメガーヌや208で、スポーツモデルはめったに出会わない。彼らにとっての自動車はあくまでツールでありファッションなのかと思ってしまう。でもレースやラリーが絡むと、俄然ヤル気を出すのがフランス。勝利へのこだわりはハンパじゃない。
以前ルノーF1チームのトップを取材していて、チームの戦略を聞いたところ、「私たちの戦略は勝つこと。それ以外の戦略はありません」と断言され、圧倒されてしまったことがある。
ルノーはかつて、エンジンもシャシーも作る「100%ルノー」でF1に参戦していたが、現在はエンジン供給に徹している。カルロス・ゴーン体制下で予算が限られた中、勝つにはどうすべきかを考えた結果、導かれたソリューションなのだ。
勝利のためには舞台を選ばないのもフランス流。2013年にはプジョーがパイクスピーク・ヒルクライムで優勝し、昨年はシトロエンがWTCC(世界ツーリングカー選手権)でタイトルを獲得した。メガーヌR.S.のニュルブルクリンク北コースにおける市販前輪駆動車レコードホルダーもそのひとつと言える。
市販スポーツモデルは、これらモータースポーツと密接に関わっていることが多い。その点では本物である。ただその表現方法が唯我独尊なのもまたフランス流だ。
「沈没しそうな豪華客船の乗客を海に飛び込ませるには、どう声を掛ければいいか?」というエスニックジョークがある。アメリカ人に対しては「今飛び込めばヒーローになれますよ」、日本人には「みんな飛び込んでいますよ」、そしてフランス人には「決して飛び込まないでください」という言葉が効果的だという。
このジョークが象徴しているように、フランスは人と違う意見を持つことに価値がある。逆にベタな路線で押しまくるとセンスが疑われることもある。そんな思考がスポーツカー作りでも発揮される。
たとえばルノー5(サンク)ターボは、前輪駆動のコンパクトカー5の後席の位置にエンジンを積んだ、WRC(世界ラリー選手権)参戦用ミッドシップカーだった。でも彼らはウケ狙いでこうしたわけではない。ラリーに出る以上は宣伝効果も欲しかったし、超高速は出さないから空気抵抗はほどほどでOK。逆に狭い山道を駆け抜けるので視界の良さは重要だ。実は理に叶った選択だった。
最近の車種ではシトロエンDS3レーシングが目立つ。DS3もWRCに出ているから、レーシングはレプリカマシンと言えるけれど、ブラックボディにオレンジやゴールドのルーフを組み合わせ、メカニカルなロゴをちりばめた出で立ちは、ラリーカーとは似ても似つかないし、他国のホットハッチとも一線を画している。ガンダム風のファッションを、日本車より先にまとってしまったのだ。
この2台にはもうひとつ、フランス人が好む「ブリコラージュ」という考えも関わっているような気がする。「器用仕事」と訳されるこの言葉、身のまわりのモノを寄せ集め、組み合わせることで、新しい結果を生み出すことをいう。5ターボのあとにWRCに登場したプジョー205ターボ16のトランスミッションがシトロエンSMの流用だったり、フレンチスポーツにこのテの話は山ほどある。
ゼロから新規で作ったスポーツカーと比べれば、スペックで上に立つのは難しい。でも彼らにとっては、レースやラリーは勝てばいいし、ロードカーは楽しければいい。数字は二の次。だからフランス人はスポーツモデルを選ぶ人が少ないのだろうし、逆にフレンチスポーツに乗った多くの日本人が、理屈を超えた歓びを知って感動するのだろう。
それは一見すると素っ気なさそうなフランス人に、勇気を出して話しかけると予想以上に人なつっこくて、一気に打ち解け合える状況と、どこか似ている。