化粧も髪の手入れも凝ったことは何もしないが、月に一度のエステティック通いだけは続けている。効果があるのか確信はない。まったくない。それでもエステシャンが好きで、とりわけクルマにまつわる彼女の話が面白くて同じエステに14年、通っている。
名前をアンヌ・マリーという。知り合ったとき彼女は30歳。黄色いミニに乗っていた。常連で成り立つサロンで一見の私が浮かぬよう、初回から細かな気遣いをみせて私はすぐ彼女のファンになった。それでも最初のうちは小さなスペースの中で会話の糸口を掴みかねている風情だったから、ふと「あなたと同じミニを私も持っていた」、こう言ってみたらいっきに話が弾んだのだった。
クルマを変えるのが彼女の楽しみとその後、知ったが、驚きはタイプ、サイズから値段まで一切の統一性を持たぬこと。実際、ミニの次にはヒュンダイ・サンタフェを買い、その後、ルノー・セニックに乗り換えた。出会いがあればどんどん変える、世界中のクルマに乗るのが目標という。しかし。
この、当地ではファミリーを象徴するセニックを選んだことで、本人曰く “アクシデント “が起きる。一緒に暮らしていたイケメンの獣医と別れることになったのだ。キミが求めるものを僕は求めない、獣医はこう言ったそうだ。「子供が欲しいと思ってたわけじゃないのに、欲しくないのかと問われると……。セニックのせいで触れる必要のないことに触れてしまった」
別れた直後は、しばらく運動に精を出すとまったく似合わぬことを言った彼女だったが、あっという間に子持ちの
このIQを選んだ頃から、二人の関係がギクシャクし始めた、らしい。「キミの人生に結局、ボクの子供の存在はないんだね」、元寡にこう言われたことでアンヌ・マリーは傷つき、最近、家を出た。いや、憤慨して家を出た、こちらが正しい。
「子供たちは狭いリア・シートでキャッキャッ、喜んでいたのよ」次に会ったとき、アンヌ・マリーは憤懣やるかたない様子でこう言うと、私の顔にマッサージを施しながら続けたのだった。
「コレは小さい、アレは大きい。荷室が小さい、ドアが少ない、イメージがどうのって制約だらけ。好きという直感だけで選んで何が悪いのって、私は叫びたい」
私は自分が好きという直感だけでクルマを選んだことがあっただろうかと考えたが、ついに思い出せぬまま、彼女の掌の中で眠りに落ちていった。
イラスト・武政 諒
提供・ピアッジオ グループ ジャパン
Yo Matsumoto